第五章・伝説の踏台
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ブラウンの街、宿屋「渇き」二階
ずずずずーッ。
隣の裕也がやたらと雰囲気をぶち壊しながら、午後のお茶を飲み干してゆく。
「おい、裕也」
「ぷーっ、美味しかった」
淹れたての熱いお茶を一気飲みか。
「で、なに?カズ」
躊躇のカケラもない裕也は、そのまま皿に盛ってあったビスケットのようなものを頬張りながらこちらを向いた。
「……いや、わざとじゃないならいい」
「?……まぁいいや。それよりカズもコレ食えよ。上手いぞ」
裕也がずずいと正面の皿を俺に差し出した。
「それは、ティスドですね。プクルとラスカソを天日して乾かしたものを水で溶いて練って焼いたものです」
ココノも裕也の奇行に突っ込みを入れることなく、ゆうゆうとそのビスケットもどきに注釈を入れている。
「へぇ、ココノちゃんって料理に詳しいんだ」
「まぁ……マスターはあまり料理をなさらない方なので……」
少々照れ笑いで、ココノが裕也に返した。
「あ、ココノちゃん、お茶頂戴」
「あ、はい」
ティーポットをもってふらふらとココノがテーブルの上を移動する。傍目から見てると危なっかしくてしょうがない。
「…………」
それ以上に、このやりとりに少し疑問を感じる。
「なぁ、裕也」
「ん。さっきからなんだよ」
少々不機嫌そうに裕也が顔をしかめる。
「俺たち、なんでここにいるのか分かってるよな?」
こちらも負けじと不機嫌そうに言い返す。
「ああ。分かってるよ。ただ、身動きが取れないんじゃ、仕方ないだろう。今やノワールでは俺たちはお尋ね者に違いないし、かといってこの状態で突っ込んでいっても、三下相手に互角がいいところだよ。間違っても『あの』シェラさんとは色々な意味でやりあいたくないし」
確かにそういう答えが帰って来るのは分かっていた。
一休みして状況を整理するときに、ココノが念押しのように言っていた言葉だった。
………俺たちの服の裾をつかんで、泣きながら。
多分彼女自身のココロの整理がついてないんだろう。どちらについても、最悪の結果だけは容易に想像が出来る。
ふとテーブルの下を向くと、やっぱりココノも俯いたままだった。
「おい、ココノ」
「え、あ………はい」
やっぱり元気はないようだ。一応体は小さくとも考える事はまともだからな。
「まだ、シェラと戦うとは決まってないだろ。避ける手段はあるはずだ」
「でも……」
「心配ないよ。いざとなったらこの沢村裕也もついてるしねッ!」
お前は妹の心配をもっとしたほうがいいような気がするが。
「裕也さん………」
力ない笑いを浮かべて、ココノはどこから出てくるのか分からない裕也の微笑みに騙されている。裕也の微笑には、根拠がない………多分。
「俺に任せとけって」
だから、その顔が胡散臭いんだってば。
「はい」
「それで、そろそろ作戦でも…………」
俺が口を開いた直後だった。
つんざくような音を立てて、すさまじい破壊音が窓の外から聞こえてきた。テーブルが大きく揺れて上のものがことごとく床に落ちる。
「ッ!」
「お、お菓子が!」
どこまで食い意地が張っているんだ、裕也。
「あれ………町外れの方向です」
窓の外へ乗り出した俺たちの中で、ココノが不安げに答えた。
続けて二撃目が叩き込まれた音がして、土煙と別の黒い煙が街の間から立ち昇る。
「奇襲か?」
「何に対してだよ。まさか俺たちの居場所がばれたわけでもあるまいし………」
裕也が顔をしかめた。
「ちょっとまて。確か、シェラさんってのはスカイで唯一の錬金術師だって言ってたよな」
「は、はい………確かにそうです」
ココノがたどたどしく相槌を打つと、裕也の疑問は確信に至ったらしい。
「ということは、錬金術で作れるホムンクルス、つまりココノちゃんがここにいるってことが、誰かにばれたんじゃないか」
「あッ!」
盲点だった。そうだ、あまりに自然にふわふわ飛んでいるもんだから、すっかり普通の光景として見過ごしていた。ココノはスカイでも稀少な数に入るホムンクルスなんだ。
「そうでした……それなら納得が………」
愕然とした顔で元のテーブルにへたり込むココノ。
「おい、ココノ」
もう憔悴しきったココノの顔がそれでも俺のほうを向いた。
「俺たちに迷惑かけたとか考えるなよ」
「でも………」
「お互い様だろ。俺だってサークロックを外してもらわなかったらまだあそこにいたんだぞ。お前が危険を省みず来てくれたから、こうしてここにいるんだ」
「ぷぷっ。カズ、俺がいない間のことを喋りたがらないと思ったらそんなことを……」
スパァン!
