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「ふいー、やっと外の空気が吸える」
三人が小机にたどり着いた時のはちょうど日付が変わった頃だった。
「え〜っと、こっちですね」
アルムが坂道の方を指差す。その先は闇になれた眼でもうっすらとしか見えない。
唯一、道を知っているアルムが先頭になって、一同は歩き出す。
数分ほどその道を歩いていると、薄汚れた一軒家が見えた。
「あっ、アレですよ。外観も中もボロイけど、勘弁してください」
そう言ってインターホンを鳴らした。
一分ほどして玄関が開く。
そして、三人を出迎えたのはよく知った顔だった。
「やっと来ましたね。待ちくたびれましたよ」
『ケント!』
髪がボサボサになっているケントと一緒に、初老の男性も姿を見せた。
「さあさあ、中へどうぞ」
この男性がこの家の主人らしい。
その家の中はよく言えば古風、悪く言えばボロボロだった。
居間に通され、出されたお茶を一口すする。
「さて、では改めて。無事だったんだな、ケント」
「はい、なんとか僕だけは」
「となると、やっぱりあの軍人の言ったとおり、後の二人は捕まったのか」
命がかかっていただけに、本当の事を話していたようだ。
『ここで緊急ニュースです』
急にそんな声が聞こえた。テレビの類が見当たらないので、おそらくラジオなのだろう。
『本日未明、「ランドマークタワー」が何者かに爆破されました。軍からの情報によるとテロリストの仕業……』
ニュースキャスターの声がここでいったん途切れた。
「これって、ひょっとして…」
トメがポツリと呟く。
言いたいことは他の四人にも理解できた。
そして、ラジオから流れる声がそれを代弁してくれた。
『ただいま入りました情報によりますと、この事件の主犯は松竹トメというもので、その部下と思われる者を二名、軍が逮捕したもようです』
やっぱり…。
五人の心に同じ言葉が浮かんだ。
数秒ほどの沈黙の後、トメが口を開いた。
「軍の連中、ここまでやるとはね。たしかにテロリストとなれば、無理やり捕まえても保護法に触れにくいはずだし」
トメは軽く言ってのけるが、事態はかなり深刻な事になっている。
「おいおい、あっさり言ってるけどこれってやばいんじゃないか?」
おそらく『松竹トメの部下』に含まれているであろうヘクトが不安そうに声をあげる。
しかし、トメの答えはやはり軽いものであった。
「すぐここがばれるわけじゃないし、コレがあるかぎり二人も殺されはしないでしょ」
と言って取り出したのは例の紙束。
「でも人質なら一人いれば十分だしなぁ」
ケントがぼそっともらす。
確かにその可能性はある。軍の連中が、わざわざ二人も生かしておく必要性はない。
ここでアルムが一つの提案をした。
「ならこうしよう。俺が二人…じゃない、ジュールって人もいるから三人か。彼らを助けてくるから、みんなはその間にそれを解読する。どう?」
それを聞いて、ヘクトは自分がジュールの事を忘れていたのに気づいた。
(すまん、ジュール)
とりあえず心の中で謝ってから、アルムに答える。
「『どう?』って、あいつらは軍に捕まってるんだろ。そんな簡単には行かないんじゃないか?」
「そうよ、いくらなんでも一人でなんて危険すぎない?」
そんな心配をよそに、アルムはどこか楽しそうだった。
「大丈夫、別に全滅させるわけじゃないし、侵入するなら一人の方がやりやすいですから」
強襲すればアルムなら簡単に軍人達を殺す事が出来る。なら確かに一人の方が都合がいいのだろう。
トメが睨みつけるが、やがて根負けしたようにため息をついた。
「仕方がないわね。んじゃ、こっちはこれをなんとかしますか」
持っていた紙束をケントに渡す。
「頼みます。それでは早速行ってきますね」
そう言い残してアルムは家を出て行った。行動の早い男である。
「いつもながら早いですねぇ。で、この変な暗号みたいなのは何なんですか?」
ケントに骨董屋であった事の説明をする。
