「利用した者、させた者」
著者:創作集団NoNames



   −2−

 午後一時十五分。
「ええーと。この辺りかな・・。」

 耕二は見慣れない通りに出た。
 喫茶店で靖子と別れた後、耕二は早速名刺に書いてある番号に電話してみた。衆議院議員の息子というくらいだからなかなか多忙な生活をしているのでは、などという勝手な想像とは裏腹に幸太郎はすぐに電話に出た。そして、靖子のことで話があるから会いたいと言うとすぐに承知してくれて、待ち合わせ場所を決めた。耕二は、さすがに幸太郎に気を使い待ち合わせ場所は彼に指定してもらった。今その喫茶店に向かっているところだ。
 いや、向かっていると言うよりも探していると言った方が正しいだろう。幸太郎に何度も詳しい場所を聞いたのだが、耕二は極度の方向音痴のためなかなかたどり着けない。
「喫茶『HIDEKI』よし、ここだ。間違いない」

 何とかみつけると、耕二は、耕二は待ち合わせ時間ギリギリなのに気付き、急いで中に入った。
「いらっしゃいませ。」

 店員の出迎えの声を聞きながら店内を見回してみると、耕二は一つ疑問を感じた。
「結構普通の喫茶店だな・・」

 耕二はこれも勝手な思い込みのせいか、衆議院議員の息子が指定した店と言うからにはどんな高級そうな店が出てくるのかと思っていたが、いざたどりついてみると、さっき靖子と入った店と大差はない。
 それはそうと、耕二は店内に幸太郎が来ていないか探そうとした。
「遠藤耕二さんですね。」
 耕二が店内を探し始めるより早く、窓際の席から男の声が聞こえた。耕二が振り返るとそこには丁度耕二と同じくらいの歳で身長はやや高め、スーツ姿に整えられた髪形の男がいた。顔は爽やかな雰囲気を漂わせ、いかにも男前といった感じだった。
「初めまして。鯉墨幸太郎と申します。どうぞこちらに。」
 耕二は言われるままに窓際の席に歩みよったが、その顔には明らかに不満の表情があふれている。おかしい・・いくらなんでも・・。
 頭のなかでいろいろ考えながらも、耕二は幸太郎の向かいに座った。
「遠藤さん。早速、電話で話していた事なんですが・・」
「その前にちょっといいですか?」
耕二は幸太郎の話を遮った。
「はあ、何でしょう?」
「なぜ僕が遠藤耕二がだとわかったんですか?」
「え、何故ってそれは・・」
「今僕はこの店に入って十秒とたたずにあなたに声をかけられました。けれどそれっておかしくないですか?僕は電話で自分のことは何一つ話していない。そして貴方のことも何一つ聞いてない。だから僕はとりあえず店内を見回してそれらしい人を探そうと思いました。でも貴方は今、迷わず僕に話しかけてきましたよね?」
 幸太郎は突然の不意打ちに大いに慌てた。その慌てぶりを見ていると何か隠しているのは明らかの様に見える。
「そ・それは・・たまたま貴方が僕のイメージしていた方とぴったりだったから。それに電話で話した限りだと僕と同じくらいの年齢の方だと思われたので間違いないと。」
「・・そうですか。いや、つまらない事を聞いてすいませんねえ。どうも最近推理小説の読み過ぎで。」
 耕二は険しい表情を一転させて幸太郎に笑顔を見せた。勿論全くと言って良いほど納得はしていないが。
 とにかくそれを見て、幸太郎もとりあえず安心した。
「いえ。それで靖子さんの事でお話というのはいったい・・」
「ああそうですね。靖子さんから聞きました。貴方との関係を、それと・・」
「理沙さん・・婚約者の事を・・ですね?」
 幸太郎は耕二に最後まで言わせずに言葉を挟んだ。
「はい。靖子さんはとても苦しんでいます。幸太郎さんの自分への愛は本物なのか?これから自分はどうすれば良いのかと。」
「靖子さんのことは確かに愛していました。」
「過去形ですか・・」
 耕二は再び鋭い視線で幸太郎を見た。
「ええ。・・大変申し上げにくいのですが僕が今愛している人は婚約者の理沙さんなのです。」
「そうですか。じゃあ靖子さんとやり直す気は全くないのですね?彼女のお腹の子供のことは?」
 幸太郎はしばらく黙り込んだ。
「すべては僕の責任です。・・その、いかにもって言うやり方に思えるかもしれないのですが・・お腹の子についてはいろいろと援助させていただくつもりでいます。」
 その言葉を聞いて耕二は思わずこぶしを握りしめ、歯を食いしばった。
 しかし何故か耕二の怒りは頂点には達しなかった。
 何故だろう、この男には初めから変なぎこちなさを感じる。何か大きな隠し事をしているような・・。話している事についてもそうだ。まるで、台本を読んでいるかのような不自然な感じがする。
「わかりました。今日は貴方の本当の気持ちが聞きたくてここに来ました。今日のところはこれで失礼します。後日また出直してきますので。」
「はあ。そうですか。」
 そう言うと、耕二は立ち上がり幸太郎に背を向けた。
 幸太郎は何故か少しホッとしたような表情をした。
「そうそう。鯉墨さん。最後に一つ。」
「なんでしょう。」
 耕二は帰り際幸太郎に背を向けたまま話し出した。
「しつこい様ですけど僕のこと『遠藤耕二』ってわかったのは本当にイメージに近かったってだけなんですか?」
「そ、そうですが何か?」
 幸太郎は少しうろたえながら返事をした。
「そうですか・・。でもやっぱり変ですよね。」
「何がですか?」
「だって俺電話では『靖子さんの幼馴染の遠藤という者ですが・・』って言っただけで耕二っていう名は一言も口にしてないんですよ。」
 幸太郎はその瞬間顔色を変えた。そこに座っていたのはさっきまでの紳士的な男ではなくものすごい目つきで耕二の背中を睨み付けた。
「ではこれで。」
 耕二は幸太郎の変貌ぶりをみないまま、まるでそれを無視するかの様にその場を後にした。


 帰り道を歩きながら耕二はぶつぶつと声を出しながら考えていた。
『今日は何か変な一日だった。あの幸太郎という男は何か不自然だ。何と言おうと間違いなく俺の事を会う前からしっていた。今考えると今日の靖子もどこか変だった。いくらいざこざがあったとは言え普通お腹に子供までいるほど親密な男の名詞なんて持ち歩かないだろう。何かこれじゃあまるで今日俺が靖子に会って幸太郎の所に行くまでの道筋がすべて仕組まれていたような感じがする・・』
 そんな事を考えているうちに、耕二は一人暮らしのマンションのドアの前まで来ていた。いつもと全く同じように、無意識といっていいほどの感覚で鍵を差込みドアを開けた。
 その時だった。
「な、何だこれは。」
 耕二の部屋の中が激しく荒らされていた。泥棒にしてはちょっとやりすぎなくらい。いや、泥棒と言うよりもまるで部屋を荒らすのが目的だったかの状態だった。
 あまりの無残さに、耕二は立ち尽くし言葉を失った。
『誰がこんな事を・・』
 耕二は少しずつ自分が誰かの手の中で踊っている事に気付き始めた。なぜ自分が罠にはめられようとしているかはまだ見当もつかない。
 しかしこれはまだ、巧妙に仕組まれたシナリオの序章でしかなかった・・。




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