「Wacky Pirates!!」
著者:創作集団NoNames



   −2−

 カプトースは定時といったら定時が売りだ。
 各部署によって定時は異なるが、荷物の積み込みをする実働部隊は午後最終便の発着の倉庫搬入が最後で、大体六時過ぎが定時だ。
 いくら夏盛りとはいっても、六時は立派に夜だ。まだ若干明るさを残してはいるが、空は漆黒を控えた群青に近い色に染まっていた。
 コンテナからバラにされた荷物を積み終え、ヘクトはフォークリフトを所定の位置に戻してから、手をぱんぱんとたたいた。
「これでよし、と」
 ちょうど時間を見ようと振り返ったところで部屋に備え付けの鳩時計が六回鳴った。
 もう、終了の定時だ。残業で残る部署以外は遅くまでいると給料泥棒の烙印を押されるため、あまり良い顔をされない。
 倉庫の奥で、まだジュールが確認の作業を行なっているはずだったが、その作業ももうとっくに終わっていていいはずだった。
「おーい、ジュール!終わりだぞ、定時だ!」
 フォークリフトの横から、薄暗い奥へ向かって叫んでみる。
 返事はない。
「………?」
 いつもなら定時になると真っ先に帰り支度を始めるようなヤツが、奥で黙々と作業をしているとは思いがたかった。
「ジュール!………おい、ジュール、定時だってば!」
 相変わらず、返事はない。
「………?」
 なにか悪い予感が、頭をよぎる。
 フォークリフトから離れて、少しずつ倉庫奥の入り口へと歩き出す。
 夕暮れになっても落ちない気温でかいた、汗がさらに心地悪さを演出する。
「……ジュール?」
 入り口の所で、念のため呼んでみた。
「ヘクト?」
 やっと、返事が返ってきた。
 入り口からでは、ジュールの姿は見えない。
 奥で何か金属音のような音も聞こえる。
「ジュール、大丈夫なのか?」
「大丈夫だ、こっちに来るな、ややこしいことになるから!」
「一体どうしたんだよ?」
「棚ひっくり返しただけだ、衝撃吸収の梱包材の棚だから品は無事だよ」
「ジュール、怪我は?」
「ないけど、先に行ってキリバールか何かに事情を説明しといてくれ。ちょっと配列の順番が狂っちまった。あいつならここ詳しいから、知ってると思うんだ」
 倉庫の中は厳密な管理によって行き届いているため、棚をひっくり返してしまうとどれがどの列の棚にあったか判別が不能になってしまう。詳しいものか、それ相応の書類がないと対応が出来ない。
「分かった。それじゃ、お先」
「ああ」
 ややこしいこと、というのが気になったがひとまずヘクトは事務所に戻ってキリバールの姿を探した。
 少しして、シャワー室からさっぱりした顔のキリバールを出くわした。
 事情を説明すると、キリバールは乗り気じゃなさそうに、それでも倉庫の方へ向けて歩き出した。
 おそらく、今晩はジュールの奢りだろう。
「………さて、と」
 シャワーでも浴びて、帰ろうかな。
 ヘクトはキリバールを見送ってから、ロッカーへ歩き出した。


