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「動くな!手を上げろ!!」
柄の悪い軍服を着た男がヘクトたちに向かって矛盾の一言を放つ。
「・・・今日は変な客が多いなー」
ヘクトは独り言を呟きながら、手に持っている箱を足元に置き、素直に両手を上げた。
「少年はそのまま奥に下がってくれる。そんでお嬢ちゃんもそこで転がってないで、立ち上がって一緒に両手を上げてもらえる?」
もう一人の軍人。やる気のなさそうな細身の軍人。口調はもう一人の軍人に比べて丁寧な話し方をするが、どちらにせよヘクトたちに銃口を向けていることには違いはない。
ヘクトは部屋の奥に進み、トメも黙って指示に従った。
「良い子だ」
細身の軍人はそう言ってヘクトの置いた箱を手に取り、そして玄関で銃を構えている軍人に耳打ちで何か一言通り過ぎざまに言ってそのまま出て行った。
(俺の昼飯が・・・キリバールの奴俺にとんだ物を売りつけやがって)
「・・・さて、お前たちは非常についてない。うちの隊長さんは今日はどうも機嫌が悪いらしい。
処刑命令が下った」
軍人はそう言いながらどこか嬉しそうに話した。
「そんな不条理な!なんでいきなり殺されなきゃならないんだよ!」
ヘクトは当たり前のように抗議する。トメはただ沈黙していた。
「別に命令でなくても『もどき』に人権は無え、俺様の私刑でおまえの命は無いんだよ」
「理不尽な・・・じゃあこの子はどうなるんだよ。『もどき』でもなければ日本人だぞ」
ヘクトはトメの方を見やって言った。
「『この子』なんて子供みたいな言い方はやめてくれない?」
トメはこんな状態でも不本意な事には口を出さずにはいられないらしい。
「そいつは、我々の敵対組織の人間のようなんでね、どっちにしろ処刑命令が出ているんだよ。・・さて御託はこれぐらいにして、そろそろショータイムといこうか」
軍人は心から嬉しそうな笑顔を見せた。
『・・さむ・・・えか・・』
「!?」
ヘクトの耳に何か人の声が微かに聞こえた。それは死を覚悟しての幻聴だろうか?
「・・・まずはお前の自慢の脚からだ!」
「!!」
(やばい俺の能力のタイプをしってやがる!)
軍人はすでにその銃口をヘクトの脚へと定めていた。それも恍惚の笑みを浮かべて。
ヘクトは咄嗟にその場から動こうとした。自分の『能力』を使って。
ヘクトの『能力』それは自分の体の性質を一時的に変化させる力、用途は様々にあるが主に大半のこの能力者は自己の脚を特化させ脚力を上げるものが多い。それはヘクトも例外ではない。
「パーン」
ヘクトが動いたその瞬間と同時に銃声が鳴り響いた。
次の瞬間、ヘクトは脚をすくわれるように上半身から派手に倒れた。
「う、ぐぁー」
ヘクトの脚から紅い血が床に広がる。
「ちょっとばかし俺ん方が反応が良かったみたいだな」
軍人はそう言いながらさっき以上に嬉しそうに笑った。トメはヘクトが撃たれたことに平然としていた。
『寒くねーか?』
ちょっと前にヘクトが聞いた幻聴、それはより明確にはっきりと聞こえてくるようになった。
「なんか言ったか?」
軍人は不思議そうにトメの方を向いて聞いた。
「いいえ、私は何も言ってないわよ。でも後ろの彼が言ったんじゃないの?」
トメは軽く笑った。軍人はそう言われて後ろを振り向こうとする。がその瞬間彼の肩に何者かの手がかかった。その手にはやけに熱を帯びた感じがあった。
「寒くねーか?俺が骨の髄まで暖めてやるよ」
赤髪の男はそう言い放つと次の瞬間軍人を掴んだ手から炎が舞い上がった。
「うあー!!これは・・まさか灼鬼のアル・・・」
炎は軍人を一瞬にして包み込み、軍人は言葉足らずに絶命し、あっという間に灰に姿を変えていた。同時にさっきまでの業火も消えていた。
「ちょっと、遅いんじゃないの?私は無事だけど彼、撃たれてるわよ」
トメは待ちわびたという感じで言う。
「お待たせして申し訳ございません。姫、先に出ていった者が意外と曲者だったもので・・・なんてこんな感じでいかがでしょう?」
