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「………さん、一彦さん」
俺は静かに目を開いた。
ここは………う、何か体が重い。しかも、身に着けてた防具がなくなっていつも着てる私服になってる。それに両目とも見えるようになっている。と、言うことは。
「ここは………アース?」
よく見るとそこは俺の部屋じゃなくて近所の公園のベンチだった。って何でだよ。
「ごめんなさい、ちょっと場所がずれちゃって」
ココノが舌を出して苦笑い。ココノって案外天然だな。
まあ何はともあれ帰ってきた。
何だかアースの景色が懐かしく見える。
無理もないか。もう十日以上もスカイで過ごしていたんだから。
ん………?十日?
「そういえば、十日以上も留守にしちゃってさすがに皆心配してるかな」
「あ、それでしたら心配ありません。言い忘れましたけどスカイではアースよりも時間の流れ方が早いので、スカイで十日過ごしてもアースでは一日くらいしか経ってないんですよ」
「え、そうなの?じゃあまだ出発してから一日ちょっとぐらいしか経ってないのかー」
そういうことは先に言えよ。
とは言うものの少し安心した。これで何もかも元通りの生活に戻れるのだから。
そして、少し心が痛む気がするが、ココノともこれでお別れということに………。
「それじゃあ一彦さん、いろいろお世話に………」
「あ、カーズー!」
ん?今なんか聞こえたような。すごく聞きなれた声が。
「何だカズ、帰ってたのかー」
思ったとおり、向こうの通りから裕也が現れた。
「ああ、今帰ったよ」
散々な目にあってね。まあ後でたっぷりと愚痴ってやるとするか。
「お、ココノちゃんも一緒か。ハロー」
ハローって、スカイの住人に英語なんて通じるのか?ココノも苦笑いしてるし。
裕也の登場により沈みかけていた別れの空気が少し回復した。やはりこの男はただ者じゃないようだ。
「あれ、カズ?理奈は一緒じゃないのか?」
と、裕也が妙な一言を言った。
「え?だって理奈はお前と一緒こっちに帰ってきたろ?」
何やら嫌な予感が俺の胸をよぎる。
「あの時は一緒に帰ってきたけど今さっきスカイの世界から迎えの人が来てさ、何でもスカイの世界でシェラ様が理奈を呼んでるからすぐ来てほしいんだって。俺には後で別の迎えが来るからって、とりあえず理奈だけ先に行っちゃったよ」
ちょっと待て、聞いてないぞそんな話。ていうかだんだん話が危なくなってきた。
最悪の事態を想像して不安を感じていたのは俺だけではなかったらしく、その話を聞いてココノも血相を変えていた。
「迎えの者って、何ていう人でした?」
「えと、確かリリスって言ったっけな。ココノちゃんと同じでちっちゃくてフワフワしてるからお友達かと思って」
リリス?聞き覚えがあるぞ。
そうか。そういえば西の城に行く前にちょっとだけ街を案内してくれたあの表情の少ないホムンクルスだ。
「リリスですって!?まさかあの嫌味女が」
嫌味女?突然ココノが恐い顔になった。
「ココノ知ってるのか?」
「はい。リリスは私と一緒に造られた同期のホムンクルスです。表情が硬くて性格も最悪。最低の女です。」
何かやけに辛口だな。そんなに酷いやつなのかな?
「何を隠そうあの嫌味女は昔………………私の彼氏をとったんですよ!」
って個人的な恨みかい!ホムンクルスにも恋争いがあるんだな。おお恐い。ってそんなことはどうでもいいって。
そのとき俺はふと焼却場の前で死んだホーザーの最後の一言を思い出した。
『お前の大事なものは……すでに……ヘンリー様……の手の中に……もう逃げられない』
「ココノ、まさか」
「ええ、間違いありません」
ココノも俺と同じ事を考えているらしい。まさしく最悪の事態だ。
「理奈さんは、ヘンリーに騙されてつれさられてしまいました。人質ということです。おそらくリリスはヘンリーの使いでしょう」
だよな、やっぱり。これでまたスカイに行かなければならなくなった。
「待てよ、一体何の話?」
さすがに裕也は何もわかっていない。が、とりあえず無視。
「ココノ、スカイへ戻ろう」
「理奈さんを助けに………ですか?」
「ああ、そして………ヘンリーを倒す!」
もうやるしかない。とりあえずこのバカ(裕也)も連れてけば何とかなるだろう。
と、いうわけで俺とココノは裕也も連れてスカイに戻ってきた。
空気は結構冷たく、周りにはちらほらと通行人の姿も見えた。
スカイの世界では、あたりはすっかり暗闇につつまれ、今は夜らしい。
アースでの滞在時間はほんの数分くらいなのでこっちの世界でもさほど時間は経過していないはずだ
それにしても、ここはどこかの村のようだけど見覚えのない景色だった。ノワールの街とも雰囲気が違うし。
「ココノ、ここは?」
「ここは、ノワールの城から少し離れた所にある小さな田舎町ブラウンです。とてものどかで平和な町で、簡単な買い物くらいならできますよ。今夜はこの町で宿をとって疲れを癒しながらゆっくりと作戦をねりましょう」
ココノがあたりを見回しながらガイドの様に説明してくれた。
ノワールの城から離れている田舎町、と聞いて正直少し安心した。
「なあなあ、一体何がどうしてどうなってるんだよ?」
裕也が不満そうな顔をしている。そうか、こいつのことすっかり忘れてた。
未だに状況を飲み込んでいない。いい気なもんだ。妹がさらわれたってのに。
「とりあえず、裕也にいろいろ説明してやらなきゃなんないし………早いとこ宿とって一息つこうか」
「そうですね」
意見がまとまったところでココノに宿屋に案内してもらうことにした。
歩きながら辺りを見回してみると確かに田舎町だ。木造の今にもつぶれそうな建物が並び、人々もけして良い暮らしをしている様には見えないが、どこか人情深いといった雰囲気を持っている。ココノの話によれば、昼間は路上で新鮮な野菜や果物を売っていたりもしているらしい。何だかアースの世界の田舎に良く似ているな。
何にしても今日は疲れた。考えてみると今日の朝起きたときにはまだ奴隷だったんだ。それから焼却場を脱走して、ホーザーを倒して、アースに帰って…………色々なことがあった。疲れるわけだ。宿についたらさっさと寝たいな。
そう考えてる間にもう目の前は宿屋だった。
ち、近い。さすが田舎町だけあってせまいな。
俺たち3人は、疲れを癒すべく宿屋へと入っていった。
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