「オッドアイ」
著者:創作集団NoNames



−2−

「遅かったな」
 低いが、どこまでも透明度のある声。
 一気に街の柵から外へと飛び出して聞こえた第一声がそれだった。
 全員の士気が一気にしぼんだ。無論、俺も予想外の展開に唖然としていた。
「シェラ………さん」
「…………マスター」
 力なく呟かれた言葉に、俺は続く言葉を失う。
 目の前に立っていたのは、『あの』シェラ・マギスだった。
 いつか戦うと思っていたが、こんなに早く戦うものになるとは思わなかった。
「どうした、飛び出してきたのは命からがら逃げ出してきたからか?違うだろう、オッドアイがあの程度の数の兵士に遅れをとるはずがあるまい」
 シェラは、俺たちを見ても何の感情も動かさなかった。
 ただ、左手に剣を携えて、冷徹に『敵』を見ていた。
「シェラ、ホーザーの言っていたことは本当なのか?俺は最強のホムンクルス製作の部品の一つにすぎなくて、理奈をそのためにさらったって、本当なのかよッ!」
「……何を今更言うかと思えば。そうでなくては、私がここにいる意味があるまい」
 その端正な眉一つ動かさずに、シェラは言い切った。
 ココノには酷だったが、追求しなくてはならないことだ。
 俺が剣を構えるのを見て、半歩後方にいた裕也も習ってぎこちなく剣を構えた。
「マスター、私は………」
「ココノか………今までご苦労だったな。お前の目には狂いはなかったよ。さあ、こっちへおいで。これから死に行く者と同じ末路は見たくあるまい?」
 ココノは首を横に振った。
「違うんです………私は、貴方に造られたホムンクルスです。造っていただいたことに感謝はします………だけど、これ以上マスターの言うことは聞けません!」
「ココノ」
「お願いしますッ!もうこんなことはやめてください………罪もないアースの人たちを、巻き込むのは私は良くないと思います!」
 奇妙な、沈黙が辺りを包んだ。
「………ココノ、お前の言い分はよく分かった」
 左手の剣の刃先が、ゆらりと三人のほうを向いた。
「!」
「ここはお前の自我を尊重するとしようか………そこのユーヤと仲良く死ぬがいい」
「マスターッ!」
「ココノ、もう言っても無駄らしいぞ」
 嫌でも昂ぶってゆく高揚感が、俺の体を包む。
 剣先が、自然とカタカタ音を立てて揺れだす。
「サワムラ・リナはノワールの東街にある闘技場にいるよ。ここを切り抜けられたら助けに行くといい」
 余裕そうな笑みを浮かべて、シェラが剣を一度振り払った。
 直後。
「逝くがいい」
「ッ!」
 速い!
 ぎぃンッ!
 一瞬で間合いを詰めたシェラの刃を何とか受け止めたものの、俺は衝撃に押されて後ろへ吹っ飛んだ。
「カズ!」
 その間合いを詰めるようにして、裕也がシェラに突っ込んでいくのが見えた。
 二、三撃刃がかち合う音がして、ようやく立ち上がった頃には代わりに裕也が隣に吹っ飛んできた。
「ぐっ」
「いっててて……」
 互いに打った箇所を押さえて立ち上がる。
 いくらオッドアイの力がスカイの民族に勝っているからといっても、技量なら完全に勝ち目はない。
「剣先の勝負でこの程度か、笑わせる」
 同じところを突かれて、少々不愉快な気分になる。
「カズ、やっぱシェラさん相手じゃキツいみたいだな」
 隣の裕也も似たような心境だろう。
 ココノは………沈んじまって声もでていない。さっきからふらふらと上下浮遊を繰り返すだけだ。
「ココノのサポートはあてにならないらしいな」
「こういう時は二対一をフルに活用すべきだと思うぞ。なんとか、攻めて攻めて攻めまくれば、対処し切れなくてボロがでる」
 さすが武器マニア、兵法も知識としては備わっているらしい。
 この状況でそれが冷静に発揮できるのならば、大したものだ。
「つまらん話し合いは終わったか、二人とも」
 再び、剣先が最初の構え、水平に持った両刃の刃の元の辺りに右手を添える形へと戻る。
 さっき受け止められたのは偶然だ。次は、食らったらただじゃすまないだろう。
 冷や汗が背中を伝って服に染みる。
「…………いち」
「…にの」
 言い出す半秒前に、俺たちは飛び出していた。
「さんッ!!」
 ちょうど声がハミングしたと同時に、二人同時に地を蹴り放って俺は剣を大きく振りかぶった。気を利かせるように、裕也がどこで覚えたのか、刺突の体制に入る。
 一撃目が、左肩を突き出すようにした裕也の刺突。
 二撃目を、俺が叩き込む。

