−3−
ちょうど昼の時間となったので、この食堂にも人がどんどん増えてきた。
二人は新しく買った缶コーヒーを手に、人の流れの邪魔にならないように壁際へ移動する。
……ん?
不意に違和感を覚えた。どこかがズレているような、なにかが間違っているような。
「お〜い?どうかしたの?」
先程の状態から落ち着きを取り戻した澪が、ひらひらと誠一の目の前で手を振る。
違和感の正体は、すぐ目の前にあった。
「なんでお前ここにいるんだ?」
『昨日』は澪と会ったのが大学に来てすぐのことだから、今よりも数時間は前のことであるはずだ。それなのに、まだここにいるというのは妙だ。
「何よ〜。さっきから目の前にいたじゃない」
誠一の質問の意図がわからない澪は、頬をふくらませて睨み付けてきた。
その仕草はまるで子供のようだが、澪がすると愛らしいという表現が実によく似合う。
だが、誠一はそれを気にも止めず、ただ思考に埋没していた。
この二日間のことは本当にただの夢に過ぎなかったのだろうか。超常現象なんてものは存在せず、知らぬ間に疲れてて変な夢でも見ただけのことなのか。
……試してみるか。
「なあ」
「何ですか〜?」
まだ少し機嫌が良くないようだ。だが、誠一はかまわず言葉を続ける。
「今日は朝からずっとここにいたのか?」
言ってからさすがにストレート過ぎたかと思ったが、澪は気にせずそれに答えてくれた。
「まっさか〜。そこまでヒマじゃないってば。ただ鳳の姿を見かけたからからかいにきただけ」
十分ヒマじゃないかと思ったが、誠一はあえて口にはしなかった。
食堂へと続く道は、『昨日』使った八〇一講堂から見えないこともない。もし、澪がはじめからそこにいたのだとしたら、午前中でも昼でも姿を見咎められて、ここで遭遇することに不思議はない。
結局のところ、予知夢かどうかの確認は今のままではできないようだ。
……ま、いいか。
夕方以降の景汰の行動で、答えははっきりするのだ。別に今あせる必要はない。
「あ、そうだ。ここで会ったのも何かの縁ってことで、頼みたいことがあるんだけどさ〜」
「縁もなにも、お前は俺を見つけたからここに来たんじゃないのか」
「じゃあ見つけた縁ってことで、私に数学教えてくれないかな?」
誠一を拝むようにして、ムチャクチャな理由をのべる澪。
「ああ、そうか。単位落としたから明日から試験期間だったな」
誠一の言葉に、澪は少し目を見開いた。
「何でそんなこと知ってるの?」
……ああ、夢の通りなんだな。
『昨日』聞いたばかりのことだ。いくら他人に興味を示さない誠一でもそう簡単に忘れたりはしない。
だが、澪からすれば誠一がそれを知っているのは謎としかいいようがない。
正直に答えるのは少々面倒な上に、頭がおかしくなったと疑われるかもしれない。だから、適当に返すことにした。
「お前の事くらい、すべてお見通しだ」
そろそろ研究室も開いているだろう。話はここらで切り上げるほうがいいかもしれない。
「そもそも俺が教えなくても、お前なら大抵はできるだろ」
澪の学力は『昨日』の時点で大体把握していた。わざわざ誠一が教師役をかってでる必要性はなかったはずだ。
それに、同じことを二度も教えるのは面倒極まりない。
誠一がすでに空になった缶を捨てようとゴミ箱に向かおうとしたとき、急に服を引っ張られた。
「怪しい。何で私のことそんなに知ってるのよ」
誠一の服をしっかりと握り締めながら、澪は疑惑の目を向けてくる。
余計なことまで言い過ぎたと後悔したが、時すでに遅し。澪は納得のいく説明があるまでこの手を離してはくれないだろう。
その気になれば手を振り払うのも難しくはないだろうが、それはそれで後が怖い。
どう対処するか誠一が悩んでいると、突然人の波が二人に襲い掛かった。
「おわっ」
「きゃっ」
缶を捨てようと壁から離れたせいで、食堂から出る人たちの通り道に入ってしまっていたようだ。
流れには逆らいようもなく、気がつけば誠一は食堂の外に出ていた。近くに澪の姿は見えないので、どうやらはぐれてしまったらしい。
「好都合、かな?」
わざわざ戻って話の続きをする気にもならないので、誠一は研究室へと足を向けた。
[第一章・第二節] |
[第一章・第四節]