「へぇ、これがFDの中身かぁ」
口調とは違い、その眼は真剣そのものである。
「私達じゃさっぱりだったの。何かわかる?」
尋ねられたケントは苦笑する。
「さすがにヒントが欲しいですね。これだけではさすがに何とも言えませんよ」
ヒントと言われ、ヘクトはある事を思い出した。
「そーいやこれ、地図らしいぞ」
あの時確かに『MAP』と書いてあった。その事をケントに告げる。
「何でそんなこと知ってるのよ」
「PCに表示されてただろう。お前が気づかなかっただけだ」
うるさいトメは軽くあしらっておく。
ケントの表情が急に変わった。
「地図?ん〜、なるほどね〜」
ケントが立ち上がって家の中にあった地図を持ってきた。
そして、手に持つ紙と真剣に見比べる。
「ひょっとしたら分かるかもしれませんよ」
その言葉にヘクトとトメはすかさず反応した。
「本当?」
「よく分かるなこんなもの」
「って言ってもすぐできる訳ではないので、皆さんは休んでてください。明日の朝までに何とかしますから」
時計を見るともう一時を回っていた。
色々あったせいで疲労もかなりたまっている。どうせヘクトらが見ていても意味がないので、その言葉に甘える事にした。
「そうさせてもらうわ。もう疲れちゃった」
トメはまるで自分の家のように、二階へと登っていった。
ヘクトが主人に与えられた部屋は和室で、中央には布団がきれいに敷かれていた。
(臭い服のままだけど、まあいいや。なんかもう疲れた)
ヘクトは目を閉じると、十秒もしないうちに夢の世界へと旅立とうとしていた。
(明日は少しはマシな日にならないかな)
薄れ行く意識の中で、ヘクトはそんな事を思った。
結局この日も朝から災難だった。
眠っている所に、いきなり頭を踏みつけられたのだ。
「さっさと起きなさい!いつまで寝てるの!」
踏みつけの次は胸倉を掴まれた。そして、そのまま起き上がらされる。
「何だよ。朝っぱらからうるせえなあ」
いきなりそんな事をされたら誰だって怒る。ヘクトももちろん例外ではない。
「ケントがアレを解読したの。さっさとそこに向かうわよ」
アレって何だっけ?と思ったが、すぐに昨日の出来事を思い出した。
「ああ、ホントに朝までに解読したのか。すげぇな」
寝起きなせいで、イマイチ頭が働かず気のぬけた返事になってしまう。
「すぐに準備しなさい。食事したらすぐに出発よ」
その言葉で自分が空腹なのに気がついた。
家の主人が用意してくれた朝食を食べていると、トメが熱心にテレビを見ている事に気がついた。
「何かあったのか?」
朝なのでニュース程度しかやっていないはずだが。
「逆よ、まだ何もない。アルムはまだ着いてないみたい」
テレビでは芸能人の結婚の事についてあれこれ言っていた。
そういえば、アルムが向かったジュールたちが捕まっている所ってどこなんだろう。
聞いてみようと思ったが、トメはすでに食事を終えて出発しようとしているところだった。
「うわっ。ちょっとまてよ」
残りを口の中にかきこみ、適当に噛んでのみこんだ。
そして、急いでトメの後を追う。
「それじゃあ、ありがとね」
玄関ではトメが主人に礼を言っていた。
ヘクトも世話になった礼を言って、外にでる。
「さ、出発しましょう」
外ではケントが車に乗って待っていた。少し古い型の電気自動車だ。
トメは助手席に、ヘクトは後部座席に座る。
主人に手を振ってから、ケントはアクセルを踏み込んだ。
「顔洗う暇さえなかったな」
「あんたが寝すぎるからよ」
そう言うトメは、昨日とは違う服を着ていた。
髪の毛からも、あの下水道のいやな匂いはしない。朝風呂にでも入ったのだろうか
ケントの方も髪を整え、清潔な格好だ。
返す言葉がないので、別の話題に変えることにした。
「仕方ないか。で、この車の目的地はどこなんだ?」
ヘクトが前で運転をしているケントに聞いてみた。
そして、ケントが答えた場所。
それは―――――。
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