クランベリープリンセス
著者:創作集団NoNames



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 (神様、またピンチです)
 二階に上がると、そこはごく普通の家のようだった。
 一階は診療所に使い、二階は生活用と分けているらしい。
 そして、今改がいるのはリビングに当たる部分。目の前のテーブルの上にはカレーが三皿乗っている。
「では、いただきます」
「いただきま〜す」
 香澄とミルがその言葉を合図に食事を開始した。
 二人はそのカレーをおいしそうに食べている。
 すこし色の薄い、どちらかと言えば黄色に近い色をしているが、香辛料をふんだんに使ったカレーで、改も以前食べたがとても美味かったと記憶している。
しかし、改の手は止まったまま動こうとしない。
 なぜなら、彼の前にあるのはレッドカレーだったのだ。
 それだけならまだいい。改は別に辛いものが嫌いではないから。
 しかし、そのカレー皿のとなりに空になったタバスコのビンが二つもあったら話は別だ。
(神様、これは本当にカレーなんでしょうか)
 ただ前に座っているだけで涙が出てくる。鼻の奥もなんだか痛くなってきていた。
「改。私の作った物、残したりなんかしないわよね」
 死刑宣告をされてしまった。
 改は空腹だった事もあり、ついに覚悟を決めた。
「食ってやろうじゃねえか!」
 ヤケになって一気に口の中へかきこみ、水といっしょに飲み干す。
 そして、苦悶。
 胃が焼けるように熱い。喉もよくわからない痒みに襲われている。
 急いで水を何杯も飲み、やっと正常になってきた。
「か、香澄。テメェ・・・」
 喋るだけで喉が痛いがそれだけは言っておいた。
 さすがに心配になったのかミルが改と香澄を見比べていた。
 しかし、その香澄は涼しい顔で言ってのけた。
「なんかあったら治してあげるから、べつに大丈夫でしょ」
 そして、そのまま食事を続けた。
 十分後、ミルが食事を終え、それより少し前に食べ終わっていた香澄と片付けを始めた。
 ちなみに、改はソファーに座ってグッタリとしていた。
 ミルたちのほうから会話が聞こえてきたが、改はまだとてもじゃないが喋る気になれないので会話には参加しないで黙っている。
 しばらくすると、片付けを終えた二人がやってきて、改の向い側のソファーに並んで座った。
「さて、二人はすぐにハコネに向かうの?」
 何の前置きもなく香澄は話を切り出した。
 確かに、これからの事を考えなければいけないだろう。
「そうだな。ただでさえ時間を無駄にしたからな、急いだ方がいいかもしれない」
 シフォリネイテ達には丸一日遅れをとってしまっているのだ。
「行ってもまたやられるんじゃない?ただでさえ体が本調子じゃないんだし」
 それは紛れもない事実だが、改もあれだけやられて黙っているつもりはない。
 不安材料は山ほどあるが、相手の手の内もわかっているのだ。一方的にやられはしない。
そう改は判断している。
 ここで改は、何故かニヤニヤとしている香澄に気づいた。
「? 何か言いたそうだな」
「ふっふっふ。いや、あんたも大変だなぁって思ってね。そこで・・・」
 いったん区切ってから、もったいぶるように香澄は言った。
「私も一緒にハコネに行ってあげようと思ってね」
 その提案に改よりも先にミルが反応する。
「ダ、ダメですよ!危険すぎます」
 しかし、香澄はいつものように平然と言い放つ。
「大丈夫。少なくとも今の改よりかは役に立つから」
 実際、仕事柄もあって香澄は常人に比べれば強い部類に入る。
 しかも、彼女には腕力のほかにもうひとつ武器がある。
「こーゆーのも持ってるからね。なんとかなるよ」
 そう言って自分の右手に嵌めてある腕輪をミルに見せる。
 それは改が付けていたものと同じタイプのものだった。
 何しろ、この腕輪に使われている催眠ガスは彼女が作ったものなのだ。
「一体どういう風の吹き回しだ?お前がこんなことに首を突っ込むなんて」
 改の知っているかぎり、香澄は仕事以外でわざわざ面倒ごとに関わろうとはしないはずだ。
