著者:雨守&蓮夜崎凪音(にゃぎー)
「 第一章 」





 −1−

 午後一時。
 幸一はN大学の二棟の裏のテニスコートの隅に一人座り込んでいた。
 いつもはテニスサークルのメンバー達がボールを打ち合う音が響き渡っているこのコートだが、さすがに昼時は人気が無く静まり返っていた。
 幸一は小さい頃からテニスが好きで、現在は大学のテニスサークルに所属している。
 その為かどうやらこの場所が落ち着くらしく、これといって用事のない時でも暇さえあればここへ来ていた。
 とは言っても今この時間は決して「暇な時間」ではない。
 この大学の昼休みは一時まで。つまりたった今三限目の授業が始まったのところなので本来ならばこの時間、幸一は講義棟内の教室にいなくてはならないはずなのだ。
 もっとも既に三限目の授業に出る気など幸一には微塵もない。
 サボり癖はいつもの事と言ってしまえばそれまでだが、今日は特に講義よりももっと気になる事が他にあるのだ。
 昨日送られてきた謎のメールの内容…その事について、幸一は朝からずっと考え続けてていた。
「ばきゅーん!」
 突然、幸一のすぐ横からかん高い声が聞こえた。
 その声に驚いて幸一が振り返ると、そこには右手で銃を撃つマネをしている一人の女がいた。幸一は考え事にのめり込み過ぎて、彼女が接近していた事に気付いていなかった様だ。
「何の用だよ、早紀」
 いかにもウンザリしている様な怪訝な声で、幸一は女に言う。
「ほらぁ、撃たれたんだから倒れなきゃあ」
 妙に明るい女、早紀は大声で喋りながら幸一の方に接近してきた。
 早紀は幸一と一緒でN大学の電気科二年、さらに同じテニスサークルにも所属している。
「用がそれだけなら消えてくれ。こっちは考え事してるんだ」
 幸一は思い切り冷たく突き放す。普段の幸一はこれほど冷たい人間ではないのだが、この女が何を言われてもめげない、という事を知っているからこそこんな対応をしているのだ。
「あれれー、もしかして恋のお悩みかな?だったらお姉さん相談に乗っちゃうぞ?」
 幸一の反応を無視するかのごとく、早紀はマイペースで突っ込む。
「…ぶっとばすよ?」
 幸一はぼそっと小声で言うと、激しく殺気を漂わせながら指を鳴らした。
「じょ…冗談だよ〜冗談。何一人で考え込んでるのさー?」
「お前には関係ない事」
 一瞬にして素に戻った早紀を、幸一は再度冷たく突き放す。
「何よぉ。三限をサボるにはよっぽどの理由があるんだろうと思ってせっかく心配してあげてんのにー」
 早紀は突然スイッチを切り替えたように急に怒り出した。
 つくづくわけのわからない女である。
「いやいやいや。お前もサボりだろうがっ!」
 幸一はすかさず突っ込みを入れる。
 ここまでくると完成された漫才である。
「あ…そういえば…」
幸一はふと気付いて腕時計に目をやる。
『1時10分』
 考え事をしたりこの馬鹿女にかまったりしている内に、気付いたら昨日のメールで予告された時刻になっていた。

