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「………雨が晴れましたな」
雲間のきざはしに見える地平の赤を、馬上の僧兵は一度薄目で眺めながら言った。衣の色はベルランスでも上位司教にまとうことの許される、蒼みがかった白。襟には薄く光る紅で刺繍が施されている。
僧兵は四十代をいかばかりすぎた頃だったが、その凛々しい体格には歳を感じさせない。背中に背負われたメイスも年季を感じさせる。
司教という監督する立場にありながら、戦いをやめぬ、異例の僧兵。
僧兵と轡を並べるようにして、若い青年が一騎、馬上でぼんやりと目の前をにらみつけていた。その法衣の色は、たった一人まとうことの許される、黒。その襟には金と白で刺繍が施されている。
「………いよいよ、か」
色の変わり目、地平のはるか手前。もう灯りがともり始めてもなんらおかしくない町並みに、いぜんとして灯りがともることはない。
それは、明らかな異変を告げていた。
「ナッツからの連絡は間違いないようですな」
異変を肯定するような淡々とした事項を、僧兵が述べる。
若い青年は険しい顔のまま、それには答えなかった。
その威厳で言えば、親子ほど離れている隣の僧兵にも、青年は負けていない。
「よもや………再びこの街とは、アンゴスチュラもよほど神話が好きと見える」
「ファルケストラ聖典………これも神話に導かれた聖戦の一つ、といえましょうな」
「偶然とは怖い。例の娘がかくまわれているのは、ここであろう?」
青年のにらみつけるような瞳に、僧兵がわずかに頭を傾ける。
「は……」
「"この程度"の術にかかりはせぬとは思うが……つかまったらそれはそれで厄介だからな」
「もしや、カシスを狙って」
「それはなかろう。でなければ、付きの者が殺しているはず……転生の儀式が始まるはずだ」
「確かに………」
僧兵の頭の中に浮かぶ、二人の姿。
後を任せた、青年というには年端も体格も足りない若者。
生まれた時から親代わりとなって、娘として育ててきた少女。生きていれば、年頃になったと思うが。
………いかん。
僧兵は、その思いをかき消すように一度首を振った。
「……気苦労が絶えぬな、お互い」
その様子を察したのか、青年がたしなめるように言った。
「………は」
険しい顔の僧兵に対して、青年は年不相応な息をつく。
「とりあえず、状況は予断を許さぬようだ。まずは、この不愉快な術をとめる」
「地脈集合地点まで、案内いたします」
短い礼の後、僧兵は馬に鞭をいれ、黒く煙の残る教会へ向けて、馬を走らせた。
「………」
一つ呼吸を整えて、青年もまた、物語の渦中へと身を投じるために馬に鞭を入れた。
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