 やぶれかぶれだが、力押しだけしかできない今は、これしか方法が………。
「ウオオオオオッ!」
 獣にも似た咆哮。
 瞬間。
 目の前が炎に包まれた。
「ッ!」
 声にならない悲鳴を上げて、裕也がその炎の中に吸い込まれていく。
 いや、自らの勢いを殺すことができなかったんだ。
 そして俺も、二撃目の体制のまま最後の一歩をシェラに向かって突き出していた後だった。
「くっ!」
 炎に前髪が触れた、その瞬間だった。
 炎が、急に前に裂かれた。
 突如炎の向こう側に現れる、シェラの顔。
 それが、苦悶と疑問に変わる。
「ッ!」
「――――ッ!」
 声にならない叫び声をあげたままま、俺はその剣をシェラに向けて振り下ろした。

 パキャァン。

 鈍い音を立てて、俺の剣が折れた。
 咄嗟に振り上げたシェラの剣が、俺の剣を叩き折っていた。
「!」
 着地した場所の、真上にシェラの剣があった。
 やられるッ!
「させるか!」
 刃物の音が真上で鳴り響いて、シェラが俺の目の前から慌てて飛びのいた。
 俺もすぐに立ち上がり、ぼろぼろになった裕也とココノがそばに駆け寄ってくる。裕也は炎の影響でいつのまにか後ろへ弾き飛ばされていたらしい。
「大丈夫でしたか、二人とも」
「そうか、さっき炎を割ったのは………」
「攻撃魔法は使えませんけど、割り込んで邪魔をすることぐらいなら………」
「俺は、直撃だった」
 確かに、裕也はまんざらでもない顔をしていた。疲労の色が濃い。
「すいません、詠唱が間に合わなくて」
「いいって。なんとか……生きてるみたい…だ……し」
 笑顔のまま、裕也が剣を杖にしてヒザから崩れ落ちた。
「裕也ッ!」
「心配すんな。まだいける」
 そういって、剣の束を俺に向けた。
 そうだ。まだ、シェラは倒れていない。
 というか、ダメージすら与えてはいない。
「……さすがオッドアイ、といったところか。ロクに剣も握ったことがないお前らがそこまで私を追い詰めるとは、さすがだな」
 よく見ると、今までシェラが握っていた剣はちょうど俺たちとシェラの間に突き刺さっていた。最後の衝突で裕也が弾き飛ばしたのだろう。
「くっ」
 裕也がこんな状態では、同じ立ち回りは使えない。かといって、俺一人でどうにかできるほど、事態はそんなに甘いものじゃない。むしろできるならとっくにやれているはずだった。
 あまりに手札が少なすぎる。
 まだ魔法が残っているせいもあるのか、シェラは剣を持っていないのに余裕だ。
「くそっ」
「か、一彦さん、お、おお、落ち着いてください」
 お前が落ち着いてくれ。
「どうした?まさか一人で戦うのは怖いとかいうのではあるまいな」
 鋭い眼光に、俺は一歩後ずさった。
 何か、見抜かれたような得体の知れないものが、背筋を凍らせる。
 怖い…………?
 確かに怖い。危機感はそれなりに感じてる。
 本当に怖いのは…………。
「か、一彦さん?」
「おいおい。オッドアイの底力を見せてくれよ。まだ私は手の内も見せていないんだぞ」
 急に体が重い。
 横で、ココノが何かを言っている。

