クランベリープリンセス
著者:創作集団NoNames



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 少し拍子抜けしつつも、改はドアを開く。
 改が入るのは初めてだったが、中はごく普通の病室だった。
 目に入る物は基本的に白。例外はミル自身と部屋の隅にある観葉植物だけだ。
「あ、改さん!気がついたんですか」
 目が合うなり元気な声が飛んできた。
 ミルはベッドの上に座って、何かを両手で握り締めていた。
「ああ。お前も無事みたいだな」
「はい!」
 あのバスの時とおなじく、正直鬱陶しいくらいに元気な返事だった。
「で、ミルちゃん。どうだった?」
 改を蹴飛ばすようにドアの前からどかし、香澄が声をかけた。
「やっぱり駄目です。全然光りません」
 そういって何故かミルはうなだれた。
 とりあえず、改もこの蚊帳の中にはいる事にした。
「何の話をしてんだ?」
 まともな解説が出来そうな香澄の方に聞いてみた。
 香澄の顔が急に真剣なものに変わる
「コレのことよ」
 ミルが持っていたものを受け取って改に見せる。
 その手にあるのは薄紫色の宝石。
「クランベリープリンセス?」
 少し声が裏返ってしまったが、香澄はそんなこと気にせず頷いた。
「さっきも少し話したけどね。夕べ、あんたの治療をしてた時のことよ」
 話が長くなりそうなので、近くの椅子に腰掛けた。
 香澄の方もベッドに座る。
 咳払いを一度してから、香澄は口を開いた。
 所々ミルが口をはさむので、時間はかかったが詳しく理解できそうだった。
 まず昨夜遅く、仕事の帰りで砂浜の近くを通りがかった香澄に、目を覚ましたミルが助けを求めた。
 その時のミルはびしょ濡れの上に、あちこち擦り傷が出来ていたらしい。
 らしい、というのはその証拠がないからである。
 ミルに手を引かれて歩いていくと、「水死体みたい」な改が倒れていた。
 改のほうはかなり危ない状態だったので、近くの民家を借りて治療を施したのだと言う。
 しかし、左腕の骨折によるショック症状と全身打撲、それらによる内出血ですぐに処置しても無理かもしれないと思ったらしい。
 脈拍が止まり、もうダメだ。そう香澄が言うのを聞いて、ミルが泣き出したとき、改の服にしまったあったクランベリープリンセスが突然光だしたとのこと。
「これが光った?」
 そこまで聞いて改が口をはさんだ。
 香澄から受け取った紫色に輝くそれを見て、改はこの宝石を盗んだ日の事を思い出した。
 あの夜もクランベリープリンセスは光を発し、信じられないような現象を起こしたのだ。
 しかし、バスの中ではこの宝石は何の力も発揮しなかった。
(何か条件でもあるのかな)
「話を続けるわよ」
 改が黙って頷くと、香澄はその続きを語り始めた。
 その光は改とミルの二人を包み込み、一分ほどそれが続いたと思ったら何の前触れもなくいきなり消えてしまった。
 その後で調べてみると、ミルの怪我が消え、改の体も命の危険がない程度にまで回復していたので、この診療所にミルと一緒に運び込んだ。
 そして、ちゃんと検査しても異常がなかったので、ミルを病室で寝かせて自分も休んだらしい。
 その翌朝、つまり今朝にミルから事情を詳しく聞き、昼になったので馬の応援をすることにした。
 すべて話し終えて、香澄とミルは一息吐いた。
「おつかれさん。そういうことだったのか」
 やっと自分達が助かった理由と、左腕についての疑問がはっきりしたので、改は話を聞くのに疲れはしたが気分はスッキリした。
 香澄の方も話し疲れたようで、立ち上がって首を軽く鳴らしていた。
 会話がやみ、一瞬静かになったと思ったらクゥ〜、と小さな音が改の耳に飛び込んだ。
 音のした方を見ると顔を真っ赤にしたミルがうつむいていた。
「あははは。そういえばもう昼過ぎだったね。何か作るからちょっと待ってて」
