「My Owner is Excellent!!」
著者:創作集団NoNames



−3−

『全ては我らが主の為に!』『アンゴスチュラ様の為に!』
 街中では大勢の人間が叫びながら、狂ったように行き来していた。
『異教徒を探せ!』『悪魔の子を八つ裂きにしろ!』
 額に赤い紋章を光らせた街の住人達が、一人の少女を探すためにあちこちを徘徊しているのだ。
 無論、彼女を探し出して殺すために…………。
 子供から大人、老人まで誰もが狂ってしまっている。
この国は何かがおかしくなってしまったのだ。
そんな中、果物屋の小さな建物の裏の薄暗い影からその様子を見張っている人物がいた。
「ちっ、また数が増えてきたな………」
 そこにいたのは一人の青年だった。
 短めの茶髪、紫色の修行服を身に着けた歳にして十八くらいの青年だ。
 青年は街中を行き交う『狂った住人達』を建物の影から見張っていたのだ。
 勿論、彼の額には赤い紋章などはない。全てがおかしくなり始めたこの国の中でも、まともな人間の一人の様だ。
 そして、青年のすぐ横には少し前に彼が助けて連れてきた、気絶した少女が横たわっている。
 やがて、その場所に隠れて五分程経った頃、少女は目を覚ました。
「………う………うん」
 少女は軽い頭痛とともに、朦朧とする意識の中で身を起こした。
「気が付いた?」
 青年は少女に微笑みかけた。
「…………っ!誰?」
 少女は青年の顔を見るなり怯えて身を引いた。無理も無い。少女は身も竦む様な恐怖の中で意識を失ったのだ。その上、目を覚ましてみれば、自分は薄暗い場所にいてすぐ横には見知らぬ青年がいたのだから。
「心配しなくて良いよ。僕は君の味方だから」
 青年は怯える少女に優しく言った。
「私…………どうしてこんな所に」
 少女の意識はだいぶ明確になりつつあるが、まだどこかぼやけている部分があったらしい。
「突然この国に異変が起き始めた。君はこの国の『狂った住人達』に襲われていたんだ」
「…………!」
 その時、少女の目に蘇った。
 いつも見慣れている街の人々が………毎日会っている慣れ親しんだこの街の人々が………自分を殺そうと歩み寄って来た事を。
 自分は何もしていない、何も知らないのに………。皆が自分を殺そうと………。
 隣の家のお婆ちゃんや、向かいの家の小学生の子供まで。
 思い出しただけで、胸が恐怖でいっぱいになる。
途端に少女はカタカタと身を震わせ始めた。
「怖がらなくても良いよ。僕は何もしないから」
 青年はひどく落ち着いている。こんな状況なのに………。
 確かに目の前の青年は得体も知れないし、妙な服を着ている。
 しかし彼の笑顔が偽りでない事にだけは、少女も薄々勘付き始めた。
「あなたが………私を助けてくれたの?」
 少女の問いに対して、青年は黙って頷いた。
「君は街の人達に取り囲まれて恐怖のあまり気を失っていたみたいだ。やっとの思いで連れ出してここまで逃げてきたんだよ」
 青年は少女と話しながらも、再び表通りを見張り始めた。
 少女はその青年の姿を横から眺めていて、ようやく彼を味方と認める事が出来てきた様だ。
「…………ありがとう」
 少女はまだ戸惑いを隠せない。しかしここまでの会話で、青年が自分の味方である事、そして彼が自分を守ってくれたという事だけは十分に理解できた。
 その言葉に青年は再度少女の方に向き直り、笑顔を見せた。
「自己紹介がまだだったね。僕の名前はナッツ」
 ナッツと名乗った青年は少女に手を差し出した。
「私の名前は………カシス」
 カシスはまだ若干表情を強張らせたままナッツの手を軽く握った。
「ねえ、ナッツ。一体何が起こってるの?どうしてこの国はこんな風になっちゃったの?」
 カシスは、ようやく心を落ち着けてナッツに話し始めた。
 確かにナッツという青年が敵でない事だけはわかった。
 しかし、この街の現状が掴めないという事に全く変わりはなかった。
「この国の人々は………皆『アンゴスチュラ教』に洗脳されてしまったんだ」
 ナッツは落ち着いた口調で話す。
「アンゴス………?」
 カシスには聞き覚えの無い単語だった。
「アンゴスチュラ教。学校で習わなかった?」
「う………」
 ナッツの一言がカシスの胸にズキッと突き刺さる。カシスは授業などろくに聞いていないせいでそんな言葉は聞いたこともないのだ。
「これを読んでみて」
 ナッツはカシスの常識知らずを察してか、フッと笑って懐から一枚の紙を取り出し、カシスに渡した。
 カシスがその四つ折の紙を広げて見ると、こんな文章が書かれていた。           


『この世界は、三兄弟の神が創り出したものである。
まず最初に、三人の中で長男にあたる神が大地と太陽を創りだした。
次に、次男が海と空を創った。
そして、一番下の女神は月と星を創った。
その後、三人は今度は生物を造り始めた。
植物をはじめ、魚や鳥、大小さまざまな物。
たくさんの生物を造り終え、ひとつの世界は完成した。
世界は平穏に包まれ、三人の神はそれを見守っていた。
ある時、長男の神が数人の人間を造った。
その人間は皆、とても美しく、そして賢かった。
それを見た末の女神も、真似をして人間を造り始めた。
どの人間も、取り立てて長所はなかったが、女神はたくさんの人間が造れた。
次男の神も、人間を造ってみたが、うまくいかなかった。
ある程度の数は造れたが、どの人間も醜かったり、凶暴だった。
何度繰り返しても、次男は良い人間を造ることはできなかった。
そのことに激怒した次男は、自らが創った海で全ての生物を沈めてしまおうとした。
当然、ほかの二人はそれに反対した。
そして、争いが起こった     』

