「オッドアイ」
著者:創作集団NoNames



    −2−

ジリリリリリリリリ!
「脱走だー!」
焼却場全体に非常ベルの音が鳴り響き、アッという間に館内は大騒ぎになった。
と、言うのもたった今俺が朝の見回りに来た看守を背後から襲って気絶させたのが全ての原因なんだけど。
「さあ、さっさと逃げよう」
「はい」
 後ろからフワフワと飛んでついてくるココノはもうすっかりやけどが消えている。どうやら本当に3時間で回復したらしい。トカゲみたいなやつだな。
 サーク・ロックも外してもらったし、そんじゃ、はりきって行くか。
俺たちは独房を抜け出すとすぐに、昨日隣の奴隷に聞いた見張り部屋へと行った。
確かに独房から左に少し行くと、すぐに見つかった。部屋の中は狭く、ろくに物も置いてない簡易的な見張り室だ。
お、早くもテーブルの上に俺の装備発見。何だ、意外にちょろいもんだな。
「よし、これさえあればもうこっちのもんだ」
ささっと作業着から自分の防具に着替えなおした。
「ちゃきーん」
とりあえずポーズをとる。
「早く逃げましょう」
ろくに突っ込んでもくれずにココノはさっさと見張り室を出ていた。一人でポーズとってる俺が馬鹿みたいだ。
とりあえず見張り室を出て先に進んで行こう。
この先の角を左に曲がって行くと、忘れもしない、いつも強制労働させられている作業場に出る。あんな所もう二度と行くもんか。
右には行ったことがないけど建物の構造上おそらく出口はそっちだろう。とりあえず右に曲がろう。
「おっとそこまでだ」
角を曲がった瞬間、2人の看守が待ち構えていた。二人とも右手にはいつものムチではなく、三日月型にカーブした大きな刀を持っていた。
出たな、憎き看守どもめ。サーク・ロックさえなければこっちのもんだ。昨日までムチ打ちにしてくれたお礼をたっぷりとしてやるぜ。
「ここから逃げられるとでも思ったか、このアースのイヌめ!」
二人同時に刀を振り上げて向かってきた。
俺は素早く一人の看守の懐に入り込み、相手が刀を振り下ろすよりも一瞬早くその銅を切り裂いた。
ドシュッ。
「は、早い!」
そしてそのまま、一瞬ひるんだもう一人の看守の方に走りこみあっさりと切り捨てた。
ドシュッ。
「ぐはあ」
ほんの一瞬にしてその場には二人の看守の亡骸が積み重なった。
俺もあの西の城の一件でかなり実践慣れしたらしく、もうそのへんの看守などは問題にならない程になっている。自分でもちょっとビックリだな。
 ぼやぼやしてると新手の看守が来そうなので、俺たちは先を急いだ。
 するとその先にも分かれ道が。まじかよ。もしかしてここ結構入り組んでる?
 ええーい。野生の勘!右だ。
 右に曲がってさらに行くと正面にドアが見えた。
お、もしかして出口?さすが俺の勘。天才的としか言い様がないな。
そのまま迷わずドアを開けた。
 その瞬間目の前一面には青い空と久々に見る外の景色………ではなく十人近くの看守の
姿があった。………ってここ看守達の控え室じゃん!
「一彦さん、ここは………!?」
ココノもビックリ。
「お前達、脱走者だな!」
一瞬にして看守達の視線が集まる。はい、たしかに脱走者です!くそっ。こうなりゃ逃げるが勝ちだ
 当然のごとく襲いかかってきた看守達に背を向けて、俺とココノは全速力でその部屋を逃げ出した。