「うおッ!」
スカイに来て新調したマイハリセンがクリーンヒット。裕也も久しぶりなので忘れていたと見える。
少しこっちの紙の材質が厚いから、攻撃力があがってるんだけど。
「いつもより………痛いような」
「気のせいだ。それより、もし仮に俺たちが目標だったとしたらどうするんだ?」
「単純に言って、戦うか、逃げるかの二択しかないと思います。ただ指揮官が誰であるか分からない以上は無理に戦わないほうが………」
窓の外のざわめきが大きくなる。
「おい、カズ。あれ」
通りの角から長柄の槍を持った兵士の顔が見えた。
「あれって城の兵士じゃ……」
焼却場に連れて行かれるときに見た覚えがある。なんだかあの日々がフラッシュバックされそうで嫌な感じがする。
「ええ、間違いなく城のものです……」
「ということは、城から直々にお出迎え。間違いないみたいだな」
裕也が、少し唇の端を歪ませる。俺も、自然と窓の端にかかる両手に少し力を込める。
「異界の戦士、オッドアイとはスカイの住人にとってはそれだけで驚異になりうるワケですから………幹部クラスが来ていると見て間違いはないと思います」
「あ」
裕也が思い出したようにぽんと手を叩く。
「どうしたんだ?」
「ココノちゃんだけじゃなくて、俺達だって十分異質なんだよなと思ってさ。だって、オッドアイってこの世界に滅多に来ないんだろ?」
それを言われて、俺も手を叩いた。
そうだ。俺だって人のことをとやかく言える存在ではなかったんだ。
「俺達、捕えてくれって言ってたようなもんだったんだな…………」
少し肩を落として、俺は追加した。
「だろ」
「ま、バレちまったものはしょうがない。囲まれて身動きが取れなくなる前にここを出よう」
こういうところは割り切っていかないと。
俺は剣をとる。
日常的に持っているものとは、やはり違う重さ。
でも、半ばしっくり来てしまっているのが恐い。
「おい、カズ。こうなったらダメ元で指揮官をなんとかしてみようぜ」
気が付くと、準備を終えた二人がドア口に立っていた。
「あ…………おう。今行く」
まるで部活にでも行くようなノリで、俺はそのまま部屋を後にした。
店主を半ば脅すような形で裏口から出ると、俺達はなるべく人のいない裏の路地を選びながら最初に爆発のした方向へ向かう。
こちら側の道の構造なら、ココノの方が詳しいということで先導して前を飛ぶココノの後ろを自然と俺と裕也が併走する形になった。
「なぁ、カズ」
「なんだよ」
「あれで、少しはフォローになったかな」
小声でささやかれた言葉。
「………本人に聞けよ、そう言う事は」
笑いそうになったが、あえて無表情のまま突っぱねてみる。
「そんなコト言えるかッ」
珍しく俺が突っ込みを受ける。
「二人とも、どうかしたんですか?」
ココノがいぶかしげにこちらを振り向いた。
「べ、べべべ、別になんでもないよっ」
相変わらずフォローの下手なヤツだ。
噴出した俺を見て、二人がつられるように笑う。
「あ、笑ったな。カズ」
「お前もだろ」
「………とにかく、一息ついて笑うのはこの事態を突破してからにしましょう。何があっても無理だけは、しないでください」
辛そうな顔で、ココノ。
「大丈夫だよ。なんたってったって、俺たちはオッドアイだからな」
その頭に彼女には大きすぎる手を置いて、半ばおどけ気味に俺は言った。
「そうそ。んじゃ、行ってみようか、カズ」
街の外れまでは後もう少しだ。
俺たちは互いの顔を確認しあうと、一気に町外れの平原まで躍り出た。
………こんなに早い絶望が、すぐそこに現れるとも知らないで。
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