「このままほっとく事なんてなんて出来ないわよ。別にいいでしょ?」
 香澄の提案は渡りに船だが、どこかうさんくさい。
 しかし、そんな事を気にしていられるほど改たちに余裕があるわけでもない。
 一度は何とか生き延びたが、次があるとは限らないのだ。
「改さん。どうしましょう」
 ミルは本当に困っているようで、改に聞いてくる。
「・・・仕方ないか。ただし、無理はするなよ」
 その答えに香澄は目を輝かせる。
「オッケー。それじゃあ、早速準備して出発しましょう。ミルちゃんはさっきの部屋で着替えてきて。改、アンタの代わりの服と持ち物は隣にあるから、さっさと用意して」
『はいっ』
 いきなり仕切りだした香澄の迫力に、二人はまったく同じ返事を返した。
 改は香澄に言われたとおり、隣の部屋に入った。
 中は以外にも和室だった。リビングからはごく普通に見えたドアがここではやや奇妙に見える。
 改の服はその部屋の隅に置いてあった。一応きれいにたたまれている。
 早速いつもの黒ずくめではなく、代わりに用意されたものに着替える。
 昨日着ていたものはボロボロになって捨てられてしまったようだ。
 電子装備もあらかた使用不能になっていて、残っているのはイルティンドルツに使った物の予備一本と、小型のナイフ数本程度。それにあの腕輪だけだった。
「ま、これでもないよりマシか」
 適当な場所に道具をしまい、クランベリープリンセスは懐に入れて部屋を出た。
 リビングにはすでに準備万端、といった感じの香澄が一人でお茶を飲んでいた。
「ずいぶん早いな」
 改も先程のソファーに腰をおろした。
「ところで、さっき言ってたついてくる理由。あれは嘘だろ?」
 気になるので聞いてみた。やはり香澄はこんな事をしそうにない。
 もしするとすれば、そこに金がからむ時だけなのである。
「あら、やっぱバレてる?」
 改の予想通りだった。
「だって魔女でしょ。それを助けたとなればすっごいお礼とかもらえそうじゃない。もちろん、あのままミルちゃんをほっとけない、ってのもあるけど」
 やはり香澄は香澄だった。
 しかも、改はほっといても気にならないらしい。
「あ、そうそう。アンタのギブス代と麻酔代は後でもらうわよ」
 改はその答えを聞いて思いっきりため息をついた。
「まあ、そのほうがお前らしいか」
 下手に偽善者のような理由を言われるよりは、こちらの方が信用できる。
「そういえば、あんたらを怪我させたやつらって、なんで居場所がわかったんだろう?」
 香澄が思い出したかのように尋ねてきた。
「あっ」
 確かにそうだ、シフォリネイテ達は自分達の現在地を完全に把握していた。
 何か特別な方法があるのだろうか。
「そういえばそうだな」
 気になる事だが、考えてもわからなかったので結局この話はすぐに打ち切られた。
 話が途切れてしまったので、香澄が別の話を振ってきた。
「そうだ、念のためもう一本麻酔を打っとこうか」
 改は特に痛みを感じていないが、医者が言うのだから従っておいたほうがいいかもしれない。
 即効性がある分、効き目が切れるのも早いのだろう。
「明日になればクスリ無しでも大丈夫なくらいに回復するだろうから、今日は我慢なさい」
 と言って改の腕に注射をする。
「改さん、香澄さん。お待たせしました」
 階段をバタバタと昇ってくる音が聞こえる。
 息を切らせながら、ミルがリビングへと入ってきた。
 ミルが着ているのは昨日とは違い、薄い肌色のブラウスに黒のロングスカートというごく普通のものだった。
「さて、それじゃそろそろ行くか」
 改が二人に声をかけ、二人はそれに頷いて賛成の意思を返す。
 三人が階段を下りている途中、外から大きな声が聞こえた。
 拡声器のようなものを使っているらしく、その音の大きさは振動を感じるほどだ。
「出て来い、黒桜!盗んでいったものを返してもらおう!」
 その声は紛れもなく、ヒガシ美術館の館長のものだった。




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