第六章・空を翔るもの
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「ほう?」
ヘンリーは玉座を降りると、一度物珍しそうな顔でシェラを見据えた。
「スカイラウンダー、だと?」
「はっ、覚醒させることに成功いたしました」
相変わらず、シェラの顔はヘンリーに内面を読ませることはない。
「オッドアイとはただ、異界の者の呼称に過ぎんが………まさかスカイラウンダーとはな」
「少々手荒なマネをいたしましたが、外傷はありません。ご安心ください」
「そうか。よくやった」
「はっ」
軽く頭をたれて、シェラは踵を返した。
「シェラ・マギス」
「なにか」
振り向くことなく、その言葉がヘンリーへと返る。
「スカイラウンダー………いや、一彦はこちらへ来るのか。あの娘を捕らえてもう三日だ。そろそろ我慢にも限界というものがある」
「間違いなく理奈を連れ戻しに来るでしょう。ココノには生成時に私と同じ魔力のカケラを埋め込んであります。反応は、もうこの街の、どこかにいると」
ヘンリーは、口をゆがめた。
「そうか。ならば今夜中に町中に触れを出しておけ。明日こそ、最強のホムンクルス誕生の日だ」
ヘンリーの近くにいた兵士が、指を指されてかしこまった。
「はっ」
そういって、部屋を出て行く。
「シェラ、ご苦労だった。さがってくれ」
「はっ」
短い声を残して、シェラはその場を立ち去った。
「シェラ・マギス、か」
はき捨てるような言葉に、窓の縁に座っていたリリスが意外そうな顔をする。
豪勢な割の部屋には、今ヘンリーとリリスしかいない。近衛兵も、今はオッドアイ奇襲に備えて扉の外にいる。
「我が主人が、どうかなさいましたか」
「いや、どうということはない」
「………?」
「先代の末姫にして、悲運のオッドアイ……ヤツをたとえる字はいくらでもある」
リリスがヘンリーの話についていけないでいるので、部屋を支配するのはやはり沈黙だった。
「ヘンリー様」
「なんだ」
「いえ………」
時々だが、リリスはそんなヘンリーがとても不安になる。
あくまで、表には出す事はないが。
「なんでもありません、すみません」
「そうか?お前たちホムンクルスはバランスがまだ不安定だ。無理はするな」
「は、はぁ………?」
いつになく優しい言葉に、リリスは戸惑う。
なにか、みてはいけないものを見てしまったような気になる。
「なぁ、リリス」
「は」
「お前は、これから私が起こす事に恐怖を感じるか」
すっと、自分を見据える眸。
あまりにまっすぐに問われた問に、リリスは一瞬躊躇した。
「え………?」
戸惑い続けるリリスの顔に、ヘンリもつい目を逸らした。
「それは、どういう………」
「………いい、忘れろ」
瞬時の後、ヘンリーは短く言い放つと玉座から立ち上がる。
「リリス、シェラを追え。おそらく闘技場に併設した奴隷剣闘士牢に向かったはずだ」
「…………」
「リリスっ!」
「あ、は、ハッ!」
戸惑いながら、リリスは己の失態を恥じながら、逃げるようにして部屋を後にする。
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