―3―
「うわー。すげえ」
ヘクトは街の風景に圧倒された。
カプトースにいたころは見たこともなかった絵に描いた様な大都会。背の高い建物が周囲を取り囲み、綺麗に舗装された道を行き交う人の多さ。皆買い物袋を片手に楽しそうに笑っている。その華やかな光景に、まるで異世界にきた感覚をも覚えた。
「ここには迫害されている人種も『もどき』も存在しない………だからこそこんなに明るい日常がなりたっているんですね。何だか見せかけだけの平和って感じがしませんか?」
「うらやましいわねー。表で堂々と生きられる身分の方々は………。いつか私もあんな風に買い物とかしたいもんだわね」
トメとケントがすました口調でいやみを言う。
確かにこの街は平和に見える。
裏の世界を生きる三人にとっては一番ギャップを感じさせられる光景でもある
いつの日か『日本人』や『もどき』、全ての人々が同じように幸せな平穏を築ける。それが本当の意味の平和だと三人は信じているからである。
「ま、あれこれ考えるのは後にして先に進もうぜ」
皆の気持ちを察してか、ヘクトは話題を流した。
「そうね、ここには軍のやつらはいないみたいだし、早いとこひいおじいちゃんの家探さなきゃ」
「地図によればここからひたすらまっすぐです。そう遠くはないですよ」
とりあえずヘクトに合わせて、二人も気分をなおす。
三人は完全無人鉄道が走る線路の下の道をくぐりぬけて、まっすぐ歩いて行った。
この鉄道も、近年開発された物であり、まだこの様な大都会でしか使用されていない。その為それを交通の手段として利用しているのは限られた人材のみとされていた。
「ここを抜けるとそろそろかな………」
ケントはマメに現在地を確認しながら先頭を歩く。
「それにしても都会ってホントに人間が多いんだなー………」
「ホントね。何か歩いてるだけでめまいがしてくるわ」
二人はケントの後ろについて歩きながら、周囲の人ごみにうんざりし始めていた。
その時だ。
ズドン!
遠くの方で、聞き覚えのある物騒な音が聞こえた。
「ねえ今の銃声じゃない!?」
乾いた空気を切り裂く音に、トメは即座に反応した。
「ん?ケント?どうした………!?」
「…………………」
ふと、ヘクトがケントの異変に気付き軽く肩をたたいてみた。
ドサッ。
ケントはその場に倒れこんだ。
「ケント!?」
二人は倒れたケントに一斉に声をあげる。
ヘクトはぐったりしたケントの体を抱き起こし、ようやくケントの左胸から流れ出るどす黒く生温かい物に気がついた。
「ケント!?どうしたの?しっかしりしてよ!ケント………」
「だめだ………心臓を打ち抜かれてる………。即死だ」
ヘクトは首を横に振りながら悔しそうに言う。
その時になって初めて、さっきの銃声によって狙撃されたのは目の前にいるケントに他ならないという事実をトメも察した。
「そ、そんな…………」
いつの間にか周囲には大勢の人間が集っていた。中にはケントの亡骸を目の当たりに、悲鳴を上げる者さえいる。
「ヘクト!あれ……」
トメがハッと気付いて視線を送った先、後方の上空には巨大な軍のヘリが見えていた。
耳を潰す様なプロペラの轟音と、強風を起こしながらヘリはゆっくりと高度を下げてくる。
「しまった!追っ手に見つかっていたのか。さっきの銃撃は空から………」
周囲を取り囲む人々は当然の事ながら困惑し始める。
軍のマークの入ったヘリが、何か大きな事件を連想させ、平和な都市の住民に不安の種を植え付けているのだ。
「トメ、とりあえずばらばらに人ごみの中に紛れて逃げよう!おそらくヘリの中にはかなりの数の兵が乗ってきてるはずだ」
ヘクトは即座に判断をくだす。
ヘクトがこういうシチュエーションにおいて素早い判断が出せるのは、おそらくもと傭兵のなごりだと思われる。
「何言ってるの!?……ケントの亡骸をこのままここに放って行くつもり?仲間なのよ?」
一方トメは、突然目の当たりにした仲間の死と、敵の襲撃に少々困惑している様子だ。
