「My Owner is Excellent!!」
著者:創作集団NoNames



    第一章

   −1−

「おーい、カシスー」
長身の青年は人ごみの中、少女の後姿を見つけ名前を呼んだ。
 カシスと呼ばれた少女、髪を三つ編みにした長いブロンドの髪が印象的だった。
「カンパリーこっちこっち!」
 少女は声のした方へ振り向いて青年の名を叫んだ。青年は人ごみの中でもすぐに見分けができるだけの身長を持っているが、体格はやや細くあまり頼りがいはなさそうだった。
 カンパリは人ごみをよけながらカシスの元へと向かう。
 カシスも人ごみに呑まれまいと自分がどこにいるか示すように高らかに手を振っていた。
「ひゃ〜、すごいな今日は何かあったっけ?」
 カンパリはカシスの側までたどり着くなり愚痴る。
「何言ってんのよ? 今日は広場で年に一度の豊穣祭の日だって言ってたのはカンパリでしょ?」
 カシスはカンパリのおかしな言動に素早くつっこむ。
「そうだっけ?」
 カンパリは未だにしらを切った。
「そう、しかもそのお祭りに私を誘ったのもあんたでしょう」
 ドスッとカンパリの腹部に軽いボディブローが入る。もっとも身長差のせいで本来のコースなら頭に入るようなフォームで放たれたパンチなのだが…
「おう!冗談だよ、そんなに笑顔で怒るなって、皺になるぞ」
 カンパリは大して痛くもない腹をさすりながら言う。
「まったく…それより早く行きましょう」
 カシスはカンパリの手を強引にとって、人ごみの進む流れに乗って足早に前へと進む。
「別に……急がなくてもすぐには終わらないよ」
 カンパリは引っ張られるがままに付いていきながら困ったようにしゃべるが、正直嬉しくもあった。
 暫くして、広場まで人ごみを潜り抜けたどり着いた。もっとも、カンパリに関しては人を掻き分けながらというのが正しい表現だろうか。
 広場の踊り場では楽団が華やかに曲を奏で、その周囲に大道芸人等がそれぞれの芸をこれ見よがしに披露していた。
 大きな球に乗り短剣を使ってジャグリングしている者。
 ブリッジして腹の上に石の塊を乗せ、相方にハンマーでそれを叩き割らせている者。
 獣を使役して芸をさせている者…
 そんなさまざまな芸にカシスは目を取られていたが、やがてある芸人に辺りの者を含めて注目するようになっていた。
 その者は前に現れると暫くの間ただ立っているだけだった。それがまた人々の期待を膨らませた。
 その者は男だろうか、それとも女なのか。どうも中性的な容姿をしていた。
 やがてすっと、右手を肩ほどまで上げ、手のひらを天に向けてまた暫く止まった。その者の目線は手のひらに集中しているようだった。見ている人々もその手のひらに集中しているためか辺りは不思議と静かになっていた。その静寂は次の瞬間に破られた。
 バンッ!爆発音が発生すると同時にその者の手のひらから真っ赤な炎が天に向かって燃えていた。
 そしてそれを目の当たりにした人々は歓声と一緒に拍手を送っていた。
 手のひらには何も存在しなかった。それは誰もが見ていた事実だった。
 火を生み出した者は左手で自分の耳をつまみひねる動作をして見せる。それに合わせるように炎の量が増減した。その動作を自分で行っている自分自身が驚いているような表情を見せる。どうやらここから道化師として本格的に芸を披露する気らしい。
「見た!? あの人どうやって手のひらから火が出せたのかな?」
 カシスは童心に返るようにカンパリの袖をつかみながら道化師を指差して問う。
「不思議だねー多分手品なんだけど、まるで神力みたいだね」
「シンリョク? なにそれ?」
 カシスは聞き覚えのない単語を聞いて道化師からカンパリへと視線を戻す。
「神の力って書いて神力。ようは超能力みたいなものだよ。世の中には神様に特別な祝福を受けて生まれてきた人に備わる特殊な力らしいよ」
「そんなの初めて聞いたよ。なんでそんなこと知ってるの?」
 カシスは不思議そうに聞く。
「学校じゃ教わらないからな、俺はちょっとした遊び心で調べたんだよ。もう少しこれについて教えてあげようか?」
 カンパリは学校の勉強は苦も無くこなし、すきあらばいろんなことを独学で調べている。ちょっと変わり者だ。
「いや、長くなりそうだから遠慮しとくよ」
 カシスは即答で返事を返した。過去に似たような経験から、話を聞いて後悔したことカシスは覚えていた。
「…しょうがないな、詳しくは次の機会にとっておくよ」
 カンパリは残念そうな顔をするが、二人は再び大道芸人の見世物に目をやった。
 暫くして新しくスーツを着た男がなにやらマイクを持って司会のようなことを始めた。
『えー、皆様今日は豊穣祭にお呼びいただき、誠にありがとうございます。私この一座の団長を勤めさせていただいている。グラッパと申します…』  背の低い小太りの中年親父。見るからにこの一座を自分の肥やしにしているのが分かる。
「気に入らないオヤジだな」
 カンパリがボソリと呟く。
「?」
『…本日は、皆々様にご満足いただけるよう最高の芸の数々を用意してまいりました。どうぞこの世の至高の技の数々をご覧あれ』  そう言うと、男は再び奥へと姿を消した。
「あーいうやつが何もしないで楽してんだよなー」
 やはりカンパリが愚痴る。
「別に偉いんだからいいんじゃないの?」
 カシスがカンパリの異常な愚痴りように疑問を抱く。
「…そうなんだけどさ、ちょっとね…」
 カンパリは急に落ち込んだように暗くなる。
「…ほらほら、そんな暗くならないで。ほら! 誰か出てきたよ」
「ああ…」
 二人は暫くこうして見たことのない不思議な芸や信じられない技に魅入られていた。
 そして日が沈もうとしていた。
『さて、もう暗くなってまいりました。次がいよいよ本日最後となります。注目はこの青年!神の寵愛を受けて生まれた神童ぺルノー。彼の常人には計り知れない能力を堪能あれ!』  小太りの男が引っ込むのとすれ違いに先ほどの中性的な道化師が姿を現した。そして大雨のような盛大な拍手に囲まれた。先ほどの技にすでに魅入られていた人が多いことを物語っていた。
「さっきの人だね。本物だったんだ?」
 カシスは驚きカンパリの返答を待つ。
「どうだろう。本物なら普通こんな芸人なんてしてないと思うんだけどな…」
 カンパリは疑問にそうに言う。
「…そもそも神に特別な祝福を受けた人ってのは元々その力を使って人々のメシアになることを義務付けられていると言っても良いんだ。
それなのに…」
「そんなに変なことなの? これでも皆を楽しませているから立派に指名を果たしているんじゃない?」
 カシスはぺルノーの神力を食い入るように見ていた。
『おおー!』  ペルノーの神力に一同が驚嘆の声をあげる。
それを聞いてよそ見をしていたカンパリもペルノーの方を見やるが。
そこにはペルノーの姿は無かった。
 人々はみんな天を見上げていた。それに気づいてカンパリも天を仰ぐ。
 そこには先ほど見失ったペルノーの姿があった。空を飛んでいる。こんなのを見せられて手品とはカンパリにも到底思えないだろう。二人は驚嘆しながら空を見上げてた。




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