   聞こえない………。

   なんだ、この…………。

   …………。


「……………」
「か、一彦さん?一彦さんッ!どうしちゃったんですか、一彦さん!
 いきなり首をたれてシェラを見つめたまま、一彦が動かなくなった
「カズ………?」
「………今更、恐怖に呑まれたか」
 呟くような声を吐いて、シェラが一彦から視線を逸らした。
「一彦さんッ、元に戻ってくださいよぅ!」
 ココノが生気のない一彦の頬を殴打。
 殴打。
 ……殴打。
「って、ココノちゃん、それやりすぎ」
「え、でも」
 一彦の足が、一度ふらついた後、ゆっくりとだが確かに立ち上がった。
「カズ」
「一彦さん」
「……………」
「そのまま立ち上がるくらいなら、白々しい芝居を続けていればよかったものを。お前だけは殺すなとヘンリー様に言われているからな」
「…………」
「カズ………?」
 一彦は剣を改めて握り締めると、構えの体制に入った。
「まぁ良かろう、そのままで連れ帰るのも面白くはないからな」
 素手のシェラが利き手の左手を振り払った。

 その、刹那。

 地鳴りにも似た振動があたりを揺るがした。
「ウオオオオオッッッッ!」
「ッ!」
「カズ!」
「一彦さん!」
 それが、目の前の男によって繰り広げられていると、三人は直感で知る。

 絶対的な力。

 そして、それは当の本人も押しつぶされそうなほどに感じていた。

『な………なんだこれ』
 自分の力からほどばしる、力。
 全てを潰そうとする破壊衝動が警告のように鳴り響く。
頭が割れそうに痛い。
「ぐっ………が嗚呼嗚呼ああッッ!」
 これが、恐怖か………?
 いっそ、壊れてしまった方が楽かもしれない。
 本気でそう思ったが、手立てすらももう考えられない。
 どんなに諦めていても本能が、抵抗をやめようとしない。

 ただただ、獣のように吠え続けた。

 それは長い、時間のようにも思えたが、実際短かったのかもしれない。
 後は覚えてない。

 視界が晴れた頃には、何事もなかったかのように痛みも引いていた。


「……とうとう覚醒したか」
 痛みが引いてすぐに目の前の、シェラが怖い顔のまま呟いた。
「かくせい…………?」
「カズ………お前」
 後ろの二人は俺を見てあきれ返っているようだった。
 なにが、あった?
 なにが、起きたんだ?
「まぁ、人それぞれ発動条件はあるがな。ほら」
 そういうと、シェラは懐から鏡を取り出すと、俺に投げて寄越した。
 って、なんでふりかぶって思いっき…………。

 どがっ。

「って〜っ」
 んなことを思ってる暇もなく、眉間に突き刺さった。
 目から火が出るってことを初体験。
 ちかちかする。
「カ、カズ…………それ」
 投げ渡された鏡で自分の顔を覗き込む。

