「利用した者、させた者」
著者:創作集団NoNames



   第三章

   −1−

 夜中降り続いた雨は嘘のように今朝は晴れ渡っていた。ラジオによると午前中は久々の晴天だそうだ。
 耕二は朝から仕事場へ行き、いつものように雑用をこなしていた。決してはかどる事の無い仕事、梅雨の晴れ間とは対照に耕二の頭の中は曇り空だった。
「…靖子…幸太郎…理沙…そして俺、それぞれが自分の望む道を求めさまよっている…」
 耕二は局宛のお便りの中身を整理しながら考えていた。その手の動きは遅くなる一方だった。
「…幸太郎は理沙を選んだ?それを聞いた靖子は・・理沙は俺を通して靖子に手切れ金を渡して来た…」
 耕二は作業を止め、深く考える。
「昨日、靖子への電話、本当のことを話しておくべきだったのか…」
 後悔はとめどなく耕二の頭の中を徘徊していた。
「おい、なにぼっとしてるんだ仕事しろ!!」
 耕二が考え事をしながら独り言を呟いていると仕事場の上司が後ろから怒鳴る。
「すいません、すぐに片付けますから」
 慌ててお便りに目を通す。しかし、すぐにその作業は虚ろになっていく。今日は仕事には来たくなかった。こんな混乱した頭で仕事ができるわけがない。
「…午後からは早退しよう、ついでに暫くは休ませてもらおう。有休は大分残っているはずだ…」
 今まで休むことなく勤めてきた自分の希望通りの職場。でも今の自分にとってはただの足枷にしかならない。
「…ゆっくりと考え、大局を見極める必要がある」
 そう思い立つと、今手元に残された仕事に集中できると感じた。
 午後まで2時間を切っていた。


 今朝は気分が優れなかった。夜型の自分にとっては、どうも朝に仕事があると言うのは体調を崩しかねない。
「いらっしゃいませー」
 客が来た。いつも通りの挨拶を言う。客はどうやら早めの昼食を買いに来たらしく弁当の棚を覘いている。他には本棚にいる客とは言い難い客が二人。
 耕二さんに今日は相談しようと思っていたのに…午後にでも電話しよう。
「悪いね、いつも来ている子が体調を崩したみたいで、代わりを探したんだけど、みんな都合が悪くて」
 控え室のほうから店長が靖子のいるカウンターの方に話しながら入ってきた。在庫のチェックをしていたのだ。
「いえ、仕方が無いですよ。困ったときはお互い様ということで」
 しかし、靖子の顔色は決して良好とは言えなかった。昨晩は眠れたと言っても、満足には時間が摂れなかった。
「本当に悪いね、疲れてそうだね無理はしなくていいよ。カウンターだけに専念してくれればそれだけで十分だから」
 店長はそう言うと、店内の商品の整理をしようと再びカウンターから離れていった。
 悪い人ではない、そう私の父を殺したあの男よりも悪い人間なんているはずがない。
「…それは大袈裟か…」
 そうポツリと呟いた。
 客がコンビニカゴをカウンターに乗せた。
 靖子はハッとしながら、直ぐに商品を手に取りバーコードを読み取る。
「1344円になります、こちら温めますか?」
 弁当を持って客に聞くが、客は首を横に振ったのでそのまま袋に詰めた。
「ちょうどお預かりします、ありがとうございました」
 いつも通りのセリフ、マニュアルだけの世界だったらどれだけ楽だろうか…
 靖子は客を見送りながら、考えた。
 いけないなー本当に疲れてるわ。
 あがりまであと小一時間、もう少しの辛抱だった。


 コーヒーを一口すすり受け皿に戻した。幸太郎は父と一緒に朝食を兼ねた早めの昼食を摂っていた。
 二人の間に会話は無い。
 昨日靖子と会った後、理沙はとんでもない事をしてくれた。僕にはもう選択肢はないのだろうか?やはり靖子とは…
「幸太郎、まだ悩んでいるのか?すでにお前の婚約者は決まっているんだぞ。あんな女とは金輪際会うのを止めてしまえ、そうすれば後はこちらで全て片がつく」
 潤一郎は冷たく幸太郎の思考を読み取っていた。
 所詮は親父の政治家としてのバックアップが欲しいだけの政略結婚だ。もちろんそれは、僕にも付くことになる。理沙が嫌いなわけでもない。これは幸せなことだ。でも自分が今本当に愛しているのは…彼には、真実を伝えておくべきだったかもしれない…
 幸太郎はすでにどうしようもない後悔をしている。
「父さんが言ってることは、分かっているよ…でも、彼女のことについては僕の問題だ、口を出さないでくれ」
 幸太郎は悩む頭で父親に返した。自分ではどうしようもないのに…
「……」
 父は言い返されて言葉を失った。
いや、潤一郎は父としてではなく、政治家『潤一郎』としてこの関係を早く片付けてしまいたがっている。そんなことは幸太郎には十分わかりきっていることだ。
「…さて、私は先に行くとするか…お前も早く準備をしろ」
 潤一郎は席を立つとネクタイを締めながら退室していった。
(準備って…皮肉か?)
「すぐ出るよ…」
 そういって二人分の食器を台所に運んだ。これはいつものことだ。
 暫くは靖子とは会えないな、少し休みすぎた。いいかげんに今の仕事を片付けなければ。
 幸太郎は暫く身動きの取れない自分を想像し、そして思考を切り替えた。政治家を志すものとして…


 …つまらんな…




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