第三章
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暗い。その場所はとにかく暗く、そして静かだった。
自分の手を目の前にかざしても輪郭すらわからない暗闇の中で、三人の呼吸音だけが響いていた。
ここに来てからもう三十分以上たっている。
そろそろ大丈夫だろうと思い、アルムが口を開いた。
「もう平気かな。さすがに顔も見えないんじゃ話がしづらい」
ボッ、と小さな音が鳴り、アルムの両手の間に赤い火が生まれた。
その明かりのおかげで、やっと三人は互いの顔を確認することが出来た。
「ふう、生きた心地がしなかった・・・」
軽く首を鳴らしながらヘクトが呟いた。
「同感ね。軍のやつら、ホントしつこいんだから」
トメがうんざりしたような表情でそれに答えた。
再びヘクトが口を開く。
「さて、これからどうするんだ?」
さすがにいつまでもここにいるつもりはない。このままでは体に汚臭が完全に染み付いてしまいそうだ。
「う〜ん。火を出した自分でいうのもなんだけど、このままじゃ気分的に息苦しいし、とりあえず別の場所に行きましょうか」
「そうね」
アルムとトメが立ち上がり歩き出すと、ヘクトもそれに続いた。
狭い通路を三人が一列になって歩いていく。
「……で、どこに?」
別の場所といわれてもさすがに曖昧過ぎる。
二人の後ろを歩いているヘクトが、当然ともいえる疑問をぶつけてみた。
「ん?ああ、別の隠れ家だよ。ちょっと狭い所なんだけどね」
前を向いたまま、振り返らずにアルムが答えた。
「…小机のやつ?」
「ご名答」
今度はトメが発した質問にも答えた。
話によると、小机にも隠れ家として使っているところがあるらしい。詳しく聞いてみたところほかにもあと数箇所、そんな場所があるようだ。
そういった面での協力者は結構多いんだよ、と先頭を歩くアルムが言っていた。
前に聞いた後援者、というやつらしい。
「へ〜。それでその小机にはどのくらいで着くんだ?」
すると前の二人はまったく同じ言葉を、まったく同じタイミングで答えた。
『さあ?』
「は、はい?」
思わず間抜けな答えを返してしまう。しかし、二人の表情は真面目だった。
「私はそこには行った事ないよ。アルムは何度かあったんじゃない?」
先頭を歩く男にトメが問い掛けた。
「あるにはあるけど・・・。徒歩で、しかもこんな道で行ったことはありませんから」
振り向いたアルムの顔には苦笑が浮かんでいた。
「まぁ、少なくとも日付が変わるまでには着きますから」
それを聞いたトメは露骨にいやそうな顔になった。ヘクトからは見えないが、次に発する言葉の口調で心情を理解する事が出来た。
「少なくとも、ってことは十分やそこらじゃ着かないってことぉ?」
まるでアルムが悪い、とでも思っているようだがそんな事を言われても困る。
「直線距離でも十キロ以上離れてますから。ましてやこの道ではなおさらです」
そう言って右手を軽く前に差し出した。
上に向けた手のひらの、そのすぐ上に浮かぶ小さな火のおかげで、少しだけ前方が見えた。
とはいってもそれ以外の明かりがないので、十メートル先程度すらみることは叶わない。
「う〜、メンドーだなぁ」
不服そうに一人つぶやく。しかし、それでも行くしかないのはトメも承知している。
そんなトメを見ているとふとアルムとヘクトの目が合った。
アルムは苦笑したまま軽く肩をすくめた。いつものことだ、とでも言いたいのだろう。
「さあさあ、足を動かさないといつまでたっても着きませんよ」
「ま、仕方ないよな。さっさといこうぜ」
アルム一人に任せるのも気の毒なので助け舟を出す事にした。
そして後悔した。
「誰のせいだと思ってるのよ!」
ものすごい剣幕で怒られた。しかし、別にヘクトが悪いわけではない完全な八つ当たりというやつだ。
(こ、この女。なんで俺のときだけ…)
口に出すと余計に事態が悪化しそうなので、ここは自分が大人になってこらえてやることにする。
「へいへい。私が悪うございますよ」
ったく、これだからガキは疲れるんだよな。
「………ヘクト」
すると先程とは打って変わって静かな声で話し掛けてきた。
「ん?」
トメがにっこりと笑った。
と思った次の瞬間、ヘクトにボディーブローを叩き込んだ。
「そーゆーことは心の中にしまっておいたほうがいいよ」
どうやら口に出してしまったらしい。
(くそ!何で俺がこんな目に)
ヘクトの脳裏にここにくる前の出来事が浮かんできた。
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