『明日の午後一時十分、もっと素敵なプレゼントを届けよう。RYUKO君』

メールでは午後一時十分に、「もっと素敵なプレゼント」が届く…という事らしいのだが…。
 幸一は辺りをキョロキョロと見渡し、特に変わった事が無いのを確認する。
「何も届かない…よな」
 辺りは相変わらず静まり返ったままである。
 その瞬間、幸一は内心安心しつつもやはりあれはただの悪戯に過ぎなかった、と自分に言い聞かせた。
「幸一?一体どうしたの?」
 どうもさっきから行動が不審である幸一に、早紀は心配した様に声をかける。
「いや、何でもない。さぁ、寒くなってきたから食堂にでも場所を変えるかな」
 幸一は安心して気分が楽になると、立ち上がって思い切り体を伸ばす。
「食堂か。しょーがない、早紀ちゃんも付き合ってやるかー」
「頼んでねぇよ」
 相変わらずテンポの良い漫才は健在のまま、二人はテニスコートを後にしようと歩き出した。
 しかし―
そのすぐ後、早紀が何気なく空を見上げた瞬間に事は起こった…。
「…っ!?幸一っ!!」
 突然早紀は前置きも無く思いきり前にジャンプし、そのまま幸一の背中に飛び込んだ。
「わわっ!?」
 当然のごとく幸一は驚いてバランスを崩す。そのまま、早紀は自分の体重にまかせて幸一を前に押し倒した。
 ダンっ。
 二人は勢いよく転んだ。
「いてて…。早紀、何す…」

ガラガラガシャンッ!!!

「えっ!?」
 その瞬間、幸一の目に信じ難い光景が飛び込んできた。
 さっきまで幸一が立っていた場所に何かとても大きな物が落下してきて、激しい物音を発し地面に叩きつけられた。
よく目を凝らして見てみると、落下してきたのはテニスサークルの備品である大きな金属のラケットカゴ…。テニスラケットが二十本以上も入った大きな金属のカゴが物凄い音と共に落下してきたのだ。
「あ…」
一辺が80cmほどもある立方体型の大きな金属のカゴは、それだけでもかなりの重量を持つ。そこにラケットが二十本以上とくれば、その重さは相当な物になっているのは考えるまでもない。
 もし幸一があのままのんびり歩いていたら、丁度あのラケットカゴが頭上に落下してきて…、良くて重傷、もし当たり所が悪ければ…。
「早紀…」
 幸一はその光景を目前にして、自分を押し倒した早紀の行動が自分を助けるために故意に行われたものだとようやく理解した。
「イテテー…」
 早紀は転んだ際に少し膝を擦りむいた様だが、もしも早紀が飛び込んでいなかったらという事を考慮に入れれば何でもない怪我である。
それに、この女がちょっと転んだくらいでどうこう言う様なやつでは無いことも既に実証済みだ。とりあえず心配はいらないだろう。
「誰かが二棟の二階からこのラケットカゴを落としたのか…。一体誰が…。ん?」
 ラケットカゴが落とされた二階のベランダを眺めていた幸一は、ふとある事に気が付いた。
 自分の着ている上着のポケットの中で、何かが振動しているのを感じたのだ。
「メール…?」
 幸一はとっさに上着のポケットに右手を突っ込み、振動していた携帯電話を取り出した。
 振動はすぐ止んだので、おそらく電話が着たのではなくメールを受信したのだろうと察しが付いていたので、幸一は迷わず携帯の受信ボックスを開く。
 そして…
「ん?」
 受信ボックスの一番上の欄に入っている今届けられたばかりのメールを見てみる。
 すると、その送り主のアドレスは幸一の見覚えの無いものだった。
「…」
 ふと、嫌な予感が幸一の胸を過ぎる。
「見覚えの無いアドレスから届いたメール」…。確か、極最近これととても似たような事が3度程あったはずだ。
 そう思いたった瞬間、突然幸一はいても立ってもいられない気持ちになり、急いでそのメールを開いて内容を確認する。
 すると…。

『これはまだ始まりに過ぎない…』

たった一文…。それだけの文章が書かれていた。
「…、くそっ!どこのどいつだ!」
 メールを見た瞬間幸一は怒鳴るように言う。
 このメールの内容からして、昨夜幸一の自宅のパソコンのデータを破壊した人物と同一と考えてまず間違いないだろう。
「幸一…?」
 まだ地面に座り込んだままの早紀は突然携帯をだして怒鳴り出した幸一を見て、一体何が起きているのかわけもわからずにいる。
 気のせいか、外の空気はつい十分前よりも冷たくなっている様だった。

しかし、それ以上に冷たい何かがゆっくりと背中を撫でる様に通り過ぎていくのを幸一は感じていた。






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