「利用した者、させた者」
著者:創作集団NoNames



   −2−

 車のヘッドライトが、誰もこないはずの消しゴム工場に流れ込むと、利用した者は時計をみやり、にやりと笑った。
 時刻は大体九時をさしている。
 時間どおりのご到着だった。
 ヘッドライトが工場前でひときわ明るい光を作り出すと、やがてそれは車のエンジン音とともに消えた。
 工場内は暗闇だったが、港湾地区から流れてくるポールの高い外灯のおかげでなんとか薄明かり程度には物が判別できる程度にはわかる。
「暗いなぁ」
 正面の鉄扉をあける音がして、男がぼやいた。
「………」
 続けて入ってくる逆行で影に見える細い影は、何もいわずに男に続いた。
「おーい、いるんだろう。電話の主!」
 男は、こちらがわの暗がりに向かって、大声を上げた。広い工場の中を反響して反響して、くわんくわんと空間全体が震える。
「ああ。ここにいるよ」
 利用する者はなんとか聞こえる程度の声を残して、今まで座っていた機械の上から立ち上がった。
「そこか」
「今行くよ。外のほうが話しやすいだろ」
 そういうと、暗がりの中迷いもなく彼らのもとへ歩き出す。
「…………」
 入り口に立つと、外灯の明かりがまぶしくて目がくらんだがそれでも平然とした顔をしてみせる。
 写真以外ではじめてみる幸太郎の顔も、一度あったことのある靖子の顔も、なんとなくだが怯えているように見えた。
「はじめまして」
「俺たちを脅す用事があるとかいっていたな」
「俺達……?ああ、またどうにか今だけくっつけ合わせてるの?君たちは別れる寸前だったのに、邪魔しちゃったかな」
 幸太郎の顔がこわばった。
「それは!」
「会話を盗むのは、情報収集の基本だよ」
「おまえそれ、犯罪……」
「あのね、そんなキレイゴトなことやってる人が、脅しの話題で人を呼びつけたりしますか」
 幸太郎が押し黙る。代わりに、幸太郎の少し後ろにいた靖子が一歩前に踏み出た。
「それで、用件は何なの」
「まあ、今のところあんたのほうが話はわかるわけか」
「その笑いを止めて、不愉快だわ」
「なんで?これから物語が終わろうとしているのに、どうして笑わないでいられるの。今回僕に関わったすべての人間は、もう破滅するっていうのに」
「っ!」
「とりあえず、ここまでの舞台、お疲れ様でした」
 利用する者は丁寧にお辞儀をすると、彼らを見た。
「後は遠藤耕二だけが、僕に対抗できる唯一の人間だった。だけど、津島理沙を利用として逆に深みにはまるっていうのも、なんだかかわいそうな末路だよねぇ」
「耕二君が?」
「ああ、今のところ、奴が一番僕に近づいていたんだよ。敢えて、君に迷惑がかかるまいと思って末端を演じてたみたいだけどね。君は彼を利用するつもりで、逆に負担になっていたんだよ」
「……そんな」
「君のおばあさんも、そこんとこ心配してたねぇ。君は誰かに頼らざるを得ない人間だから、自分が消えたらそのことが心配だって」
「………え?」
 少年は得意そうな顔のまま、続けた。
「つい最近まで、八重さんに老人ホームを勧めてたしつこかったセールスマンいたろ?」
「まさか……」
「そう、あれ、僕なんだよ。今とりあえずのーんびりしてるだろうけど、この後君が耕二君に協力したりでもすれば……どうなるかわかるよね?」
「お婆ちゃんは………あの人は関係ないじゃない!」
「関係あるよ。君の人質」
 靖子を指差して、利用する者はけたけた笑い始める。
「ふざけるのも大概にしろッ!」
 怒鳴り声を上げて、幸太郎が利用する者につかみかかろうとするが、彼は軽く幸太郎をなぎ払い、一歩後ろへ間合いをおいた。
「幸太郎さん。元はといえば、あなたがいけないんですよ。あなたが不甲斐ないせいで、お父さんは親離れができないし、理沙さんはあなたとは憎むようになっちゃうし」
「黙れッ!そんなのは俺の責任じゃない、親父は親父だ!」
「あれあれ、そんなこと言っちゃっていいんですか?あなたを思って、僕を雇い津島産業をつぶそうとしたのは、元はといえばあなたのお父さんなんですよ」
「そんなこと頼んじゃないだろう!」
「そうやっていつまでも子供だから、周りが認めてくれないんですよ」
 今にも噛み付きそうな顔の幸太郎を、余裕の笑みで見下ろす利用する者がいた。
「ちなみに「とある風俗の人」と付き合っているっていう情報を理沙さんに渡してあげました。もう婚約の破棄は告げたんでしょう?」
「な………」
「あなたは己の愚かさゆえに、復讐されるべきなんですよ。ねえ、いつまでも子供でいたいなんて、思ってませんよね?」
 利用する者の顔が、若干だが変化した。
 得体の知れない感覚をまとい始めているのを靖子は感じた。物で考えてわかるものではない。彼自身が特有に持っているなにかだ。
 靖子は、己が抱いた恐怖を打ち消すかのように彼のほうを向いた。
「あなたが最終的に成し遂げたかった事って、なんなの?津島産業を破滅させたり、幸太郎さんを記事で潰そうとしたり……何がしたいの?」
「ボクが最終的にすることは、君が言ったとおりの事さ。双方の依頼どおり『相手方の組織を潰してくれ』だからね。ボクは津島側からも、鯉墨側からも依頼を受けていた。だから、両方とも潰す事にしたんだよ。僕なりのやり方でね」
「その過程で耕二君や私を巻き添えにした」
「ああ、その通りだよ。特に君は願ってもいない騒動のタネだったからね。うまいこと利用させてもらった。案外、遠藤耕二もいい役してたよ」
「そりゃどうも」
 ケシゴム工場の脇のガラクタの陰から、聞きなれた声がした。
「ッ?」
「…………耕二君?」
 靖子が、いやその場にいた三人がその暗闇を凝視する。
 しばらくして、勿体をつけたように耕二がその陰からすっと現れた。
「な、何でお前がここにいるんだよ!」
「ちょっと匿名の電話があってな。九時ごろからこの辺で集まるらしい事を聞いたから」
「……僕の防諜を破って盗聴を仕掛けるなんて、ありえない」
「まぁ、おいおいそれが誰なのかは話してやるよ」
 耕二は靖子達と利用する者の間に立つと、利用する者へと視線を動かした。
「残念ながら、幕はまだ降りちゃいない。とりあえず口上だけは述べさせてやったが、お前のプランには致命的な欠陥があった。下調べはもう少しちゃんとしておくんだったな」
「………どういうことだ」
 耕二はそれには何も答えず、耕二が出てきたあのガラクタの陰を指差した。
「もう、出てきていいよ」
「な………なんでお前までここにいるんだ!」
 出てきたのは、津島理沙だった。




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