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カシスは今まで、シャルの言うことを聞いて損をしたことは一度もない。
逆に忠告を無視したために、ひどい目にあったことはたくさんあったが…。
そのシャルが「外に出ないほうがいい」といっている以上、こうして家でおとなしくしているほうが得策だというのはカシスだってわかっている。
「う〜、退屈だよ〜」
わかってはいるが、このままでいるのも苦痛で仕方がない。
何かすることはないかと部屋を出た。
「お昼にはまだ早いし……洗濯もこの天気じゃあねぇ…」
ぶつぶつと呟きながら家の中を歩く。
「なんかないかな〜」
ぼんやりと窓の外を眺めてみる。
その時、一粒の水滴が降るのが見えた。
「あっ。降ってきた」
カシスの言葉通り、雨粒はだんだん数を増し地面をぬらしていく。
静かな家の中に、雨の音だけが響く。
カシスはそれを少しの間見ていたが、すぐに興味をなくし窓から離れた。
「ほっっっとに。ヒマ!」
ここ最近の休日はいつも晴れていたので、雨が降ったときにすることなどはカシスには思いつかない。
カシスは意味もなく家の中を歩き回る。
そして、ある場所でその足を止めた。
「あ。ここは………」
カシスの目の前にある扉は、シャルの部屋のものだった。
カシスは今までに、一度もシャルの部屋に入ったことがない。
普段は鍵がかかっている上に、本人に言っても中に入れてくれないのだ。
シャルはカシスよりも早く起きて遅く寝るため、こっそり中に入る機会もない。
どうせ今日も鍵がかけられているだろう、と思いドアノブを握る。
ガチャ
「ほえ?」
思わず意味不明な声を上げてしまった。
予想に反して、ドアが開いてしまったのだ。
「なんで?」
普段のシャルなら、こんなふうにうっかりミスをしてしまうことなんて考えられない。
ここで、今朝のシャルの様子が思い浮かぶ。
彼はカシスの言葉を聞き、今までに見たこともないほど驚いていた。
そのため、鍵をかけるのを忘れてしまったのかもしれない。
「………ふふふ」
突然、カシスが不気味な笑い声を上げた。
「ひょっとしたら窓も開いてるかもしれないよね。仕方がないから、私が確認してあげないと」
勝手に中に入る大義名分を手に入れたカシスは、そのままドアを押し開いて中に入った。
そして、中に入るなり率直な感想を口にした。
「うわっ。暗い部屋だなぁ」
部屋の中は全体的に黒かった。
調度品などは基本的に黒で、壁や天井もうっすらと灰色になっている。
あまり派手なものを好まないシャルだが、ここまで黒い部屋だとはカシスも予想外だった。
「大きさは私の部屋とおんなじ位かな」
部屋の中には机とベッド、そしてやけに大きな本棚が二つあるだけだった。
良い言い方をすればシンプル、悪く言えば殺風景な部屋である。
「窓はちゃんと閉まっているね」
無断で室内に入った自分を納得させるため、確認だけは一応しておく。
「さて、何か面白いものないかな〜」
カシスは鍵を確認してすぐ、本来の目的にとりかかった。
まず最初は机から。
机上はきれいに整頓されていて、いかにもシャルらしさが現れている。
机の端にある棚に並べられている本を一冊手に取り、開いてみた。
「うっ!」
その本はカシスが見たこともない文字で書かれていた。
大雑把に目を通してみるが、文字以外のものは本には書かれていなかった。
あきらめて本を棚に戻すと、棚の奥で何かにぶつかる感触があった。
本を引き抜き覗いてみると、そこには小さな箱があった。カシスは手を差し込み、箱を取り出した。
その箱は、手のひらと同じくらいの大きさで、見た目に比べるとやや重い。
「これ何だろ?」
箱はきれいに包装されていて、リボンで結ばれている。
あんな場所にあったということは、シャルはこれを隠していたのだろうか。
「どうせ鍵かけてるくせに」