 キリバールはいつもの場所へたどり着くと、そこで作業を続けている先輩の姿を見た。
「今日は、早すぎたんじゃないか」
 鋭い眼光が、その先輩を射貫く。
「ああ。ま、いいだろ。ヘクトのヤツはあれで以外に単純だからな」
「それで………今日は、めぼしいものがあったのか?」
「いや、特にはないな………」
「それじゃ、早いとこかたしちまえ。いつも言ってるだろ」
「分かってるよ、ったく」
 そういって、ジュールは手に持っていた品を元へ戻した。
「ああ、そうだ。三日前に出たあの銀箱はどうした?」
「ヘクトに売った。こうしとけば動かぬ証拠がヤツにも及ぶってワケさ………ま、本当は誰でも良かったんだがな」
 そういって、キリバールは口の端を癖のように歪めた。
「お前と、こんなことをして四ヶ月か」
「そろそろ荷届けの管轄がバレるな。まあ、アシがつきそうになったらヘクトがそれらしいことをしている情報を流せばいい。どうせ俺と同じ「魔術師もどき」だ。誰にも信用されたりゃしねえよ」
 懐から煙草を取り出して、火を付けた。
 吐き出された煙が、密度を増した夜へと吸い込まれて行く。
「さて、帰ろうぜ。先輩」
 キリバールが、口の端を歪めたままで、そう言った。
 ………その時だった。
「そう言うことか」
 入り口の方から、乾いた靴が音を立てた。
 二人とも、顔を上げて、とっさにその場にあった重厚そうな荷物を取り上げた。
「………」
 靴音が倉庫内に響き渡り、その姿が入り口からの薄暗い明かりに照らし出される。
 濃い紺色の軍服に身を包んだ男が無表情のままつっ立っていた。キリバールとはまた色を異にした緑の髪が無機質な蛍光灯の明かりを受けて揺れる。
「な、なんだ、テメェは!」
「なぜ貴様らに名乗る必要がある。どういう職業かは、見れば分かろう」
 表情を崩さないまま、まだ少年とも呼べない軍人は淡々と言葉を繋いだ。
「頼まれたモノがいつまでも来ないのでな。わざわざ超過調査と言うヤツだ」
「っ………」
 苦い顔のまま、二人は立ち尽くす。
「さて、犯罪者としてご動向願う前に一つ聞かせてもらおうか」
「…………」
「数日前に、銀色の妙な箱があったはずだ。それを渡して貰えれば、少なくとも軍部での盗難については不問に処するそうだ。まぁ、その他の貴様等の罪について知らないが」
「あ、あれは………」
 ジュールが顔をキリバールに合わせた。
「あれは、ウチのいいだしっぺが売れるとか言って持っていった」
「………一応、罪は認めるようだな。で、その、いいだしっぺとやらはどこにいる?」
 あまりの呆気なさに、少年は一度肩を竦めたが、すぐに無機質で鋭い光が二人の、特にキリバールの眼を射貫いた。
「さ、さあ。ヘクト、と言うヤツなんだが」
「今日は俺達に任せてもう帰ったよ」
「……そうか。と言うことは箱の行方はお前等に聞いても分からないと言うことか」
 面倒くさそうに、軍服の少年は思案顔で少し下を向いた。
「また振り出しか」
「明日また来れば……」
「いや、とりあえず分からないものは後で捜すとしようか」
 急に、蒸し暑い倉庫の中へ冷たい空気が流れ込んだ。
 キリバールはいやな予感から、一歩後ずさった。
 なにか、絶対的なものを見つけられる予感。
 背筋が…‥……凍る。
「…………ッ」
「渡して貰えれば、不問と言ったよな?」
 だらりと垂れ下がったままだった左手が、急に眼の高さへと上げられる。
「!」
 幾度となく、地獄の実験場で見たあの光景。
 特殊能力者………「魔術師」。
「………いらない人間には、これからの時代増えてほしくないからな」
「お、おい!キリバール!」
 ジュールが、キリバールを見て声を上げた。
 この時、キリバールは必要以上の選択迫られていて、ジュールの声など届いていなかった。
 今のセリフでは、自分達は確実に殺される。
 どうやってこの魔術師相手に逃げ出す………?
 相手の能力が、自分よりも遙か格上の同じ『系統』であることが分かるくらいがせめてもの救いだった。
「………お前は、どこまで行けるかな」
 大戦を光と影で生き抜いた者。
 キリバールの胸に怒りが去来した瞬間。
 人間というには多少特化した脚が地を蹴り放ち、少年へ向かって行く。
「ウオオオオッ!」
 ガインッ!
 狭い倉庫内に、金属音が鳴り響いた。
「ッ!」
 キリバールの掌に当る膜と、少年を覆うドーム型の膜が互いにぶつかりあった。
「この程度か」
 あくまで冷たい、その声にキリバーツは戦慄すら感じる。しかし、ここで退くわけにはいかない。退いたら、死ぬ。
「う、わあああ!」
 ジュールが、その場から逃げ出すのが見えた。
 その一瞬だった。
 少年の《膜》が一瞬外れたかと思うと、腹部に何かが突き刺さった。
「掌に《膜》を張るのが精一杯か」
 少年の手から、《膜》と同じ色の槍が『発生』していた。
「ぐっ………が」
 腹部から、生暖かいものが滴り落ちた。それは皮膚を、服を、そして次第に地面を汚して、赤く染めて行く。
「心配するな。あいつも後で同じ目にあってもらう」
「…………」
 痛烈な痛みをこらえるキリバールをよそに、少年はその槍をためらいなく引き抜いた。
「ぐああああっ!」
 今までを遙かに越える痛みに、キリバールは気が遠くなりかける。魔術師として、常人よりも生命力があったのが、幸か不幸か、彼はまだ死ななかった。
 いや、死ねなかったのだ。
 対照的に、少年は《膜》を閉じた後も平然とした顔で、床に倒れ伏したキリバールを眺めていたが、やがてそれにも飽きたようにすっとその場から靴音を立てて歩き出した。
 薄れ行く意識の中、キリバールはその音を聞きながら、最期の短い息を吐いた。




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