 
それから数時間、道に迷って、看守達に追いかけられて………とうとう俺達は出口にたどりついた。もう嫌だ。ただの焼却場なのに何でこんなに入り組んでるんだよ。
「何はともあれ、出口に着いて良かったですね」
ココノから慰めの一言。はい、良かったです。
 そして、大きな木の扉をゆっくりと開くと太陽の光と新鮮な空気が徐々に流れ込んできくる。
やった、脱走成功。
 と、思ったのもつかの間だった。
「よくここまで来れたな」
出口の向こうで俺とココノを一人の男が出迎えた。
忘れもしない俺を西の城からノワール城まで運んだあの御者だった。
御者は右手に大きな斧を持って仁王立ちしていた。
「お前はあの時の御者!」
「御者?へへへ、悪いけどそんなちんけなもんじゃねえよ。俺様はこの焼却場の管理責任者ホーザーだ」
 ホーザーと顔を合わせて、俺以上にビックリしていたのはココノだった。
「ホーザー………あなたはシェラ様の専属の送り迎え専用の御者のはず………」
「へっへっへ。ココノちゃんよお。お前は知らなくて良いことを知りすぎたんだよ。黙って命令に従ってりゃいいものを。ヘンリー様からお前も消せって命令を受けてるんだぜ」
 ホーザーは勝ち誇った様に笑っている。というか「お前も」ってことはやっぱ俺も数に入ってるのか。どうやらこいつを倒すしか道はなさそうだ。
「ごちゃごちゃ言ってないでそこをどけよ。邪魔するんなら許さないぞ」
完全にやけになった俺はちょっと大口をたたいてみた。
「ずいぶん強気じゃねえか。サーク・ロックがなくたっててめえごときが俺に勝てるとでも思ってんのか。てめえら二人にはここで消えてもらうぜ!」
 次の瞬間ホーザーは大きな斧を軽々と肩に背負い猛スピードで俺の目の前に飛び込んできた。
 は、早い!
 ズガン!
 俺は紙一重で斧を交わし、その斧はすごい爆音とともに大地をえぐった。
 って冗談じゃねえよ。あんなの食らったら挽肉になっちゃうし。
 すかさずホーザーは左手の平を俺の方に向けて、何かの構えに入った。え、何すんの?
 ドゥン!
そのとき!何とホーザーの手の平からオレンジ色の炎の球が発射され、俺の方へ向けて弾丸のごとく飛んできた。
「うわっ」
 炎の球は俺の左肩をかすめた。あちちっ。思い切りやけどしちまった。
 まともにくらったら丸焼き間違いなし。すごい威力だ。
「あれは………攻撃魔法!?今使える者はスカイにも数名しかいないはず……」
 攻撃魔法だって!?完全にゲームの世界にいる気分だ。
ココノは驚きのあまり動けなくなってる。というかお前も戦えよ。
 それにしてもこいつ強い。今までの看守達とは桁違いだ。
「へっへっへ。どうした?さっきまでの勢いは」
ホーザーは再度俺に左手の平を向ける。
 ドゥン!ドゥン!ドゥン!ドゥン!
 炎の球4連発が一直線に俺に向かって飛んでくる。うおっ。まじで絶体絶命。とにかく逃げよう。
 俺は全速力でその場を走り出し何とか4発全てをかわし切った。が………。
 ドテッ。
 うわっ、こんなところに石が!つまづいて転んでしまった。
「間抜けなやつめ。これで終わりだ、黒焦げになれ!」
 ホーザーは倒れた俺に再び左手を構えた。やばい!さすがによけられない。
「死ねぇ」
 くそ、ここまでか。俺は覚悟を決めて目を閉じた。
「一彦さん危ない!」
 と、そのときココノが必死になってホーザーの顔に砂を投げつけた。
「ぐあっ!?な、何をする!」
 ホーザーは突然の不意打ちに砂が目に入ったらしく顔をおさえ苦しんでいる。
 助かった!ココノ偉いぞ!
よし今だ!
「うあああああああ!」
 俺は素早く起き上がり剣を振りかぶってホーザーに向かって走って行った。
 今のうちに勝負を決める!
「く、くそ。どこだ!?」
 ホーザーは左手で目をおさえたまま所かまわず斧を振り回した。が、見当違いの所ばかりで俺にはかすりもしない。
「でいっ!」
ドシュッ!
「ぐああ」 
高く吹き上がる血しぶきとともに俺の剣がホーザーの体を斜めに切り裂き、ホーザーは膝から崩れ落ちた。 
ふぅ。何とか勝てたみたいだ。さすがに危なかったな。西の城でも焼却場の中でも、攻撃魔法を使う敵とは戦ったことがなかったからどうすれば良いかわからなかった。ていうか、勝てたのはココノのおかげだし。ありがとう、ココノ。
 そのとき俺は血にまみれた長剣を眺めてふと疑問を感じた。
 ホーザーは確かに強かった。まともに戦っていたらやられていたかもしれない。
 でもおかしい、ヘンリーは確かこう言っていた。「西の城の攻略は3年もてこずっていた」、と。
 これは明らかに矛盾してる。ホーザーほどの使い手を手下に持つヘンリーなら西の城にいた程度の賊を倒すくらいわけはないはずだ。ましてや攻略に3年もかかるはずはない。
 となると、俺は何の為にアースから連れてこられたのだろう。どうも、俺はヘンリーがもっと恐ろしい何かをたくらんでる気がしてならなくなってきた。
