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前方に木々を強引になぎ倒して一本の道のようになっている。明らかに人間のなせる業ではない。
「敵さんも随分気が立っているみたいだな」
改の顔には焦りの色が出ている。
「改、いや黒桜。君に焦りは似合わないよ」
ピュアレアが改の緊張を指摘した。
『!』
辺りに違和感が広がった。
「なになに?なんか変なこと言った〜?」
ピュアレア、確かに間違ったことは言ってない。むしろ改本人ですらその自覚は薄かった。
(気のせいか?)
ピュアレアを除く三人は同時に同じことを思った。
「そ、それでシフォリネイテにはどのくらいで追いつける」
呼吸を整え、焦りを抑えた改は穏やかに聞いた。
「もう見えるはずだよ。…ほら、向こうも随分焦ってるみたいだね」
エメラダの前方に木々を強引に倒しながら逃げ続けているシフォリネイテを全員は確認していた。
「う〜ん、しょうがないかな。突っ込むよ!…ごめんねエメラダ」
ピュアレアは半べそをかきながら、そう言うと迷うことなくシフォリネイテ目掛けてアクセルを踏み込んだ。
ガーーン!シフォリネイテが障壁のようなものを張り出し、エメラダを真っ向から受けとめた。
「止まった!」
改がそう言った瞬間には既に飛び降りていた。
「貴様ら!もう許さーーん!」
シフォリネイテは腹の底からひねり出すように金切り叫んだ。
「ミルを返せ!」
シフォリネイテの正面に対峙するようにして改は言い返す。
「たかが人間ごときが!素手でなにが出来る!」
「!」
シフォリネイテの覇気が改を押さえつける。
「改!…」
ジンが出遅れてエメラダから飛び降りて援護しようとするが、気迫にやはり身動きが取れなくなった。
「…役に立たないな」
「反論できん…」
二人がくだらない会話をしているさおの最中にもシフォリネイテは二人にじわりじわりと近づいて来ていた。
「よっと!」
ズカンッ!シフォリネイテの頭から紅いものが滴る。
背後からピュアレアが鉄の棒で殴りかかっていた。ドサッ、次の瞬間にはシフォリネイテが白目をむいて卒倒した。
「!?」
「魔女も肉体は生身の人間と変わらないんだよ」
ピュアレアが淡々と応える。
「…どう言うことだ?」
改が荒々しく問いただす。
「へぇ?何か変なこと言ったかな〜?」
やはり緊張感のない口調で話す。
「おかしいんだよ…あの気迫。あれは明らかにお前みたいな奴が動けるわけがない」
改が倒れているシフォリネイテを見やりながら返す。
「後ろからだから大丈夫だったんじゃない?」
「冗談はよせよ、あいつがそんな隙を見せるわけがない。あるとすれば味方にだけだ!」
改がピュアレアに向かってナイフを投げる。
「!」
ピュアレアの目の前でナイフは不自然に地に落ちた。
「エッ!」
香澄が思わず驚きの声を漏らした。
「お前も魔女なんだろ?」
「その問いの答えはYesともNoとも言えるね」
ピュアレアは視線鋭く返す。あっきまでの雰囲気とは違って、張り詰めた空気が辺りを包んだ。
「…僕はまず男、つまり女じゃ…」
「冗談なら聞く気はないぞ」
改が話を遮る。ピュアレアはこりゃ失礼といった態度で言い直す。
「僕はハーフなんだよ、力も大してない。中途半端、出来損ない、異端児…」
ピュアレアが暗い単語を並べる。
「…僕はね魔女に捨てられ、人間に育てられ、人間の名前として澄貴って名前をもらった。そこからこのハンドルネームをつけたんだ…でも、本当の名前は誰も知らない…」
ピュアレアは優しくシフォリネイテの腕に抱えられたミルを取り上げ奪った。
「いいよねぇ…史実に名前が残るなんて」
ピュアレアがミルを羨ましそうに見つめる。
「ミルはそのことには関係ないだろ」
改はピュアレアの異常さから動くことを控えた。余計なことをすると危険だと感じていた。
「そうかな、僕には十分関係あると思うんだけど…」
そう言うとピュアレアは自分の髪を、否、カツラだった。その黒髪の内には赤い、まるで過去を憎悪するかのような真っ赤な赤い髪が姿を表した。
