「オッドアイ」
著者:創作集団NoNames



  −3−

『グゥオーン』
外からでは聞こえなかった不気味な音が、焼却場の中の秩序をよく表している。
冷却装置の音なのか、ゴミが燃える音なのか、熱気のせいなのか、看守に痛みつけられる従業員の泣き叫ぶ声なのか。混沌とした焼却所の環境を如実に表している。
 従業員は寝ている時間と食事の時間とトイレの時間以外は休む事は許されない。もし手を抜こうものなら、看守のお仕置きが待っている。作業に必要のないと判断された声を出していても、怠けているとみなされてしまう。
お仕置きがなかったとしても焼却場の中は温度が高く、ただ立っているのでさえも、汗が止まらなかった。
爆音のせいで、お仕置きされているかどうかは目で見ないと分からない。視線を他のものにやろうものならどやされてしまう。まさに、これぞ地獄である。
 お仕置きの内容は決まっていなかった。たぶん看守それぞれ違うのであろうが、ムチ打ちが多かった。ハリセンで突っ込むが如く、ムチが飛んできた。
 一彦は半日でクタクタであった。食事といっても、白いご飯などは出てくるはずもなく、薄いオレンジ色をした米粒の硬いご飯であった。
今まで食べた事のないご飯の不味さは、疲れきっている体から食欲を吸い取っていった。
就寝の時間だけは独房に入る事が許されている。
 だが、5時間寝たらまた仕事に行かなくてはいけない。
『ゴホゴホ』
寝付こうとしてもよどんだ空気のせいで、体調が優れない。
「いまごろ、理奈や裕也はどうしているだろう」
ふと、二人のことを思った。
振り返ってみると、昨日、先にアースに帰らせてからまったく会っていない。心配をしているのだろうか。第一、本当に二人がアースへ戻れたか確かめてない以上、生きているかもわからない。もしかしたら、あのチビのココノも敵だったのかもしれない。
今、振り返ると、身勝手な行動が悔やまれる。そう考えるとなかなか寝付けなかった。
鉄格子を隔てて見える、月だけが一彦を見ている。一彦も壁に寄りかかり、うずくまって外に月を見上げている。

