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六時間目の終了を告げるチャイムが校内に鳴り響いた。
啓は不機嫌そうな顔でおもいっきり教科書を閉じた。
彼をそんな気分にさせた理由は二つあった。
一つは朝にもある男から指摘された寝不足についてだ。
いつもの事ながら寝不足のダメージは時間が過ぎるにつれて、じわじわと自分の頭を襲うものだ。
つまり六時間目終了時の今となっては、そのダメージの大きさは想像以上のものであった。
そしてもう一つの理由とはその時間が自習であった事だ。
最後の時間に自習をするくらいなら早く終わりにしろよ、と啓はつくづく思った。
まあ最もこの後簡単な学級会をやって、さらに部活もあるため、帰る事はできないのだが………。
その時前の席に座っている友人のヒデキがこちらの向き直り話しかけてきた。
「なぁ啓。昨日九時から8チャンネルで映画『サバイバル2001』見たか?」
「ああ、見たよ」
「あれ、おもしろかったよなー。意外な展開になったよなぁ」
それに対しての啓の反応はいまいちだった。
「そうかぁ?意外な展開と言うよりも話が無理矢理あった気がしたな。何か三カ所ぐらいストーリーが思いっきり変わってる所あったしな。まるで四人の脚本家が分担して書いてるみたいな感じがしたよ」
「あぁ、それも言えてるな」
ヒデキは苦笑いした。
その後数秒たってから担任が教室へ入ってきて、簡単な学級会が行なわれた。
少し頭痛がまだ残ったままの状態で啓は教室を出た。
学級会は簡潔に終わったのだが、その後の担任の話が長びいて啓のストレスはさらに大きくなっていた。
その時啓の横を小走りで走り抜けた少年がいた。
ヒデキだった。
「早く帰ってハンバーガー百個買いに行かなきゃ」
などとよくわからない事をいいながらすぐに見えなくなった。
ヒデキはよく不思議な行動をとる。世間一般で言う「変わり者」なのだ。
いつもの事だ、と納得して啓も歩き出し、やがて階段を下りて行った。
園芸部の部室へと向けてのんびりと歩いていた啓だったが、突然何かを思い出して立ち止まった。
「………そうだ」
何かをひらめいたのだろう、いきなり方向転換して急いである場所へ向かった。
啓はまた思い出していたのだ。
『遠山宗一郎』………その名を。
あのスケッチブックに描かれていた花の存在を。
それが分かる事によって何か意味があるのか、と言われるとはっきり言ってわからない。 とにかく気になるから。理由はそれで十分だった。
そしてすぐにある場所にたどり着いた。
職員室に………。
「失礼します。社会科の桜田隆先生いらっしゃいますか?」
彼が探している桜田先生というのは他でもない、彼のクラスの担任である。
身長は一七〇センチ前後でやや体格が良く、三十一、二歳くらいになると聞いたことがあるが、わりと若く見える。
顔はたいていの人が見れば男前と答えるだろう顔である。
もちろん担任に用などないが、職員の誰かに聞けば遠山と言う男の何かがつかめるかもしれない、そう思ったのである。
普段教師と会話を交わそうなどとはとうてい考えない啓にとって、こういう時に手ごろな人材と言えば担任ぐらいしかいないのであった。
学級会終了後、すぐ戻ってきたのであろう桜田は自分の席でお茶を飲んでいた。
「おう、どうした?駒沢」
啓は一瞬ためらったがすぐに予定していた質問を桜田に投げかけた。
「先生、遠山宗一郎と言う方をご存じですか?」
桜田は表情を一転させ、急に真顔になった。
「あの人がどうかしたのか?」
その目付きに啓は思わず息を飲み込んだ。
「あ、いえ、ちょっと………」
「前に美術家にいた先生だ。彼の絵の才能は並じゃなかったな。ただ、人間としてはあまり出来ているとは言い難い男だった。この学校を出てったのも本人の申し出らしい。まったく、芸術家の考えは理解できんよ」
その返答にはどこもおかしい所はなかった。
しかし桜田の態度は妙に落ち着きがなかった。
いや、むしろ啓は彼の返答など、全く気にしてはいなかったのだ。
「遠山宗一郎」。
その名を聞いた一瞬の桜田の表情だけがただ啓の心を捕えて話さなかった。
そしてその後も桜田に色々な情報をもらい、啓は四十分程そこに立ったまま話し続けた。 しかし彼に聞いた「遠山宗一郎」の情報は、ごくありふれた物が大半だった。
彼は酒飲みである。左利きである。年端四十五、六である、いつも帽子をかぶっている。などばかりだった。
しかし最後に一言、妙に気になる言葉を残した。
『そういえば遠山さん、ここをやめたらとりあえず三日月の良く見える場所に行きたいと
行っていたな』
三日月………?
啓の頭の中にその言葉はなぜかひっかかっていた。
「そう言えばアイツがそんな事を………」
『次のヒントは多分、月に関することね。場所から三日月が見えたわ。空の回りには何もなかったから、おそらく高台か広いところね』
昨夜の睦葉の言葉であった。
これは単なる偶然なのか………?いや、そもそもこの話は睦葉があのスケッチブックを知っていた事に始まった………。
偶然にしてはあまりにも話が出来すぎている。
考えがまとまらないうちに、啓は職員室を後にした。
「部活………さぼっちまおっかな」
そう啓にに考えたのは、一分一秒でも早くあの場所へ行かなければならないと言う妙な予感。
空は次第に夕日によって焼き尽くされた様にオレンジに染まっていく。
まるで、これから先の物語の展開を映し出している様だ………。
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