 そんなことを考えていると、足元から声が聞こえてきた。
「ぐ………きさまごときにやられるとはな………」
ホーザーはまだかろうじて息があるらしくうつ伏せになりながら俺の顔を睨んでいる。
その姿を見て、戦いに勝って少し心にゆとりが出来た俺は抱えていた疑問を瀕死のホーザーに投げかけた。
「おい、お前たちの親玉のヘンリーってやつの本当の目的は一体何なんだ?」
これだけは聞いておかないとやりきれなかった。なぜ、こんな目にあっているのか、なぜ戦っているのか、そんなこともよくわからずに何人もの敵を切り捨ててきたのだから。
俺の質問を聞くと、ホーザーは傷の痛みに震えながらも不敵な笑みを浮かべた。 
「いい……だろう。教えてやるよ………。ヘンリー様の最大の目的……は……最強のホムンクルスの合成………だ」
「…………?」
 俺には言ってることの意味がわからない。
「お前……達……アースの人間の優れた……身体能力と………スカイの魔法の力を……掛け合わせて………最強のホムンクルスを………合成する……のだ」
 アースの人間とホムンクルスの合成………?
まるで、漫画の様な話だ。この世界に少しずつ慣れつつある俺でも、さすがにホーザーの話す夢物語を受け入れることは出来なかった。
「合成って………どういうことだ?」
「つまりお前は………そのサンプルの一人。これからお前はシェラの研究所に……連れて行かれ……シェラの産み出したホムンクルスと合成……され最強のしもべに生まれ変わる……のだ。西の城の一件や………焼却場での奴隷生活は……いわばそのための……観察……。お前がサンプルとしてふさわしい……素材か……を調べるための………」
 それを聞いて、ずっと口を閉ざしたままだったココノが驚いて言葉を挟んだ。
「何ですって?と、いうことはあの西の城の賊は………」
「へへへ……そう。……西の城の賊にノワールの街を……襲わせたのは……ヘンリー……様……。ノワールが………西の城の攻略に三年も………てこずっていた……なんて……真っ赤な嘘………だ」
 ココノは思いきり驚いている。どうやらそんな裏事情は全く知らなかった様だ。
「何てことを………。でもそんなこと、ノワールの国王様が許してはおかないはず……」
「国王………?ああ………やつなら………とっくに……暗殺されてるよ。……ヘンリー様
……にな。すでに政権はヘンリー様の………手に………」
 それはつまりスカイの世界でクーデターが起きたっていうことか。
 スカイの住民は誰一人知らないようだが国王は実はすでに殺されていて、裏ではヘンリーが好き勝手やってるらしい。
「そ………そんな」
ココノはがっくりと肩を落とした。
 それにしても、どうもさっきから話を聞いていると、何から何までスカイの世界だけの出来事にしか聞こえない。
 なぜ、関係のないアースの俺がこんな目に会わなければならないのか………。
 この時になって、俺は初めて憤りを感じた。
「悪いけど俺はサンプルなんてごめんだね。このまま、アースに帰らせてもらう」
 当然の言い分だ。これ以上付き合っていられるか。
「へへへ………それは………どうかな……?お前の大事なものは……すでに……ヘンリー様………の手の中に……もう逃げられない………これで………お前も…………ヘンリー様の………スカイ征服の……お役に………立……………て………………グフッ!」
 …………!?
意味深な言葉を残してホーザーは事切れた。
 今の最後の一言がかなり気になる。俺の大事な物がヘンリーの手の中に?一体何のことだろう?まあ、ただのハッタリだとは思うけど。
 

それから数分間、俺もココノも何も喋らずその場に立ち尽くし、重たい空気が辺りを包んでいた。
そして、かなり考えた末に俺はココノに自分の考えを告げた。
 「ココノ………俺、悪いけどアースに帰らせてもらうよ。その、もともと俺はアースの人間だし。これ以上は俺一人ではどうにもならない気がする」
 少し沈みかけていたココノにとどめをさすかの様に俺は言った。ちょっと無責任な気もしないでもないけど。
 「わかりました………もともと一彦さんを巻き込んだのは私ですもんね……。今からアースにお送りします」
 ココノは俺に精一杯笑顔を見せるが、沈みきった気持ちを抑えているのがよくわかる。
無理もない。自分が今まで知らなかったノワールの裏事情、国王がすでに殺されていたことなど、衝撃的な事実を突然知ることになり、そのうえ唯一の味方である俺が手を引くと言っているのだから。
ちょっと罪悪感を感じて、俺はココノの顔をまともに見れなかった。
 こうして俺はココノに送られてアースに帰ることになった。




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