赤髪の男は片ひざをついて頭を垂れて礼節をわきまえるかのように話したと思いきや急にその口調は楽観的なものに変わった。
「全く・・それで箱はもちろん取り返したんでしょ」
「ご覧の通りに」
赤髪の男は例の箱をトメに手渡した。
「ご苦労様、それじゃ引き上げましょう」
トメは箱を片手に部屋を後にしようとした。
「・・・ちょっと待てよ、それは俺のもんだ!」
ヘクトは痛む脚をかばいながらトメの持つ箱に飛びついた。
「!なっ、撃たれてまだ立てるなんて・・・」
トメはすでにヘクトのことは眼中になかった、それがよりトメを驚かせた。ヘクトは箱を奪取するとそのままそこで倒れた。意識はまだある。
「ちょっと、返しなさいよ!これは私の大事なものなのよ。あんたなんかに渡せないのよ」
トメは倒れたヘクトに容赦なく飛びかかった。
「これはどんな理由があれ俺がキリバールから買った飯のタネだ、なんの権利があってお前らに取られなきゃならないんだよ」
すでに二人とも自分の言い分だけで人の話は聞いてないといった感じだ。
「ふー・・・、二人とも落ち着いてください」
赤髪の男が止めに入る。
「このままじゃ埒があかないでしょ。少し話し合いましょう・・・」
「・・返しなさいよ・・」
「・・これは俺のもんだ・・」
二人とも完全に無視している。
赤髪の男は怒りを抑えて軽い実力行使に移った。大したことではないちょっと二人に熱さを感じてもらうだけだ。
『!!!』
二人は気づいた次の瞬間には遅かった。ちょっぴり服の一部が焦げ付いた。
「少しは頭を冷やしてください」
(熱しておいてそりゃないだろ・・・)ヘクトは心の中でつっこむ。
「まあまずは玄関ではなく中で落ち着いて話し合いましょう」
三人はさっきまで灰の山があった部屋(今は風に待ってなくなっているが)に戻り倒れた椅子や地べたにそれぞれ座った。
「少年、君がさっき言ったキリバールというのは君の仕事場の同僚だね?」
赤髪の男は壁にもたれかかるように地べたに座っている。
「そうだけど、何故?」
ヘクトは困惑を余儀なくされた。初めて会った人間に何故キリバールを知っているのか。
「多分、その同僚はもうこの世にいないね。ここに来る前に君の仕事場であるカプトースにその箱を探しに入ったんだが、すでに軍の方が介入しててね。この箱に関係してた人間は抹殺されたよ」
赤髪の男は淡々と話す。
「軍はそこで二人殺している。一人は普通の従業員、もう一人は緑色の髪をした『魔術師』だったよ・・・」
(キリバール、もしかしてもう一人はジュール・・・)
「まぁ、私が着いたころにはもう手遅れだったよ。軍は君を探し回っていた。こっちとしても君が捕まってしまっては都合が悪いから情報操作して時間を稼いだんだけど、どうもこちらの予定通りにもならなかったようだけどね」
男は部屋が妙に壊され、窓が割れているのは先程の輩は関係ないと察知していた。おそらくトメがやったと。
「・・どっちが強かったんだろうか・・・まぁいい、その箱は結果的に君を不幸にする。君はその箱を同僚から買い取ったと言ったね?」
「え、ええ」
ヘクトはおとなしく答える。もういなくなった男から買った謎のFDの入った箱。
「・・だろう、4倍いや8倍の額を出そう、それで私たちにこの箱を譲ってはくれないか?」
男は少し悩むがそこには惜しいと思う気持ちはなかった。
「な、なにを言ってんのよ!いくらで買ったかも聞かないで・・・」
トメは赤髪の男の言動に慌てた。
「この部屋を出る支度金だと思ってくれ。ここにいたら君も殺されるだろう。だからこれで手を打ちにして納得してくれないか?」
男は優しく話す。
「そんなの知ったこっちゃないわよ」
トメは無責任な言動を放つ。
「・・・・・・」
ヘクトはすでにトメの声は聞こえてなかった。それほどに考え込んでいた。理解できない、あんな時代遅れのFDになんで政府の人間が血眼になってんだよ・・・それにこいつら何者なんだ?赤髪の男は明らかに『魔術師』だ、それも正真正銘の・・・俺なんかとは別格の・・・ジュールもキリバールも殺された?俺もこのままだと殺される?8倍の金・・・たかがしれてる。死にたくない・・・あのFDは一体何なんだ?