 そういって香澄は部屋から出て行った。
 改もちょうど空腹だったので、期待を込めたまなざしで香澄を見送った。
 何かを作る、とのことなので少しは時間がかかると思い、改は見ると話をする事にした。
「何はともあれ、お互い助かってよかったな」
「ほんと、よかったですよ」
 その言葉にミルも嬉しそうに同意した。
「しっかし、あのシフォなんとかってチビのせいでひどい目にあったな。しかも、人の名前を思いっきり間違えやがって。失礼な」
 改も名前を覚えてないようなので、あまり変わらないのではないか、とミルは思ったが言うと怒りそうなので黙っておく事にした。
「まあまあ。あ、そういえば、香澄さんってどんなひとなんですか?改さんとしりあいだったみたいですが」
 改はむりやり話題を変えられて少し不機嫌そうな顔をしたが、この話題を続けるともっと機嫌が悪くなりそうなので仕方がない。
「あいつから何も聞いてないのか?」
「夕べはそんな暇ありませんでしたし、今朝は香澄さんは用事があったようなので」
 用事とは考えるまでもなく競馬の事だろう。
 改は少し考えてから、天井を見ながら話し始めた。
「香澄は・・・まあ、見てのとおり医者だ。頭に「まともな」って言葉は付けられないけどな」
 ミルはコクコクと頷いている。
「金さえ払えば俺みたいな、つまり裏の人間の怪我だって見てくれるんだよ。もちろんそう言う連中には馬鹿みたいに高額な料金請求するけどな。俺も何度か世話になった事があるんだ」
 改は以前、しくじって肩を撃たれた時にここの世話になっている。
 費用はかかるが、腕は確かな上に信用も出来るので、それ以来たまに怪我をしたときなどはここを利用していた。
 香澄からしても改は格好の金づるなので、利害が一応は一致しているのだ。
「確か苗字は・・・高梨、だったかな。年は俺と同じ。まあ、こんなものかな」
 言い終わってミルに視線を向けると、びっくりしたような顔をしていて、口元に手を当てていた。
「香澄さんって、落ち着いた人だからもっと年上かと思ってた。改さんと同じなんだ」
 裏を返せば改は年のわりには子供っぽい、という意味にもなる。
 ミルには他意はないが、改には少しひっかかる。
「あれは落ち着いてるっていうより、枯れてんじゃないのか?いつも犯罪者と、近所のじいさんばあさんやガキンチョとしか会わないからな。もうオバサンみたいになってんだろ」
 この診療所は一般患者にも診察をしているが、香澄が若く、それも女性なのであまり若い人には信頼されていないのだ。
「ほっほう。それはそれは、貴重なご意見ありがとう」
 後ろから改が今一番聞きたくない、聞こえてはいけない声が聞こえてきた。
 いつのまにか開いていたドアに寄りかかるようにして、香澄は腕を組んだまま改を睨みつけていた。
「実に参考になるお話を聞かせてもらっちゃった。ぜひ、お礼をしなくちゃね」
 そう言って改を睨みつけてから、やさしい顔に戻してミルへと向き直る。
「さ、お昼にしましょ。先に二階にいっててくれる?」
 その表情こそ優しいものだが、声には有無を言わさない迫力があった。
 ミルはすぐにベッドから降りて部屋を飛び出していく。
 そして、病室には二人が残された。
 香澄の顔からは一切の感情が消えていた。改を睨みつけるわけでもなく、ただ見ているだけ。
 それが改には逆に恐かった。
 一分ほどでその状態は終わったが、追い詰められた改には軽く一時間は経過したかのように感じられた。
(神様・・・俺、もうダメです)
 普段は信じていない神に祈りをささげた時、願いが叶ったのか香澄は振り返り部屋を出て行った。
 残された改はその事を神に感謝し、自分も二階へと向かった。




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