「その髪は!」
ジンが叫ぶ。
「そう、あんたが焼いた魔女と同じ色の髪。そしてこの娘と同じ髪色。これはどういうことなのかな?」
ピュアレアは自分の髪を掴み主張する。
「お前も…エルドラウト」
ジンは自分の過去の罪に苛まれてひざを突いて崩れた。
「さあて、そんな過去のことはもうどうでもいいんだ。僕が今欲しいのはその石だ、それさえあれば彼女が理想の世界を作ってくれる」
ピュアレアは遠くを見つめて呟いた。
「さあ!その石をこっちに渡せ。そうすれば彼女を返そう!」
ピュアレアは改を見つめ石を指差した。
「………」
「別に悩むことはないだろう。彼女は君の希望通りに無傷で戻ってくるんだ。十分な条件じゃないか」
改はゆっくりとだが確実に石を握り締め、ピュアレアに前に歩き出した。
「そうだ!気持ちに素直になればいい。人なんてものは己の欲望のためには多少の犠牲、代価はいとわない存在だ」
ピュアレアは歓喜に震えるように叫ぶ。
改は目の前にくると下を向いたまま、ゆっくりと石を持った手をピュアレアに差し出した。
「それでいいんだ。君の頭には彼女でいっぱいなんだ。ほかの事なんて関係無い」
人を蔑むように改を、ジンを見下した。
そして、石に手を伸ばした。
「だめだ!石を手放してはならん!」
突然、森の影から緑色の閃光が走る。その光を避けるためにピュアレアは伸ばした手を戻して、一歩後ずさった。
「くうっ!まさか!?」
影からは深緑色のローブを羽織った老人が不自然なほど静かに姿を現した。
「誰だ!」
改が警戒しながら問う。その一方で石をしっかりと握り締め、ピュアレアとも距離をとった。
「若いの、口の利き方を慎め。儂の手にかかれば貴様など赤子同然ぞ」
老人は低く威厳のある声で改に返し、ゆっくりと近づいてきた。
「ふぅ、ミリアベルは気を失っておるのか…全く情けない弟子を持ったもんだ。ふぅ…」
深いため息を吐いて、ピュアレアに抱えられているミルを見て、また深いため息を吐いた。
「弟子って、あんたミルの…」
改は老人の言動に反応する。が、次の瞬間。
「お主は暫く大人しくしておれ。もはや時間が惜しい」
老人は改の言動を押さえて言うと、改の視界から消えていた。
「ま、まさか!そんな森の伝承者が!嫌だ!来るなーー!」
ピュアレアが明らかな同様を見せて叫んでいた。改は老人を見失って次の瞬間にはピュアレアの声に反応してそっちを向いていた。
ピュアレアは自分に強い魔力がないことを知っていた。ピュアレアは知っていた、魔女の中に長として君臨するものの脅威の名を、魔女への報復を考えていた彼は魔女の世界を協力者によって教えられていた。それが仇となった。知らなければそれなりの覚悟の上で動揺しなかっただろう。上手くすればこの場から逃げることは出来ただろう。でも遅かった、彼がこの老人の存在を知った時点で彼は術を失った。
「この娘が、ど、どうなってもいいのか?」
腰が砕け、脅迫めいた言葉はもはや空を切り、効力を持たなかった。
別名『森の伝承者』『樹界の王』その言葉には恐怖を感じさせるものはない。しかし、彼が教わったのは、その言葉とは裏腹の冷徹で残忍、情け容赦ない非常の魔女、否、魔術師として知らされていた。
「勝手にするが良い。弟子とは言えこの場面で寝ている愚か者など必要ないわ!」
老人はいつの間にかピュアレアの後ろに回りこみ、囁くように冷徹な言葉を浴びせる。
「なんで…シ、シルバさまぁ…」
呟くとピュアレアは恐怖からか気絶した。
『おやおや、ちょっとは役に立つかと思いきや、もうお手上げかい?』
周囲に生暖かい、気分の悪い風が走る。
「シルバ!やはり貴様がこの者を誑かしておったのか!」
気絶し、力なく、ミルを手放したピュアレアから老人はミルを抱きかかえながら、ある一方を見ながら叫ぶ。
改、ジン、そして木陰に隠れている香澄。どこからともなく聞こえる声に畏怖しながら辺りを見回した。
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