「My Owner is Excellent!!」
著者:創作集団NoNames



   −2−

「この分だと、昼前には降り出すかもしれませんね」
シャルは空を見上げながら言った。
 別に誰かに向けて言ったわけではなく、ただ思ったことを口にしただけである。
 濃い灰色の雲が空全体を覆っていて、すでに日が沈んでいるかのように辺りは薄暗くなっている。
「これは少し急がないと」
 その言葉とは裏腹に、シャルは悠然と歩き続ける。
 向かっている先は、この丘の先にある教会である。
 遠くから見ると大したことがないように見えるが、上ってみると意外に勾配がある。
 カシスも、学校に行くためにはこの丘を超える必要があるのだが、よくシャルに愚痴をこぼす。
 しかし、シャルが黙って聞いていると、すぐにその愚痴も収まってしまう。
 もう何年も、カシスの愚痴を聞くのはシャルの役目になっている。
 だが、それも悪くはない。そうシャルは思う。
 初めて会ったときは、ろくに会話もできなかったのだ。それに比べれば、内容はどうあれ話しかけてくれるだけでも構わない。
 ゆっくりと坂を上りながら、シャルは十年前のことを思い出した。
 あの時はまだ、シャルは十九歳だった。
 そして、十歳以上も年の離れた友人にいきなり父親役を任されたのだ。
(まったく、カルアさんも無茶を言う方だ)
 友人であり、命の恩人でもある男の顔を思い浮かべる。
 自分のことを信用してくれるのはうれしい、しかし、だからといってまだ若かった自分にそんな大任を押し付けるとは思わなかった。
 坂をのぼり終え、後ろを振り返ってみる。
 遠くにシャルとカシスが住む家が見えた。
そして、それよりもさらに遠いところにある広場では、雨が降りそうだというのに祭りが大盛り上がりを見せている。
 シャルたちがここに来てから、通算十回目の豊穣祭。
 時間は確実に流れている、ということだ。
(時がたつのは早いものですね)
 そんなことを考え、口元に小さな笑みを浮かべる。
(これではまるで老人ですね。私はまだ29だというのに)
 長いことカシスの保護者をやっていたため、精神的に老けてきてしまったのだろうか。
 それでも、家族のいないシャルにとってはこの10年間は楽しいものだったので、その代償なら安いものだろう。
「さて、考え事はこれくらいにしますか」
 シャルは再び歩を進めはじめた。
 坂はもう上りきっているので、後は下るだけだが、下り道にも少し問題がある。
 一応道はあるがぬかるみが多く、雑草があちこちに生えているのだ。
 普段なら気にする必要はないが、今のシャルは長いローブを着ているため、迂闊に歩くと裾が泥だらけになる可能性がある。
 足元に注意して、なるべく土が乾いているところの上を歩く。
 たまに足を滑らせてしまうが、気をつけていたため転ぶことはない。
 目的地である教会がやっと見えてきた時、ひときわ強い風が吹いた。
 空はより一層暗さを増している。
 周りには人影がまったくないため、まるで夜中のような気分になってきてしまう。
 丘を下りきった所からは地面が舗装されているので、シャルが歩く音が暗い通りに響き渡る。
 教会への道のりの最後の角を曲がる。これで後は真っ直ぐ行くだけだ。
 そこでシャルは気づいた。教会の前に誰かがいることに。
 そこにいたのは一人の男性だった。
 おそらく年は二十歳過ぎといったところだろう。オールバックにした真っ赤な髪と、同じ色をした大きなコートが特徴的だ。
 シャルが近づいてきたことに気が付き、ポケットに両手を入れたままシャルの正面に立ちふさがった。
「おう。ここは通行止めだ。別の道を使いな」
 身長はシャルより少し高いが、無理やり下から見上げるようにしているので、傍から見たら滑稽である。
 本人はこれで迫力が出ていると思ったのだろう。シャルが黙っていると、さらに詰め寄ってきた。
