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ミルは怖い夢を見ていた。
もう何時間も森の中を逃げ回っている。体の大きな男達が何故追いかけてくるのかもわからない。
ただ一つハッキリしてる事は、あの札を体に貼られてしまったら、一週間と経たない間にミルは死んでしまう。
とにかく無我夢中で逃げ回る。
と、突然ミルは大きな木の根に足を掛けて転んでしまった。
同時に背後から男たちの手が伸びてくる。ミルを捕えようと狙ってくる魔の手が・・。
もう駄目だ!
・・・・・・・!
そこで、ミルは目を覚ました。
恐怖に怯えていたせいか、汗をびっしょりとかき、ひどく息を切らしていた。
「ここは・・・?」
辺りを見回すと自分の家ではないようだ。見慣れないベッドに寝ていて、部屋も全く見覚えがない。少し薄暗く、汚れている部屋だった。
「お、目ぇ覚ました?」
突然耳に入った声に振り返ると、そこには二人の男が立っていた。
ミルは人間という生き物の姿を見て、恐怖のあまり思わず身を震わせた。
「あ、大丈夫か?ゆっくり寝てていいよ。遠慮はいらないからさ」
「何を偉そうに言っとる!ここはわしの家じゃろが」
二人の男は、ミルの方へ歩み寄ってきた。
一人は全身黒ずくめの若い男。もう一人は白髪の老人のようだ。
ミルは、体中の震えを抑えられずにベッドの隅に身を寄せた。
「え?あ、悪い。日本語通じないのかな?
ええと、うん。グッドモーニング!」
黒ずくめの男は必死に英語で話しかけている。しかも、発音はかなり酷かった。
ドカッ。
老人は黒ずくめの男の後頭部に一発、激しいつっこみを入れた。
「ばかもん!魔女に英語なんぞ通じるもんかい。ほれ見ろ、怯えておるじゃないか。どいてろ、わしが手本を見せてやるわい。」
老人はミルの方へ、一歩前に出た。
「・・・・ニーハオ!」
老人はかなり真顔で中国語の挨拶をした。
バキッ。
黒ずくめの男はさっきの仕返しと言わんばかりにつっこみを返した。
「アホか!どう見たら中国人に見えるんだよ!よけい怯えてるじゃねえか。」
「何しやがる!中国語は万国共通じゃ!」
「どんな理屈だよ。少しは頭使え!このインチキ情報屋が」
「なに!やるか、このコソ泥野郎!」
ついに、二人は取っ組み合いの喧嘩を始めた。もはやあきれて物も言えない状態である。
そんな二人を見ていたらいつの間にかミルの震えは止まっていた。そして、いつの間にか怖いという気持ちはみじんも無い。
ついには、ミルは二人のやり取りのあまりの馬鹿さに思わず吹き出してしまった。
「・・・ぷっ。あははは」
突然聞こえたミルの笑い声に二人の男は思わず喧嘩の手を止めて顔を見合わせた。
すっかり安心したミルはいつも通りの笑顔を二人に見せた。
「ごめんなさい。私たち魔女はどんな生物とでも会話できるの。だから言葉はあなたたちの言葉で大丈夫よ」
二人は、ミルの笑顔に答えてにっこりと笑って見せた。いや、ニヤニヤと言うべきだろうか。
「あ、改めて、助けてくれてありがとう。私の名前はミル。まだまだ未熟者だけどこれ でも魔女です」
「俺は桜越 改。人呼んで『黒桜』。今世間を騒がせている大怪盗さ。まあ大怪盗ってのは泥棒なんて安っちいもんとは違うのさ。そうだなー・・俺を呼ぶならトレジャーハンターとでも呼んでく・・・」
ドカッ。
老人は終わりまで聞かずに改を背後から蹴り倒し、押しのけた。
「わしは情報屋のジンじゃ。この家の主でもある。笑顔が出ればもう大丈夫じゃな。好きなだけ休んだらここにいるコソ泥に家まで送らせると良い。」
ミルは再度にっこりと微笑んだ。
「ありがとう。おじさま」
ちなみ、情報屋のジンには少しロリコンの気があると最近裏の世界ではもっぱらの評判であった。
さらに翌朝、ミルはすっかり元気を取り戻した。さらに、改もまた旅の続きに戻ろうということで、二人は情報屋のジンの小屋を出た。
「じゃあな、仁さん」
「おじさま、本当にありがとう」
仁は小屋のドアの前に立ち、二人に手を振っていた。いや、正確に言うとミルに手を振っていた。
「ミルちゃん気をつけてな」
改のことなどそっちのけである。
何はともあれ、無事に仁の小屋を出た改とミルはヒガシの町の裏通りを抜け、表通りんい出た。
「ところでさミル、美術館で俺を助けてくれたのってさ、やっぱ魔法の力ってやつを使ったの?」
「え・・・助けた?私が改さんを?」
「覚えてねえのか?なんかミルの体がいきなり光りだして敵の銃撃をかきけしたりジェット機みたいに飛び回ったり・・凄かったんだぜ?」
ミルはしばらく考えこんだ。
「それは多分あなたの懐にある石の力じゃないかしら・・・」
「え、懐の石って『クランベリープリンセス』のこと?」
改は懐から『クランベリープリンセス』を取り出しミルに見せた。
「その石はもともと魔法文明によって作られた物だっておばあさまに聞いたことがあるの。多分石に込められた魔力が私の体に反応して・・・」
そこまで言うと、ミルは言葉を止めた。
「ん?どうした?ミル?」
「そうだわ・・・私・・・こんなことしていられない・・・早く帰らなくちゃ」
ミルの表情が突然凍りついた。
「え?帰るってどこへ?」
「・・・魔女の森・・・ここからずっと南へ、大きな川を越えてさらに進んだ所・・」
「そこにお前の家があるのか・・・?」
「ごめんなさい。私もう行かなくちゃ。お世話になりっぱなしで・・・おじさまにもよろしく伝えておいて」
ミルは突然改に別れを告げると一人で慌てて南の方角へ歩き出そうとした。
「待てよ」
ミルの歩みを改の一声が引き止めた。
「何かわけありみたいだけど一人じゃまた悪い人間につかまっちまうぜ。俺も一緒に行ってやるよ」
「うれしいけど、ここから魔女の森まではすごく危険なの。これ以上あなたを巻き込むわけには・・・」
「急ぎなんだろ?早く行こうぜ。魔女の森って魔法使いがたくさんいるんだろ?ちょっと興味もあるしな」
ミルは一瞬ためらったがにっこりと微笑んで言った。
「本当にありがとう。よろしく、改さん」
「おう」
空は青く澄み渡っていた。雲ひとつ無い空の下、改とミルは固く握手を交わした。
そして世間を騒がす大怪盗『黒桜』こと桜越 改と不思議な魔女ミルの長く壮大な旅が幕を開ける事になった。
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