ヘクトの頭の中には嘘をついて金をとることは考えられなくなっていた。
「・・・なぁ?」
「決心はついたかい?」
男は怒りを露にするトメをなだめながら返事をした。
「いや、聞きたいことがある。あんたらその箱の中身は知ってるのか?」
ヘクトは男の目を見て聞く。
「多分昔のメモリーだろうね」
「それは政府が動くようなもの・・・」
「そうなるね」
「・・・この箱を手放しても・・」
「?」
「この箱をあんたらに売っても俺の身は政府に狙われるわけだ」
ヘクトはうつむきながら、力弱く喋る。
「・・・まず軍は君を必死で見つけようとするだろうね・・・今日みたいに、そして用が済めば・・・」
男は言葉に詰まる。
「ま、どっちみち俺はもう追われて、そして殺されるわけだ・・・やっぱりこの箱はあんたらに売るわけにはいかないよ」
ヘクトは二人に顔を向け、はっきりと言った。
「て、こっちだって最初っから買う気なんて無いわよ。何せもともと私たちのものなんだから、それに私たちの本業は・・・」
「まあまあ落ち着いて下さいよ」
男は怒りの頂点に達したトメを急いで止めに入った。
「こっちだってこの箱のせいでむざむざ殺されたかねぇよ、それに売らないと言ったが別に譲らないとも言ってない」
屁理屈だろ、だがそんなつもりはヘクトには無かった。
「?」
トメは首をかしげた。
「条件次第ということだね?」
男が代わりに答える。
「ご名答、その条件をのめるなら、この箱を譲ってもいい」
ヘクトは撃たれた脚を軽くさすりながら言った。
「条件は君の命の保護あたりかな?」
「う〜ん40点かな、いくらなんでもそこまでしてくれとは言わないよ、これでも兵役もあるしね」
ヘクトはにやりと笑い、続けた。
「条件は、俺もこの一件に混ぜてくれってことさ、この箱の中身は何を意味しているのか興味があるしね、それなら命を狙われても文句は無い」
「馬鹿じゃないの、私たちについて来たら命がいくつあっても足りないわよ」
トメは開いた口が広がらないといった感じだ。
「そうだね、それだけの理由では君が何を考えているのか分からない」
男も意外そうな顔をしている。
「別に深い意味はないよ、この様子だと俺は無職で食いぶちがなくなる。箱を売って金を得ても生き残るのは難しいだろう・・・」
ヘクトはうつむきながら話す。
「・・・それにあんたらに着いていけば箱の中に入ってたFDの内容も分かりそうだしね」
『?!』
ヘクトの一言は二人を驚かせるものだった。
「今FDって言ったわよね?この箱を開けたってこと?」
「ああ」
ヘクトはただ茫然と返す。
「どんな装置でも解析不可能な金属だったのに・・・それを開けた」
二人とも驚嘆している。
「・・別に旧世代のパズルなだけで、時間さえかければ誰でもできるようなものだよ」
ヘクトはキリバールも似たようなことを言ってたような気がした。
「そうだ、この箱を再度開けるのも条件に加えよう」
これでヘクトを仲間に加える価値が生まれた。この条件に関しては二人とも気をひかれずにはいられなかった。箱の中身が彼らにとって重要であることも裏付けられる。
「・・・いいわよ、その条件を受け入れるわ。あなたを私たちの仲間に迎えるわ」
トメは仕方ないといった感じで話すが。顔は嬉しそうだ。感情を隠すのは苦手らしい。
「アルム文句無いわよね」
「もちろん」
アルムと言われた赤髪の男はすんなりと答えた。
「よろしく頼むよ、私の名前はアルム、もう承知だろうが『魔術師』だ」
アルムはヘクトに右手を差し出し、ありきたりな自己紹介をした。
「えっと・・・ヘクトです。とりあえずは役立てるようでよかった」
ヘクトはアルムの手を取り、握手した。
「もう私は紹介愛無くてもいいわよね、ま、よろしくね。それよりさっさと引き上げましょう」
トメはそう言ってスタスタと部屋を出て行った。
「脚はもう大丈夫かい?」
アルムはヘクトの脚を気遣って再び手を差し出したが、ヘクトはその場ですっと立ち上がった。
「もう治ってますよ」
ヘクトは脚を軽く叩き、そして軽やかに跳ねた。
「君の能力はなかなか便利な使い方が出来るね」
アルムは感心した。それにはヘクトも笑顔で返し、二人ともトメを追うようにして出て行った。
・・・ほんの数分前までの騒ぎは静まりかえり、そしてこの数分後には再び軍人が押し入ってきたのは彼らの予想通りだった。
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