「菜の花畑に」
著者:創作集団NoNames



   −3−

 何気ない入院生活二日目の朝。
 啓は朝の回診でもうほとんど日常の生活に戻っても大丈夫と診断され、明日に退院できると医師に言われた。
「先生、あの睦葉、札島さんの様態はどうあんですか?」
 啓は四十過ぎの中年モードに入った、小太りの担当医師に睦葉について聞いた。
「ん〜、まぁ命に別状はないけどね。ちょっとね………」
「何かあるんですか?」
 啓は医師の顔が苦々しくなるのを見て再び聞いた。
「彼女は植物状態なのは君も知ってると思う。だから君は彼女を助けようとしたんだよね?そこでタンスが倒れ込んできたのは分かるかい?」
「はい。只そこから先はちょっと………」
「ふ〜ん。そうなのか。そのタンスに彼女は両足を挟まれてしまったんだよ。それが不運なことにどうしようもなくてね。切断するしかなかったんだよ。手術は無事成功したけど彼女が普通に意識を持ってたとして、自分の足で立つことは二度とできなくなってしまったんだ」
「………」
「こんな事を君に話すのは酷だったかもしれない。だけどあの場にいた君には伝えた方がいいと思ったんだ」
「そうですか…………」
(だから睦葉はベッドから出ようともしないし、まともに動けないから、いつも以上に元気がなかったのか。そんな思い出したくないことを俺は気にすることもなく土足で踏み込んだのか)
 啓は後悔と罪の意識に苛まれた。
「そう、あと一つ………」
 医師は何か思い出したように付け足した。
「救助隊の人が君達を発見した時札島さんが君をかばうように上になって君を抱いていたとも言っていたよ。不思議な事もあるもんだね」
「!!………」
(俺をかばって………)
『利益だけじゃ、人は動かないのよ』
 啓の頭の中でぐるぐると巡っていた。
 医師が去った後も啓は自分の罪とそのままの言葉にずっと悩まされていた。
 翌日、啓の退院する日、啓は静かに片づけを済まして部屋を出て行く。睦葉を尻目に。「全く。何でそんな辛そうな顔してんのよ。今日退院する人間の顔じゃないわよ」
 睦葉は黙って出ていこうとしてる啓の行動に気付いていた。カーテン越しから睦葉の言葉が啓に刺さった。
「何言ってんだよ。怪我も大したことないし、こうして元の生活に戻れるんだ……どこに辛いかおしなきゃならない要素があるんだよ」
「そっ、ならいいけどね」
「そう。じゃあな。また近いうちに見舞いに来てやるよ」
 啓は荷物を握り締め部屋を出て行った。
 睦葉一人を残した静かな部屋。扉からは春を感じさせるようなさわやかな風が舞い込んでいた。
「…………全く、強がっちゃって……」
 睦葉の頬を何か暖かいものが流れていた。本来動くことさえできないはずの今の彼女が涙していた。
 啓は正面出入口まで着いた。担当の医師と数人の看護婦が見送りに来ている。外には啓の両親が迎えに来ていた。
「退院おめでとう。がんばってね」
「ありがとうございます……札島さんのことはお願いしますね。見舞いに来るんで」
 啓は医師と簡単に会話を交えると、両親のもとへと歩んで行った。
 この日、久々に自宅へ帰り、部屋の植物達と久々の対面に感動していた。両親たちが気を遣って面倒を見ていてくれたらしい。啓は睦葉のことをこの一時だけでも忘れられたらいいのにと思った。




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