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がこん。
ぽっかり黒い口を開けたゴミ箱に逃走劇の最中にお陀仏になった代物をぶち込むと、武志はとりあえず辺りを見回した。
昼休み終了二分前。
二棟入り口の辺りは既に人影がまばらで、二棟四階の特別教室へ用のある生徒が時々数人かたまって階段を登っていくのが見えた。
「……」
外をそよぐ風は心地よく、青々と茂る銀杏の葉を抜ける木漏れ日はやさしい。
思わず、銀杏前の長椅子の前にどっかりと腰を下ろしてしまった。
さて、どうしようか。
欠伸交じりにも、次のことを考えなければいけないのが嫌だ。
あの保健医・坂巻麻里が職務を放棄して見回りなんぞをするようになってから、昼休み以降校内ではサボりだというのに休まる暇がないという変な日々が続いている。
さっきもあの坂巻をかわすのにどれだけの労力を費やしたか知れない。
それに、武志は午後サボりツインズの一角ではあるが、別段サボっている間何をしているというわけでもない。雑談をしようにも、今頃達矢は保健室で可哀想な子羊役を坂巻同伴で演じている。
ということで、必然的にやることは決まった。
………やっぱり眠いから寝よう。
そう決めると、ますます眠気が増してきた。なんだか、まぶたが重い。
それにしても、どこで眠ればいいだろう。下手なトコロでは人に見つかる可能性が高い。空き時間の受験生を装って図書室で寝るというのも手だが、勉強道具なしで受験生を装うのは無理だ。
となると……。
武志は上を見上げた。
そびえる、クリーム色の校舎肌。初めの半年くらいは白だったんだろうが、もう十数年も風雨にさらされている校舎はもうボロボロだ。
チャイムが、鳴る。
澄んだ午後の校舎へ、響く。
遠く続いた余韻まで聞き終えて、武志は欠伸を噛み潰しながら、階段を登り始めた。
「よしよし」
四階まで登ったところで、武志は階段と廊下に改めて誰もいないのを確認した。わざと、特別教室入りの生徒を装うためにゆっくりと一段ずつ階段を登っていったから気付かれずにすんだ。
まだ、ざわめきのようなかすかな音が喧騒の残滓のように、廊下の向こう側、教室のドアの向こう側から聞こえてくる。
あの喧騒も、後数分で授業という名の暗黙の了解によって消えてしまうのだ。
「………」
そのまま手すりを握って、「最上階」の四階からさらに上へと続く階段を見上げる。
武志はしばらくその場に突っ立っていたが、先生に見つかるとまずいことに気づいて、さっさとほこりまみれの屋上への階段を登り始めた。
屋上は、もうずっと前から封印されている。
理由は知らないが、とりあえず扉が開かないことになっているのだ。今では合鍵すらあるのかどうか疑わしい。
そうして、屋上は概念として学校からは「ない」ことになっている。
坂巻だって、概念から外れた場所をおいそれと探しには来ないのだ。
そのときだった。
ばさんっ。
「ッ!」
階下から響いた音に、武志は身をこわばらせて構えた。まだ階段を登り終える前だったので、その場でしゃがんで、ばれないようにできるだけ身をかがめる
別に構えたからって、自分のしていることが分からなくなるわけでもなかったのだが、反射的に取ってしまった。
「…………」
音を立てないように踊り場まで登って、階下を覗くと、プリントを床にぶちまけた女子生徒が見えた。その前には、あきれた顔の男子も見える。
「ったく、無理すんな。ほら、残ってんのよこせって」
「だってさ……アンタ嫌そうな顔すんだもん」
「次の授業が嫌なんだよ。別にお前の顔見るのが嫌なわけじゃネエって」
そんなやり取りを耳にしながら、武志は階段の手すりにもたれて胸を撫で下ろした。
つきそうになった溜息さえ、軽い息にして残りを飲み込む。
こんなつまらないところでばれたら、一巻の終わりだ。
「……」
……少し、静かにしていよう。
武志はそう決めると、そのまま踊り場の階上寄りの階段の壁にもたれかかった。
こんなところ、自分の役職を放棄して武志の跡を付回す一名を除いて誰も来ないとわかってはいても、やっぱり注意してしまう。
「……フン」
ちっちぇ、俺。
頭を掻きながら踊り場の窓から見上げる空は今日も青。
綺麗なほど、だけど、くだらないほどの、青。
ばさんっ。
どこかで聞いた音がした。
「……」
もう一度、注意深く身を乗り出すように階下を伺う。
「……?」
何もない。
プリントを落とした女子もいなければ、それを待つ男子生徒もいない。
……なんなんだ?
下じゃない……?
ようやく気づいて、上を見上げた。
『あ………』
自然とこぼれた声と視線が重なって、武志は扉の錠前の下に何かいるのに気がついた。