太陽が出る前に一彦は叩き起こされた。どうやら、壁に寄りかかったまま寝てしまったようだ。
今日も仕事が待っている。倒れて、使い物にならなくなるまでコッテリと油を絞られるのだろう。そう一彦は考えている。いつもの能天気な発想はどこかへ消え、悲観的な思考が身についてしまった。
さらに追い討ちをかけるかのように、更なる事件が待っていた。
 午前の作業が終わり、粗末な昼飯を食べさせられ、これからまさに午後の作業を始めるというときに、奴隷の一人が腹痛で倒れた。
 一彦は真っ先に駆け寄る。
「おい、だいじょうぶか。しっかりしろ」
顔色が悪く、痩せこけていて、白髪が混じっていた。目は閉じたままでぐったりとしている。
「何をやっている。仕事場へ行くんだ。もうすぐ時間だぞ」
看守が、集まってきた奴隷たちに指示を出す。だが、声がまったく通らない。
「聞こえないのか。戻らないと・・・やるぞ!!」
今度は、語尾を強めて看守は叫んだ。
その一言で、殆どのドレイは恐れをなして職場へ戻っていく。
「おい、放っておけって言うのかよ。それでも、人間かよ」
誰も一彦の言葉に耳を傾けない。それどころか、奴隷たちは走って職場へ戻っていく。新米の一彦はまだここの職場の規律を知らない・・・
 取り残された二人。腹痛を起こしたやつは、ウゥーという言葉を力弱く吐いている。
「『戻れ』と言っているのが聞こえないのか」
看守が怒りを込めて怒鳴っている。
「でも・・こいつが・・」
「ははあ、オマエさんは新米だな」
看守は一彦に指を刺しながら、見下すように吐き捨てた。
「ここでの規則をまだ知らないんだな。いいだろう、実演してやろう。かわいそうに、友達思いの純粋まっすぐ君。君がしている事はどんな事か教えてあげるよ」
周りの奴隷は逃げても自分のやっている事は正しいはず。と信じている一彦には次の瞬間何が起こったのか分からなかった。
「☆■※¥%♪・・・」
アースでは絶対ありえないような発音を看守は唱え始めた。
「・・・・はぁ」
そう叫び終わると、腹痛を訴えていたやつのサーク・ロックがいつにもまして青白くひかり、目も開けてられないほどになったかと思うと『グーン』という音とともにサーク・ロックは徐々に小さくなり、光が止んだかと思うと。豆粒ほどのサーク・ロックと首が床に転がっていた。
 おとといの西の城での戦いで、一彦はホムンクルスを何十も、何百も切り裂いてもあっけらかんとしていたが、サーク・ロックの威力をまじかで見て顔が青ざめ、首をじっと眺めていた。
「・・・」
「さあ、どうする。お前もやってほしいか。それとも戻って仕事をするのかどっちなんだ?」
看守が冷たく語りかける。
「・・・」
「どうした、恐くて怖気づいたか」
看守が今度は急かす。
一彦は歯をかみ締め、突然、「ウオォー」という叫び声とともに看守に殴りかかった。
殴ってくるとは予想していなかった看守は怯んだが、騒ぎを聞きつけた看守たちによって、一彦は止められた。
「ドレイのぶんざいで殴ってくるだとぉ。おまえも逝け」
すっかり頭に血が上った看守がそう言うと、例の呪文のようなものを唱え始めた。
一彦はもうすっかり諦めていた。死を迎える覚悟を決めていた。
死ぬ瞬間に走馬灯のように思い出が浮かんでくるというが、その通りであった。
家族の事、友達のこと、学校のこと。小学校の時、体操着に着替えるときにパンツまで下ろしてしまった事とか、牛乳を拭いた雑巾は臭かった事とか、下敷きで静電気を起こしてハンドパワーと遊んでいた事とか、どうして遠足の最後に校長先生は「家に帰るまでが遠足です」と言うのかとか、どうでもいいようなことが次々の浮かんできた。
 それを思い出したから、一彦はクスクスと笑っていた。
「何がおかしい」
これから死を迎えようというやつの笑いほど気味の悪いものはない。
だが、一彦は答えられなかった。というより、本当のことをいっても信じてもらえる自信がなかったし、恥ずかしかった。
無言のまましばらく時が経つ。
「呪いのつもりか?そうはいかないぞ」
また呪文を唱え始める。
動揺している。一彦は見抜いた。
「殺すんならやってみろよ。そのままやるのは、普通過ぎてつまんないけどな」
一彦は笑顔で看守を挑発する。
看守はまた呪文をやめ、考えた。
「しょうがない、まぁ見逃してやるか。そのかわりきっちりしごいてやる!」
一彦はすぐに仕事場に戻った。は内心ビクビクだった。
厳しさは前よりも増した。咳をするごとに一発ムチが入る。その痛さが体中を駆け巡る。思わずウッっと声を上げるとまた一発入る。
何とかしてここから逃げ出さないと、と考えるが、さっきの喧嘩でマークがいっそう厳しくなった。脱出は不可能なように思えた。それでも、一彦は逃げる手立てを考えていた。


もう、焼却炉に来て10日が経とうとしていた。
喧嘩の一件で、一彦は焼却処理の係に異動になった。
焼却処理というのは大きな釜の前でゴミを次々と投げ入れていく仕事だ。
 この焼却場の中でも一番危険な仕事だ。もしも、不燃物があったら省き、それ以外のもを放り込んでいく。自分ごと入ってしまったら、まさしくTHE ENDである。
今日、そこに大やけどをしたココノがゴミとして流れてきた。




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