「利用した者、させた者」
著者:創作集団NoNames



   −3−

 わけがわからず、利用する者は唖然として理沙のほうを見やるだけだった。
 耕二はそれを見て満足そうに口の端をゆがめると、口を開いた。
「お前が状況の把握で見落としたのは、そこにいる靖子さんが「別れさせ屋」だと知らなかった事実だ」
「ッ!」
 利用する者の眸が大きく、靖子の姿をとらえた。
「だから事情がややこしくなった。二回目の電話で、お前は靖子さんが完全に自分の意思なくこの事件に巻き込まれているような発言をしてる。だから、靖子さんと幸太郎さんが『偶然』出逢ったものと思い込んで話を進めた。だから、途中で元々二つだった事件がこんがらがったんだ。俺は靖子さんはお前が放ったものだと思い込んでいたから、そこに違いがあった。つまり、そこを見抜いた時点で俺は理沙が幸太郎に対して嘘をついていることを知った。昔、俺をつてにして靖子に渡された手切れ金は実は依頼料であって、その事実を嘘で上塗りする形でうまいことお前にばれないようにもう一つの事が運んでいた」
「…………確かに、今聞くまでそれは知らなかったよ。だが、君と理沙がここにいる明確な理由には結びついていない。僕のシナリオでは、君達はこの時点で喧嘩別れをしているはずだろう。現に僕はその電話を聞いている」
「まず、俺は初めからお前を信用していない。だから、反抗しようと思ったことが一つ念頭にある。状況をなんとか打開しようと思ってな。だから、お前を出し抜く必要があった。 そして、この話が進むにつれて、お前の事が少しだけ分かって来て気付いたんだ。
 お前は、実体がわからないように『自分では手を下さない』ってことにな。現にお前は互いを破滅させる書類は自分の手ではなく、敢えて適当な理由をつけてここにいる靖子さんと理沙さんに渡している。
 お前の指示書に書かれていたのは、靖子から受け取った脱税書類をコピーして、理沙を強請る、という事だけだった。理沙をゆすったときに気付いたんだ。このままだと、報復を受けるのは自分じゃないか、ってね。
 つまるところ、お前は俺も最後の最後には切り捨てるための要因として末席に加えていた」
「まあ、誰でも良かったんだがね。関わった上で無傷で舞台を終えるのは僕だけで十分だった。ストーリーテラーなんていても仕方がないから」
 利用するものは、さしてふしぎでもないように肩をすくめた。
「だから、理沙さんをこちら側に抱き込む事にしたんだ。そして、賭けは見事に成功した。
 お前は遠くからこちらを見ていたわけじゃない。ただ盗聴の感覚だけで、こちらを推察していたに過ぎないってコトだ。一番最初のとき、踏切の音が聞こえた。踏切はこの街じゃ滅多に見ない。つまるところこの街の端のどこかか、別の町にでもいたんだろう。
 だが、こちらを見るにしても、お前は書類を逐一確認する事はできなかったんだ。
 お前と同じ手を使って、俺も理沙を脅して協力を要請した。このネタをばらされたくなかったら、最後のページに書いてある手順を実行しろ、ってね」
「…………確かに、盗聴じゃわからないものね」
「そうやって僕をはめたわけだ。盗聴される事を敢えて予想して、君達は喧嘩別れを『演じた』というわけか?」
「アンタは見事にはまったのよ。私達が演じた「劇中劇」にね」
 理沙が、得意げに鼻を鳴らした。
「津島側が俺を狙ってきた行動が早かった事からも見て、敵対している者がいた事は間違いない。お前は俺をそちら側の人間と偽って攻撃を仕掛けさせた。だから俺はお前の言った出版社で、お前の名前を使って出版を控えてもらうようにあえて逆の発言をし、桜越にはあえて情報をリークするように言われたといって桜越から鯉墨側へ届くように嘘の情報を流した。
 反応は抜群だった。すぐに婚約が打ち切られ、敵対していた事が明るみに出た。つまるところ、やはりお前が元々所属していたのは、さっきも言ってた通り鯉墨潤一郎の下だったってわけだ。お前はその後理沙の下へ戻り、今度は鯉墨側の方を潰しにかかる。期待のホープがいなくなれば、潤一郎の地盤までもが危うくなることを画策しての事だ。
 案の定、お前は俺と結託していた理沙に近づいて、この書類を手渡した」
 そういって、耕二は後ろのナップサックから茶封筒を取り出す。
「お前はこれで双方の転覆を図った。だが、理沙さんは指示通り俺と喧嘩別れを演じた際に、お前が使った手を洗いざらい電話でぶちまけて俺に伝えてくれた。それで俺が最後に全ての責任を被ることの裏づけが取れる」
「……………ハッ、ハハハハ」
「なにがおかしいッ」
 幸太郎が叫んだ。
「よく出来たよ。今度こそ完全回答。まるで僕よりさらに高みから僕を見ていたような推理だった。まったく見事。おそれいったよ」
 利用する者は両手を挙げて、軽く笑って見せた。
「だがね」
 急に、顔が変わり耕二をにらみつけた。
「今のでは、机上の空論に過ぎない。君の話には物的証拠が何一つありえないんだよ。もう取引のほうは双方で非合法成立しているから金のほうは戴いてしまったし、もし金があったとしてもそもそも明るみに出せるものじゃない!」
 初めて、利用する者の声が荒くなった。
「さあ、僕を警察に出頭させるためには明確な証拠が必要だよ。出してみてよ!」
「……その前に、一つ言っておくことがある」
「なんだよ」
 不機嫌そうに、利用する者が口を開いた。
「君が防諜してまで会話を防いだのにどうやって俺がこの時間、この場所にいることができるのかだよ」
「それが今更どうしたっていうんだ」
「もし、君が電話をかけた二人のうち、どちらかが元々俺とやりとりをしていたらそのまま電話以外で物を伝える事は可能だよな?」
「ッ!!」
「なぁ、幸太郎さん」
「…………」
 幸太郎は黙ったまま、利用する者を見据えていた。
 利用する者の顔が引きつる。
 まさか、こいつまで俺のことを欺いていたのか。
「と、言うわけだ。俺たちは一応お前の見える限界範囲の更に奥で繋がっていたってわけ。だから、烏合の衆よりも多少は結びつきが強い」
 耕二が、利用する者へ一歩踏み出した。
「お前を、警察に出頭させる優しげな心など、初めから持ち合わせちゃいないんだよ」
「!」
 耕二に釣られるようにして、三人の足が一歩前へ踏み出す。
「な、………どういうこと」
「こういうことだ」
 耕二の低音と共に利用する者の体は突き飛ばされて、ケシゴム工場の闇の中へ消えた。
 四人がその後を追って闇の中へ没し、鉄扉が閉められると辺りは閑散と静まり返る。
 後に、残ったいつもの景色は淡々と夜の時間を消化していくのみだった。




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