 …………違和感。

「…………シェラ、さん?」
「なんだ」
 腕組みをしてシェラがこちらをにらんでいる。
「なんで俺の髪………赤いの」
「覚醒したんだよ。オッドアイはスカイで戦っていくには致命的な欠点がいくつもある」
「欠点…………?」
「まず、視界だな。覚醒したなら今、両目が見えるはずだ」
「あ…………」
 言われて、初めて気づく。
 片目ずつそれぞれつぶってみても、視界からシェラの顔が消えることはない。
「そして、覚醒の証としてその髪が己の属性に近いものに反応する」
「属性って………なに?」
「ほら、自分の本能にしたがった女の子のタイプとか………」
「意味が分かりませんが、たぶんそれは違うと思います」
 いつのまにか横にいたココノが裕也に突っ込みを入れている。
 一つ呆れたような息をついて、シェラが言葉を続ける。
「一彦には、『火』がついたらしいな」
「火?」
「スカイは、アースに比べて『魔力』と呼ばれる力の密度が高い。そのためアースの人間がスカイに来ると、潜在的に持っている魔力の質が突然『発現』することがある」
 シェラが手を差し出すと、炎が掌から飛び出た。
「私のは『炎』だがな」
「何が違うんだよ」
「魔力の質だ。こればっかりは精神力の差だろうな」
 シェラは俺を見て余裕そうに鼻を鳴らした。
 なにげに自慢をされているのか?
 ちょっとむっときたが、その辺はこらえる。
「ココノちゃんに邪魔されたくせに」
 裕也がつぶやいた瞬間、何もないところで体がひっくり返る。
「黙れ」
「………マスター、それじゃ」
「町の塔を攻撃したのは確かだが。町の兵士は貴様等をおびき出すための傀儡だ」
 シェラはそこまで言うと、腕に巻いていた腕輪に手を翳す。
 腕輪は一度光を放つと、しばらく点滅した後に光を失った。
「一度に五十もの傀儡を同時に扱ったことはなかったからな」
 どうやら、魔力を放出しつつ戦われていたと言うことは、相当手加減をされていたのだろう。まともに来られていたら、間違いなく一撃目に魔法を繰り出されて終わっていたはずだ。
「………マスター、もう戦わなくてもいいんですよね?」
 裕也の肩に陣取ったココノが泣きそうな顔で言った。
「………………構えろ、小山一彦」
「!」
「ッ!」
 突如険しい顔に戻ったシェラが再び構えをとった。
「なんで?」
「私は、お前がヘンリー様に通用するとは思えん…………絶対的に経験値が少なすぎる」
 シェラの掌から舞い出た炎が、宙に浮く。
 イリュージョンみたいなタネのない本物の、『魔法』。
 さっきの炎とは桁違いに強い力を感じる。
「でもシェラさんがいれば…………」
「私では奴にはかなわないだろう」
「シェラさんより強いの?」
 裕也が面倒くさそうな声を上げる。
「前置きはもうこの辺でよかろう。文字通り全力でいかせてもらうぞ!」
 突如、シェラの回りの空気が激変した。
 逆巻く風に導かれるように、炎がシェラを中心に渦を巻く。
「ちょっ、今度こそ冗談だろ!」
「あれが冗談に見えるか!」
 炎は見る見るうちに膨れ上がり、一つの形を成した。首を突き出して、町中に届くような高い声が頭上に響き渡る。
「とり…………」
「まぁ、鳥だな」
「立派なとさかです」
「………」
「………」
「……なんで鶏なんだ?」
「そりゃ、ちょっと本人に聞かないと…………」
「マスター、昔ポッポっていうニワトリさんがいて………」
「ココノォッ!それ以上言うなあっ!」
 目の前の敵から叱責が飛んできた。
「あ、はい」
「素直に聞くなって」
「それで?どうなったんだ、続き」
「ココノォッ!言ったらお前から消し炭にするぞッ!」
 もはや俺たちはどうでもいいらしい。
 シェラもからかうと非常に面白い事が判明。
 メモでもしておきたいが、剣を手放すわけにいかない。
 ただ、あの炎のニワトリ相手に剣が通用するとは思えないが………。
「ええいっ!もう茶番は終わりだッ!」
「茶番にしたのは誰だ………」
「やかましい!行くぞッ!」
 炎がひときわ大きくなると、ニワトリがもう一度高らかに声を張り上げた。
 きんっ、と耳鳴りが強くなる。
「みみが、いたっ」
 裕也とココノが耳を押さえてへたりこんだ。
「座るなッ!来るぞ!」
 一度全てが集まったかのような収縮音の後、一気に何かが解き放たれた。
「チキン・フレイムッ!」
「なんだそのネーミングはっ!」
 ネーミングはともかく、威力は絶大らしい。
 すさまじい熱量を伴って、ニワトリがコチラへ羽ばたいてくる。

