第一章
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「…………嘘だろ、こんなの」
冷蔵庫の扉を開けて中を覗き込んだ時、思わずそんな言葉が口をついて出た。
中に入っていたのは、確かに昨日飲み干したはずの大量のビール。
「こんなこと、あるはずがない」
部屋の中はきれいに片付いており、ゴミなんて一つも落ちていない。
まるで、昨日この部屋には客など来なかったかのように。
見慣れたはずの部屋の風景。それが今や、安っぽいハリボテのようにしか見えない。
気を落ち着かせようと椅子に腰掛けると、テーブルの上においてあるリモコンが目に入った。
それを手に取り、テレビへと向ける。
……電源を入れたら、きっと後悔する。けど、それでも……
暑いはずの部屋の中で、鳥肌が立つのがわかる。喉の奥はカラカラに乾いていて、痛みすら感じるほどだ。
その逡巡は永い時間を要したのか、それとも刹那に過ぎなかったのか。
問いに答えが出ることはなく、震える指はボタンを押した。
『―の天気は晴れ、最近暑い天気が続いてます熱中症に気をつけましょう』
テレビから流れるのはいつもと同じような天気予報。
普段なら聞き流すような情報に、意識のすべてを傾ける。
だが、今日の天気と気温をアナウンサーが告げると、CMに変わってしまった。
「チッ。こんなときに」
CM明けを待てずに他のチャンネルに変えると、同じように天気予報がやっていた。
『―それでは、今週の天気をお知らせします―――』
画面には今日から七日間分の天気が映された。
その先頭、つまり今日の天気の部分に表示されている日付を確認する。
そして―――。
視界が、黒く、染まった。
まるで『見る』という行為を忘れてしまったかのように、両の目は自らの役割を放棄している。
それにつられたのか、耳までマヒしてしまったようだ。数瞬前まで聞こえていたテレビの音が、今は鈍い耳鳴りに変わってしまった。
なんだかとても、気分が悪い。
……落ち着こう。とにかく今は落ち着くんだ。
頬を思い切り叩き、なんとか気を落ち着ける努力をする。
一度立ち上がって目を閉じ、何度も深呼吸をしてから目を開く。
すると、テレビが見えた。当然、手にしているリモコンも、テーブルも、この部屋にあるすべてのものが正しい姿で見える。
つけっぱなしのテレビでは、まだアナウンサーが喋り続けていた。
『―週末は天気もよく、花火大会も問題なく――』
無言のままスイッチを切った。
そして、先ほど見たものを思い出す。
今日から一週間分の天気予報には、二十二日から二十八日までの日付が表示されていた。
認めるしかない、今日は二十二日なのだ。それはもはや疑う余地がない事実。
しかし、『昨日』も『一昨日』も二十二日だったではないか。
「そんなこと、ありえない」
同じ時間を繰り返すなんて映画やドラマじゃあるまいし、現実に起こりえるはずがない。
時間は流れ続けているのだ。昨日が終われば今日になり、それが過ぎれば明日を迎える。
一度過ぎた時間は戻らないし、同じ時間が何度も巡ってくることもない。
「こんなこと、あるはずがない」
それは判りきった答えなのだ。
だが、それならなぜ、
「だから、……止まってくれよ」
この体は、いつまでも震えているのだろうか。
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