感情的になっているのもそのせいであろう。
「今ここで俺たちもやられたらおしまいなんだぞ?ケントの死を無駄にしない為にも今は行くしかないんだよ!」
ヘクトの怒声がトメの混乱を断ち切る。
「…………わかったわ。後でひいおじいさんの家でおち合いましょう。南にまっすぐ向かえば着くってケントが言ってたから」
トメもようやく正気を取り戻し、ヘクトの判断に従うことを即断した。
「わかった。捕まるなよ、トメ」
「ヘクトもね」
やがて大勢の野次馬が見守る中、ヘリの中からはおびただしい数の兵が縄梯子で次々と降りてきた。
しかし、それより一足早く、ヘクトとトメは二手に別れて人通りの多い通りに逃げ込んでいた。別々のルートをたどる事にはなるが、二人の目的地は共通。トメの曽祖父の家だ。
すぐに軍は二人を捕らえるため、街中に兵を送り込み徹底調査を開始。
こうして平穏だった横浜センター街の一角は、突如大変な騒動に襲われる事となった。
大きなショッピングビルの裏は薄暗く、細い裏通りがある。
「いたぞ!こっちだ!」
細い通りを五人の軍服を着た兵達が駆け抜けていく。
ある程度の所で立ち止まり、辺りを見回すが、追跡していた人物は見つかる気配がない。
「くそ!見失ったか」
「まだ近くにいるはずだ。探せ」
兵達がどたばたと激しい足音を残し、瞬く間にその場を後にすると、裏通りには元通りの静寂が戻った。
ガサガサガサ。
「ふう」
突如、ビルの裏に積んであったダンボールの束の中から、トメが姿を現した。
「危なかった………。今のうちに通りを抜けよう」
トメは周囲の様子を慎重に観察しつつ、通りを進んでいった。
今、自分の置かれている立場は、かつてなく危険な物だとトメは悟っていた。
魔術師である、アルムやヘクトならまだしも、トメは普通の人間だ。
いくら体術の心得が少しはあるとは言っても、一人で大勢の銃を持った相手と張り合えるわけがない。
この通りを抜ければ街の中心地を抜けるため、次期に曽祖父の家も見えてくるはずだ。
トメは残り短い裏通りを、細心の注意を払って進んで行く。
「…………裏通りはあそこで終わりだわ!」
やがて、薄暗い裏通りの道の終わりと共に、トメの顔に明るい光があたった。
裏通りを抜けると、そこは表側とは別世界。大きな建物は一つも無く、森林が広々と広がる空間に出た。
勿論、兵達の姿もない、一面爽やかな緑が広がるのみだ。
「こんな所に家なんかあるのかな……………」
しばらく辺りを見渡していると、森林の中を少し先に進んだ先に小さな小屋があるのが見える。
「あ、あれ………かな?」
その小屋は丸太を組んで造られている、いかにも森の中にある小屋、といったイメージの建物だった。
祖父が研究のために立てた研究所といった風にはとても見えないが、ケントの話していたおおまかな場所を思い出してみると、あの建物しか考えられなかった。
もたもたしていると追手の兵がきてしまう。考えている暇の無いトメはその建物を目指して進んでいくことを決めた。
『ヘクトはもう来てるかな………?』
トメは小屋に向かって走っている途中、ほんの数分前に分かれたヘクトのことを気にかけていた。
そしてもう一つ。
曽祖父の残した物の事だ。
ついに対面することができる。『影』の設立者でもある曽祖父の残した物に。
それは日本人保護の為の力添えになる物なのか?あるいは自分達へのメッセージ?
ここにくるまでにデルタとドリアーノは捕虜にされ、ケントは命を落とした。
自分の家族を初め多くの純血種の日本人がその命を奪われた。
そして、日本人ばかりでなく、『魔術師』としての辛い運命と共にいつもゴミ扱いされて生きてきたヘクトにも出会った。
多くの犠牲の代償として自分達は何を得る事が出来るのだろうか?
たった一つの『謎の箱』から始まり、ここまで進んでしまったこの舞台に今こそ終止符を打たなければならない。
次第にトメは拳を握り、唇を噛み締めた。
[第四章・第二節] |
[第四章・第四節]