        
 カシスは読み終えた。
『あれ?これってさっき家で読んでた歴史の始まりの神話じゃん………』
 カシスは自分の記憶の中にある文章だとすぐに気が付く。
「これ知ってるよ、教科書に載ってた神話と同じだよ」
 そして、その紙をナッツに返した。
「そう、その神話がこの世の始まりと言われているんだ」
「でもこの神話とアンゴス………なんとかと何か関係があるの?」
 カシスは聞き返す。
「この神話に登場する『次男の神』の名前を『アンゴスチュラ』って言うんだよ」
 ナッツはいかにも知的な雰囲気を漂わせる様に説明した。
「へえ〜」
 対照的に、カシスはいかにも頭の悪さを強調するかの様に聞き入っている。
「ちなみに長男の神の名前が『ベルランス』、女神の名前が『グリーティア』。この世界にはこの三人の神を称えた『三つの宗教』が存在するんだ」
「へえ〜」
 ナッツの説明に対して、カシスはただ聞いているくらいしか出来なかった。
「つまり、『ベルランス教』と『グリーティア教』、それに『アンゴスチュラ教』だ」
「ふんふん」
 カシスはナッツの説明にすっかり聞き入っていた。
「その神話ではその後、全てを流してしまおうとした『次男の神アンゴスチュラ』に反対した他の二人の神が彼を『禁断の洞窟』に封じ込めてしまうんだ。こうして世界には平和が戻る。そしてその後、神話にちなんだ三つの宗教が誕生したわけだけど………」
「だけど………?」
 カシスはここまで聞くと無性に続きが気になった。
「神話で『アンゴスチュラ』が全ての生物を海に沈めてしまおうとした事から『アンゴスチュラ教』だけは悪の宗教として迫害されてきたんだ」
「差別を受けてきた………仲間はずれにされてきたって事?」
 カシスは自分のわかりやすい言葉に置き換えた。
「まあそんなとこかな。とにかく他の二つの宗教は『アンゴスチュラ教』の存在を認めようとしなかった。そのため何年か経って『アンゴスチュラ教』の信者はほとんど姿を消してしまった。しかし、最近になって生き残りが活動を再開したという話を聞いた………」
「どうして………?」
 カシスの問いにナッツは間をおいて答えた。
「世界に………復讐するために」
 カシスは自分の知らなかった世界の裏事情を目の当たりにしたせいか、ひどく驚きを露にしている。
「つまり、この国を洗脳したのも復習のうちって事?でもどうして?この国の人達はほとんど無宗教のはずだよ?」
「無宗教で争いを知らない平和ボケした国だからこそターゲットにされたんじゃないのかな。やつらが何をしようとしているかはまだわからない。でもやつらの中には『神力』を持やつがいた。何かとても嫌な予感がする………」
 カシスは言葉に詰まった。自分の国が危機に直面しているとわかったのが応えたらしい。
「ところでさ、ナッツは何者なの?」
「僕は新米の歴史学者さ。ある人の下で研究をしているんだ。宗教について調べていたら偶然この国に行き着いたってわけさ」
「ある人って………?」
「ああ、それはね………」
 ナッツは途中で言葉を止めた。
「どうやらお喋りはここまでみたいだね………」
「え?………あっ!」
 カシスも気が付いた。
 二人が話している間に、二人が隠れていた建物の周辺が『狂った住人』達に包囲されていた。
『見つけた!』『見つけた!』『異教徒を殺せ!』『悪の子を殺せ!』
 街の住人たちは口々に吠えながら、ナッツとカシスに歩み寄って来る。
「ナッツ!………どうしよう………」
 カシスは後ずさりながらナッツの背中にしがみ付いた。    
「どうにかしてここから逃げるさ………」
 ナッツはカシスをかばって隠す様に右手を広げた。
 そして、冷静な目で周囲をじっくりと見渡す。
 特に何か考えがあるようにも見えないが、ナッツのいつもの冷静な表情は崩れていなかった。
 ナッツとカシスは一歩一歩後ずさり、とうとう背後が行き止まりになってしまった。
「ナッツどうしよ………この後は柵になってて行き止まりだよ。もう逃げられないよ」
「…………柵?」
 ナッツはカシスの言葉に反応した。
 確かにカシスの言う通り、二人の背後は少し高めの柵で、隣の道路との間の仕切りがしてある。
 ナッツはそれを見て
「カシス。後の柵を飛び越えて逃げよう」
「そうか!………うんわかった」
 カシスとナッツは互いに頷きあった。
『全ては我らが主の為に!』『アンゴスチュラ様の為に!』『異教徒を殺せ』『悪の子を殺せ』
 『狂った住人達』はじりじりと二人に歩み寄り、距離を詰める。
 やはり、人数にして三・四十人はいる様に見える。
 雨は止む事を知らず、かわらない強さで降り続く。
 その時、ナッツとカシスの中で一瞬時が止まる様な感覚を覚えた。
 そして…………
「今だ!」
 ナッツの一声と共に、ナッツとカシスは振り返り勢い良く柵に飛び込んだ。




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