「おい、オッサン。聞こえねぇのか!」
 この言葉にはシャルも反応した。
「私はまだ二十九です。オッサンと呼ばれるのは不本意ですね」
 それだけ言って、男の横を通り過ぎようとする。
 しかし、男はそれを許さなかった。
 シャルの腕をつかみ、力任せに押し戻す。
「通行止めだって言ってんだろ。なめてんのか、テメェ」
 精一杯脅しをかけようと、かなり低めの声を出した。
 ポケットから両手を出し、ポキポキと指を鳴らし始める。
 シャルはその言動を見て、この男はあまり頭が良くないことを悟った。
 暴力で相手を脅す。それしか知らないようだ。
「別にそんなつもりはありませんよ。私はただ、教会に用があるだけです。すみませんが、素直に通すか、退いてください」
 事も無げにシャルは言ってのける。
 そのせいで、赤毛の男はさらに怒りだした。
「これ以上ふざけてると、痛い目を見るぞ」
 男の様子を見て、シャルはため息をついた。
 この男は口でいってもわからないタイプらしい。
 なら、やる事は一つである。
「おそらく、痛い目を見るのはあなただと思いますよ」
 まったくの無表情で、さも当然のことのように告げる。
 それが決め手になった。
「ふざけんなぁ!」
 思い切り振りかぶり、右拳をシャルに向けて突き出した。
 シャルの予想通り、単純極まりない攻撃である。
 来るのがわかっている以上、それを防ぐのは容易なことである。
 体をひねり、拳打をかわしつつその腕をつかむ。
 そして―――、
「ぐへっ!」
 相手の力をそのまま利用し、投げ飛ばした。
 加減したとはいえ、舗装されている地面の上に投げられたらノーダメージとはいかない。
「力任せすぎますね。動きが鈍いですよ」
 地面で苦しんでる男に背を向け、再び歩き出す。
「おい………。まだ終わってねぇぞ」
 背後から声をかけられた。
 シャルが振り返ってみると、男が右肘を抑えながら立っていた。
 苦しそうに呼吸をしているが、その目はまだやる気があることを示している。
「あなたもしつこい方ですね。普通の人はさっきので諦めますよ?」
「うるせぇ!」
 問答無用とばかりに、男は突っ込んできた。
 だが、先程のダメージのせいで動きが遅く、片腕が使えない状態の人間に負けるほどシャルも弱くはない。
 男は、今度は投げられるのを避けるために、肩から体当たりをしてきた。
 さすがにシャルも腕を掴まなければ投げるのは難しい。
難しいとわかっている以上、わざわざ投げで対応する必要はない。
「よっ、と」
 またもや体をひねってかわし、すれ違いざまに足を引っ掛けてやる。
 すると当然、男は自身の勢いのせいで地面を転がることになる。
「げふぁっ!」
 おかしな悲鳴を上げて男は転がっていく。
 そのまま教会の入り口まで転がっていき、男は止まった。
「見た目ほど強くなかったですね」
 シャルが感想を述べる。
 どうやらこの男は、言葉に実力が伴わない典型的な小物だったようだ。
「ううっ」
 男がうめき声を上げる。あれだけあちこち強打していては呼吸をするのも苦しいのだろう。
 シャルは教会へと近づく。もともとここに来たのは喧嘩のためではないのだ。
 まだうめいている男を無視し、教会の扉へと手をかける。
「おおっと。勝手に入られちゃ困るなあ」
 声はシャルが来た方角とは反対から聞こえた。
 そして、声がしたほうを向いたと同時に、シャルの顔に向けナイフが飛んできた。
「っ!」
 ギリギリでそのナイフをよけるが、完全にはよけきれず髪の何本かが落ちた。
「やるねぇ。あのタイミングでかわせるなんて」
 シャルの視線の先には、全身を黒い布で覆った人間が立っていた。




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