「オッドアイ」
著者:創作集団NoNames



−3−

 シェラはもう何年も通っていない、古びて薄暗い廊下をただ一人歩いていた。
 幾度かはここを訪れていたこともあったが、今は会いに行く囚人もない。

 閑散とした、静かな廊下をただひたすらに歩く。

 自分の靴の音が狭い廊下を反射して、幾人もの人間が遠くから自分をつけて来ているようにも思え、彼女の足は曲がり角でぴたりと止まる。
「…………」
 王族の血筋の証である「魔法」を徹底的に鍛え上げられた場所。
 幾度も、この手を血に染めた。
 襲い掛かるものを、殺し続けて。

 そして、今自分がここにいる。
「…………」

 かつて、自分がこの場所へ幽閉されていた事実。
 そして、自分がこの場所で実の父を殺したという事実。

 その全てを振り払うように、彼女は首を横に振った。
 今、後悔してはならない。
 シェラは再び歩みを進めると、風の吹く大通りに出る。

 かつて自分が幽閉されていた「光の差し込む独房」が見えたのは、それからまたしばらく歩いてからの事だった。
 独房に近づく前に、看守に出会ったが魔法で眠らせるのはたやすかった。
 牢の中の人物は、シェラを見るやいなや、少し驚いて眼を見開いた。
「シェラさ」
 鉄柵のそばまで駆け寄り言いかけた彼女の口を、シェラが塞いだ。
「看守に眠りの魔法をかけてあるが、得意ではないんだ。大声を出すと面倒なことになる」
 それだけをいって、シェラは静かに手を放した。
 牢の中の人物……理奈……は少し上目遣いでシェラを見上げる。
「あ、あの」
「今出してやる。遅くなってすまなかった」
 シェラの眼には、憂いが見て取れる。
「なにか、あったんですか?」
「なにがだ?」
「シェラさん、なんだかすごい悲しそうなんですけど」
「………そうか?」
 意外とも言うように、シェラはそれを取り繕うように薄く笑う。
「ともかく、ここで立ち話は危険だ。今はあの二人と合流………」
「そうはさせません」
 短く低い声が、シェラを牽制する。
「リリスか」
「マスターのあなたに歯向かう日が来るとは思いませんでしたが………ヘンリー様の命令となれば、話は別です」
 リリスの両掌が、胸の前で重ね合わせられて、雷光を放つ。
「………ちょっ、シェラさん」
「私にはやることがある。いくら愛娘でも、己の信じた道に進んだもの同士だ。容赦はしない」
 シェラは右手で牢屋のカギの穴の辺りを手で握り締めた。
「下がっていろ。軽く爆発させるから破片が飛ぶかもしれん」
「ますた………師匠。そこで牢に攻撃を放った瞬間、コチラも師匠に攻撃します」
「すればいいだろう」
「魔法の同時展開はスカイでは不可能………コチラを喰らってでも、その女を救うといいますか」
「私の目的のためにはこの少女が必要だ。最強魔法で来るというなら、攻撃で相殺する以外に方法があるまい。だが、その時に彼女の体も吹き飛ぶ。たとえ魔法を喰らわずとも、瓦礫にやられてしまうことは眼に見えている」
「師匠が楯になったところで、たかが知れています」
「やってみるがいい。貴様では、私は絶対に倒せない」
 その声につられるようにして、重ね合わせた掌からほどばしる雷光が大きくなってゆく。
「……………」
「こんなの間違ってるよ!」
 突如、声を上げたのは理奈だった。
「二人の間に何があるのか、私は知らない。でも、師弟なんでしょ?殺しあってどうすんの!」
「………理奈」
「何があるのか知りえないのならば、余計な口出しはしないでいただけますか」
 リリスが、冷徹な視線を理奈に向ける。
「やめない!アンタがその魔法、止めるまでは!私死にたくないもん!」
「じゃあ、黙らせます!」
「あーどうぞご勝手に!その代わり死ぬまで口やかましいトーク続けてやるわ。覚悟しときなさい!………え〜と、リリス、だっけ?」
 さっきシェラが呟いた名前をしどろもどろに口にしながら、理奈はリリスを指さした。

「…………ありがとう理奈。だが、やはり娘を止めるのは親の役目だ」
「でも」
「いいから。ここは私に任せてくれ」
「……抜き差しならない状況で、どうカタをつけるつもりなんですか。いい加減あなたをここから救い出した人を少しは敬うべきでは?」
「ふん、自分の私利私欲のために娘に親を殺されるようシナリオを組んだあいつを、敬えというのか。助けてくれた事に今まで忠義は払った。しかし、最強のホムンクルスを作るというあの計画を実行に移すというのであれば、付き合うことはできん」
「ならば、やはり邪魔者はここで消しておかねば」
「だから、そんなこと間違ってるって!」
「あなたは黙っていてください!」
「だーかーらー、黙らないって言ってるじゃん!」
「リリス」
 場をたしなめる様に、シェラが低い声を吐いた。
「………なんですか?」
「お前、スカイでは魔法の同時展開ができないといったな」
「…………なにか秘策でもある、とかいいたげ顔ですね」
「我が子供たち……ホムンクルスにも黙っていた事がある」
 シェラはつかんでいるのと反対の腕、左腕をリリスに向けて突き出した。
「この腕は、練成で作り出した、まがい物だ」
「!」
「………そ、それがどうしたと」
「いくらくっついているといっても、これらはあくまで「別のモノ」なんだ」
「っ!?」
「どういうことか、分かるよな?」
 シェラが、意地の悪い笑みを浮かべると同時に、リリスが激昂して雷光を剣の形にして振りかぶった。
「やああああああっ!」
「守り、貫きたまえ」
 魔法防壁と雷光の剣が激突する音と、牢の錠が破壊される音が、見事に重なった。




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