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ヘクトの脳裏にあの悪夢の一日が蘇った。
今目の前にしている光景が、あの日と全く同じだったからである。
メトルルがトメの細い体を切り裂こうとしている、その光景がテスラが魔術師に切られた瞬間とダブって写ったのだ。
「トメー!!」
一テスラー!!一
「死ねえ!」
メトルルは『光の槍』を振りかぶった。
「えっ…………!?」
トメがようやく背後に迫ったメトルルの姿に気付く。
しかし、すでに手遅れだった。
目前に迫った『光の槍』を、トメはかわすことが出来ない。
「やめろー!」
ヘクトは叫びながら飛び出した。
無我夢中だった。
今、目の前で再び『あの悲劇』が繰り返されようとしている。
何としても止めなければ。もう仲間が目の前で死んでいくのは見たくない。
ヘクトの頭の中はそれだけだった。
この時、無意識の中でヘクトの急激な感情の変化が、ヘクトの特殊能力による脚力の活性化を極限まで高めていた。
そして
「うおお」
「ッ!?」
次の瞬間。
それは、『奇跡』と言う他に表現が見つからなかった。
その瞬間『光の槍』がトメの体に触れるよりも早く、ヘクトの拳がメトルルの腹に突き刺さっていたのだ。
「ぐ………」
ほんの一瞬、一瞬だけでヘクトはメトルルとトメの間に入り込み、メトルルに一撃を叩き込んだ。
どう見ても間に合わなかったはずだった。
理論的には説明が付かない現象だがおそらく、感情と共に極限まで高められたヘクトの特殊能力が起こした事だと思われる。
まさしく人が『奇跡』と呼ぶものに他ならないのだろう。
「でいっ!」
ドゴッ!
続け様にヘクトは右腕に全力を込め、メトルルの顔面にぶち込んだ。
「ぐは………」
その衝撃に耐え切れなかったメトルルの体は、浮き上がり、後ろの方へと飛ばされていった。
「はあ……はあ………」
ヘクトは正気に返る。
トメを守ろうと無我夢中でメトルルを攻撃していたため、気が付くと自分でも何をしたのかよくわかっていなかった。
ただ、一瞬で爆発的に能力を高めていたため、かなり体力を消耗していたのは確かだった。
「ヘクト…………?」
目の前の一瞬の光景を頭で理解しきれずに、トメが唖然としている。
「ヘクトが…………」
「メトルルに攻撃を………」
少しだけ離れた位置にいたアルムとドリアーノもトメと動揺、目の前の光景に完全に意識をとられている。
「今の力は………」
ようやく意識がはっきりしたヘクトは、拳に残る確かな感触を確かめた。
間違いなく、今自分は自分の意思とは別に能力を高めていた。
しかし、その手には確かな感触が残っていたのだ。
「き………きさま………」
メトルルはふらふらと起き上がる。
その表情にはさっきまでとは対照的な激しい怒りが込み上げていた。
「予定は変更だ………ヘクト、きさまから殺してやる!」
再度メトルルが『光の槍』を発生させ、ヘクトに襲い掛かる。
しかし
「ドリアーノ、あれ………」
「あっ!」
その時のメトルルの姿を見ていたアルムとドリアーノが気付いた。
「……『光の槍』が……薄れている………」
その様子は、トメの目にも明確に移されていた。
メトルルの右手に発生させられた『光の槍』は、間違いなくその光を失いかけていた。
肉眼で見てもハッキリとわかるほどその実態は薄くなっていたのだ。
メトルル自身その事に気が付いていない様だが、それはヘクトの一撃が、メトルルに確実なダメージを与えたことを示していた。
『効いてるんだ………。もう一度さっきの力が出せれば……奴に勝てる……』
ヘクトはじっと目を閉じた。
心を落ち着けて、数分前まで自分の身にあった感覚を取り戻そうとする。
『さっきは何も考えていなかった………。ただ無我夢中で………。心を落ち着ける。そして全身に宿る俺の能力を両腕だけに集中させる…………』
ヘクトは記憶に残る限りで、思い描いた行動を実践しようとする。
「死ねえええ!」
すでにメトルルはヘクトの目前まで迫っていた。
メトルルの『光の槍』がヘクトの体を斜めに切り裂こうと数十センチの距離まで迫る。
「ヘクト!」
三人の仲間が一斉に叫ぶが、ヘクトの耳には今は何も聞こえなかった。
『今だ!』
そして
「………………」
静寂に包まれる。
まるでその一瞬だけ時間の流れが止まったかの様に。
トメ、アルム、ドリアーノ、その場の誰一人が言葉を発しようとはしなかった。
目の前にちらついていた『光』。それは完全にその姿を消滅させられていた。
一撃の攻撃によって………。
「ぐ……………」
ヘクトの拳はメトルルの体に突き刺さっていた。
「でい」
バキッ!
ヘクトは追い討ちをかけるか様に上段の回し蹴りを放った。
一撃目で完全にガードの余力を失っていたメトルルは蹴りをまともにこめかみに受け、その場に崩れ落ちた。
その一撃がまさにとどめとなったのだ。
静寂に包まれていた地下に、メトルルが崩れ落ちる音が静かに響く。
「やった…………」
アルムとドリアーノは恐る恐る倒れたメトルルを見る。
既にメトルルは動かなかった。
あまりに一瞬の間に事が進んでいたので、うまく認識できなかったが、ヘクト、トメ、アルム、ドリアーノは次第にその状況を把握していく。
そして、徐々に湧き上がる勝利という喜びを噛み締め始めた。
「ヘクト!」
次第にトメの顔に歓喜の表情が現れる。
「ふう………」
ヘクトはがっくりと肩を落とす。
その表情には既に険しさはなく、安心して息をついていた。
そう、闘いは終わった………。
「ヘクト!!」
その瞬間、三人の仲間が満面の笑みでヘクトに駆け寄った。
張り詰めた緊張感と迫る死の恐怖はすでにどこかへ飛び、疲れさえも忘れていた。
その後、四人は海賊船型時代移動装置を目の前に、一箇所に集結した。
「ヘクト………ホントに良くやったよ」
大きな体のドリアーノは笑顔で言う。
「これで時代移動装置が軍の手に渡るのを阻止できた………」
アルムは改めて目の前の海賊船を見上げた。
「ヘクト………」
「ん?」
ふとトメがヘクトの肩を叩く。
「さっきはありがと………。もう少しで私………」
「いや………。もう繰り返したくなかったから………」
「えっ?」
ヘクトはその時トメの顔を見て、改めて思う。
あの時の自分とはもう違うと。
一人取り残された孤独な傭兵時代は暗い過去に過ぎない。今は支えてくれる人がそばにいるから………。
そして、テスラの思い出は再びしまっておこうと………。
「いや、何でもないよ」
ようやくヘクトは笑顔を見せた。
たった一つの『銀の箱』から始まった出逢い。
そして、軍との闘いはこうして幕を下す事になった。
ヘクト達四人はただ静かに、そして安らかな笑顔で見上げる。
目の前にそびえ立つ黒い巨大な船体を。
マストも碇もない奇妙な海賊船………。
『Wacky pirates』の残した、たった一つの遺産を。
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