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それから一年の月日が流れた―。
横浜21区画のとある場所にあるS大学。
天気の良い昼下がり、今日も学生たちの話し声が聞こえる。
一年前の法律改定の日から、目まぐるしく世の中は変わった。
この大学にも様々な人種の学生が入学する様になり、中には純粋血統の日本人の姿も見られる。
「先生!」
一人の女子学生が教員に声をかけた。
「何だい?」
体が大きく、体格の良い教員はにこやかに振り返る。
「この英文がうまく訳せないんですけど………」
「どれどれ、見せてごらん………」
先生は渡されたノートに真剣に目を通すと、すぐに納得してうなずく。
「ああ、この文はね、主語がポイントなんだ。えっとこの場合は、HIDEKI is ……………」
先生は熱心に説明を始める。
説明を聞いている間に女子学生は、次第につまずいていた点を理解しうなずき始める。
「ああ、そうか!わかりました」
学生はノートを閉じ、一礼すると廊下を歩いていった。
「また何かわからなくなったら聞きにきなよ」
「はい、ありがとうございました。ドリアーノ先生」
女子学生に元気よく礼を言われると、スーツ姿のドリアーノは手を振った。
この体格の良い教員の名はドリアーノ。
もともとは天皇家に使えていた研究員の一人で、一年前までは抵抗組織『影』の一員だった。
『影』が解散した後、もともと学問にすぐれていて教員の免許も持っていたドリアーノはS大学の教員に就任した。
ヘクトやトメやアルムともマメに連絡は取り合っているし、平凡だが幸せな日々を送っている。
「よし、今日の講義はここまで」
ドリアーノの一声と同時に、教室中の生徒が一斉に席を立つ。
辺りはもう薄暗く、この日一日の最後の講義が終了した。
やがて教室の中に生徒の姿がなくなると、ドリアーノも荷物を抱えて教室を出た。
「さて、今日はもう帰って試験問題を作らないとな……」
その日の職務はそれで終了だったので、ドリアーノはそのまま右肩にリュックを背負って学校を後にした。
ドリアーノの自宅は学校から電車に一時間ほど乗って、十五分ほど歩く。
少し遠めではあるが、今の世の中職に就けただけでもありがたいと思っている。
やがて、ドリアーノは自宅のマンションに着いた。
いつもの様に見慣れたドアを開き、玄関をくぐる。
「ただいま」
「おかえりなさい」
奥の方からエプロン姿の美しい女性が出迎えた。
ドリアーノは半年前に結婚し、妻と二人で暮らしているのだ。
妻の名はシャンティ。一年前、抵抗組織『影』の後援者の一員だった彼女はドリアーノとは、集会を通して出会いすぐに結婚を決意したという。
「御飯の用意できてるよ」
「ああ」
テーブルの上には妻の手料理と、今さっき置かれた缶ビールがある。
ドリアーノは「ふう」、と疲労感を漂わせるようなため息をつくと椅子に腰掛けた。
「あ!」
ふと、ドリアーノが何かに気付き声を上げた。
「シャンティ、今日って何日だっけ?」
「十一月二十三日だけど。どうかしたの?」
その日にちを聞くと、ドリアーノは慌ててテーブルの上のリモコンを取り、テレビをつける。
「確か今日だったはずだけど………あいつらうまくやってのるかな………」
テレビからニュース速報の声が聞こえてきた。
『本日午後、政府特設研究所から世界初の海賊船型の時代移動装置が盗まれました。この装置は、ある科学者が開発した物を、政府が研究の為に回収した物でしたが、未だ行方はわかっていません。犯人は研究所に忍び込み、研究員を全員気絶させた上で犯行を行ったと思われます………』
この時間、どのチャンネルもこのニュースで持ち切りだった。
突然耳に入ってきたニュースに、シャンティは思わずテレビの方を向く。
「ふーん。大ニュースね。最近話題になってるタイムマシンが盗まれたなんて………」
ドリアーノはそのニュースを聞いて微笑を浮かべていた。
「うまくやったみたいだな………」
「あら、あなた犯人に心当たりでもあるの?」
ドリアーノは微笑んだまま妻の方を見て答える。
「さあ……海賊船なんだから海賊のしわざなんじゃないかな?」
「はあ?」
シャンティは夫が何を言ってるのかよくわからなかった。
シャンティの不思議そうな反応を気にもせず、ドリアーノは何やら嬉しそうな顔をしていた。
「……『Wacky Pirates』………奇妙な海賊達………か」
ドリアーノはテーブルの上の缶ビールを持つと、テレビに向けてそれを掲げた。
まるで、誰かと乾杯をしているかの様に………。
「なんだかよくわからないけど、嬉しそうね」
シャンティは夫の顔を見ていて何となくだが深く詮索しない事にした。
「まあね」
ドリアーノは持っていたビールをぐいっと飲む。
航海に出る海賊達の事を思いながら、祝福の意を込めて………。
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