 ………いやな光景だ。

「一彦さん、ありったけのイメージです!」
 耳を塞ぎながらココノが叫んだ。
「なんだ、イメージ?」
「魔法って、イメージなんです!だから、あの…………」
「遅いっつーのッ!」
 ココノの叫びに近い説明が、ニワトリが地を這う轟音にかき消されて、聞こえなくなる。
 瞬く間に、俺たちは炎の中に身を………。

 委ねなかった。

 一瞬の後、ニワトリが作りだした風が、髪を撫でてゆく。
「熱く……ない?」
 掌を見ても、どこかこげた様子はない。
 周りをみても、その辺に自分の肉体が転がっているなんてことはない。一瞬で消滅したのなら話は別だが、後ろに裕也もココノもちゃんといる。
「な……なにをしたんだ、カズ?」
 きょとんとした顔で、裕也が見つめる。
「さあ」
 俺はそう返すのが精一杯だ。
「さあって……現にあのニワトリは、消えちまったし」
「一応、インタラプトは成功したみたいです」
「いんたらぷとって……今のココノちゃん?」
「違います。今のはたぶん、一彦さんの魔法防御です!」
「俺?」
 自分を指差すと、ココノが首を縦に振った。
「すごいです、何にも教えていないのに。あの『臆病者のかがり火』との異名を持つチキン・フレイムを跡形もなく消し去ってしまうなんて」
それ強いのか弱いのかまったくわからない。
「でも、俺何にも………」
「あんがい、助かりたいっていうイメージが壁を作ったんじゃないか?」
「きっと、そうですよ!」
 安直だな。
 ま、助かったのなら、今はそれでいい。
 俺はシェラのほうを向いた。
「……どうする、まだやるか」
 偶然で助かったのに、俺は強気に出た。
「いや、お前の力は大体わかった。今日は引かせてもらうとしよう」
 シェラは手を組むと、忍者のように幾度か素早く組み替える。
 突如、彼女の足元が淡く光り始める。
「あれ忍術じゃないのか?」
「魔法と言い切られるのがオチだ」
 俺はそういうと、足元から徐々に透けてゆくシェラを睨みつけた。
 シェラは、対照的に俺を見て微笑んだ。
 美人だけに、戦いあった後でも色香を残す。
「いい顔だ」
「アンタにそっくり返すよ」
「ふっ」
 意味ありげに俺のイヤミを鼻で笑い、シェラが方陣の中で金色の粒になって消失した。

『はぁ………』

 長い沈黙の後、三つの溜息が、ちょうど重なった。
 自然と視線が合って、俺たちは、そのままその場に倒れこんだ。

 極度の緊張って言うヤツだろうか。

 今は、偶然が重なって退けられた。
 ただ、次はどうかわからない。

「あっ、シェラさん、剣忘れてった」
 上体を起こしたままだった裕也が、意外そうな顔でそっちへよろよろと歩き出す。
 相当のダメージなのに動いていいのか微妙なところだ。
「また、戦わなくちゃいけないんですよね………」
 耳のすぐ横で、ココノがやはり呟くように言った。
「そうでもなさそうだぞ」
「えっ?」
「いくら目の前に敵がいるからって、相手に有利になるような武器を置いていくわけないだろ。いろいろ助言してくれたしな」
「そうでしょうか……?」
「じゃなきゃ、俺を覚醒させる意味がないだろ?」
「実験サンプルの力をより強くさせるためだとしたら……」
 さらりといやなことを言うココノ。
 ココノって、意外とマイナス方向に考え出すと止まらないタイプなのか?
 ココノの声がするほうへ、手を寄せる。
 ちょうど、偶然に頭を撫でるような格好になった。
「今は、とりあえずいいほうに考えておこうぜ」
「…………」
 掌の中が、かすかにだが震えた。
 そして小さくだがココノがうなずいた。




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