開けてみようかとも思ったが、さすがにそこまでしてはまずい気もして、元の場所に戻した。
そして、カシスの次の目標は本棚に定められた。
おもむろに一冊手にとってみた。
本を開き、すぐに閉じる。
「なんでこんな難しいのばっかなのよ」
またもや字が読めないものだったため、カシスは一瞬であきらめた。
次の本は表紙を見て、読めそうなのを確認してから開いた。
今度の本も、カシスには理解ができなかった。
文字は読める。だが、その内容がわからないのだ。
なにやら複雑な図も描かれているが、説明を読んでもそれが何なのかがわからない。
またもや諦めて、本を元の場所に戻した。
「他には………………ん?」
背表紙に何も書いていない本が一冊あることに、カシスは気が付いた。
表紙にも裏表紙にも何も書いていない。
とりあえず、表紙をめくってみて、やっとこの本が何なのかがわかった。
「これ、アルバムか」
そこには、一組の家族が写った写真が貼ってあった。
写っているのは四人。
見たところ、幼い兄弟とその両親のようだ。
「これってシャルかな?」
カシスが言ったのは兄弟のうち、背が高いほう。おそらく10歳前後だろう、写真を撮られることに少し緊張しているように見える。
よく見れば、確かにシャルの顔である。髪は短いが、今つけているのと同じデザインのメガネをかけている。
その隣には、弟らしき子が兄に引っ付いていた。
少し年が離れているのだろう。シャルよりも背が大分低い。
「そういえば、シャルの家族のことってしらないや」
カシスに気をつかってか、それとも別の理由かはわからないが、シャルは自分の家族のことを話したことはない。
アルバムには、しばらく幼いころのシャルが家族と写っている写真が続いていた。
そして、シャルがある程度成長したころの写真の一枚に、カシスは目を奪われた。
「お父………さん?」
それには一人の男性が写っていた。
カシスが家族として、そして男性として愛していた人物。
その人物が目の前の写真には写っている。
写真の中の父は照れているのか、少し視線をはずしているが、その顔は笑っていた。
「シャル、一枚もらうね」
もちろん後で本人に断るつもりだが、無言で剥がすのは気がとがめた。
ここにはいない人物に許しを請い、写真を剥がし取る。
カシスは、そのままその写真を胸に抱きしめた。
しばらくそうしていた後、写真をポケットにしまいこんだ。
満足したカシスがアルバムを閉じようとしたとき、たまたまページが数枚めくれた。
そのページに写っていたのはカシスの父と、青年になったシャル、そして………
「私だ。小さいころの」
シャルの手に抱かれているのは、間違いなく自分だった。
記憶にも残らないほどの昔、自分とシャルは会っていたのだ。
「こんな写真があるなら、シャルも見せてくれれば良いのに」
ぶつくさと文句を言うカシスだが、その顔は笑っていた。
自分と父とシャル、その三人がずっと前から繋がっていたことが、なんだかうれしいのだ。
パタン、とアルバムを閉じて本棚に戻す。
そして、室内をもう一度見渡してからカシスは部屋を出た。
外の天気とは裏腹に、カシスの心中は晴れやかだった。
「そろそろお昼の準備しようかな」
鼻歌を歌いながら台所へ向かった。
エプロンをつけ、何を作ろうかと思っているとき、外が騒がしいことに気が付いた。
雨足はいまだ強いというのに、かなりの人数が外にいるようだ。
何事かと窓を開けて確かめてみる。
すると、数人の主婦らしき人が遠くを指差していた。
その指の先を目で追ってみて、カシスは状況を理解した。
通いなれた丘の向こうから、赤い光が漏れ出しているのだ。
丘の向こうでは、この雨を物ともしないほどの大火事が起こっていた。
しかし、これは始まりに過ぎないことを、カシスはすぐに知ることになる。
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