「雨神探偵事件ファイル1 奇妙な助手」
著者:雨守



 都内某所、『雨神探偵事務所』。

 今日も穏やかな昼下がり、街角の一番目立たない所にたたずむ小さな事務所。
 一日一回開くか開かないかという扉が開いた。
 
 カラン。

「はいはい、いらっしゃ〜い」
 デスクに座っていた雨神探偵が対応に入る。
 雨神探偵は二十代後半のいかにも不精な感じの男。
 昼前だと言うのにさっきまで眠っていたらしく、その髪の毛は逆立っている。
「すいません、求人広告見てきました」
 扉を開いたのは若い女性。
 黒髪の落ち着いた雰囲気で、年齢的には女子大生くらいに見える。
 どうやら客ではない様だ。
「求人広告…」
 雨神探偵の笑顔が不敵な色に染まる。
「では僕の助手を志望される方ですね…?」
 雨神は満面の不敵な笑み。
 まるで暇つぶしを見つけた少年の様な眼差しだった。
「は、はい。そうですけど…」
 目の前の男の笑顔の不気味さにその女性は思わず引きつる。
「それでは早速、面接をさせて頂きたいと思います」
 雨神はデスクから面接用の書類を取り出し、向かい合わせに椅子を用意すると、そこに女性を座らせた。


「まずお名前は?」
「泉川真央です」
「歳は?」
「21歳」
「大学生?」
「凡教大学、経済科の三年次です」
「趣味は?」
「ダーツです」
「へぇ、女の子なのに変わってるねぇ」
「よく言われます」
「好きな食べ物は?」
「ジャガイモだけのコロッケ」
「ほうほう、じゃあ好きな芸能人は?」
「聞いてどうするんです?」
「…」
 そこで会話が中断した。
 雨神の意味のない質問に無表情で淡々と答える真央。
 その様子を客観的に見ると、とても面接には見えなかった。
「そう…ね。じゃあそろそろ本題に…」
 雨神はようやく真面目な面接に入ろうと、面接用書類を広げた。
「えと…、マオちゃんだったかな」
「泉川です」
「…はい。泉川さんね。探偵の経験は?」
「ありません」
「何か資格とかは?」
「持ってません」
「格闘技の経験とかは?」
「ありません」
「推理力に自信は?」
「ありません」
「…。じゃあ特技は?」
「ダーツです」
「…」
 また会話が中断した。
 場の空気は相変わらず。むしろさっきよりも気まずい。
 質問を次々と投げかける雨神探偵、無表情で答える真央。
 真面目な面接に入ったはずだったのに、雨神の手元にある面接用書類は未だ白紙である。
「あの…、ちなみにこの『雨神探偵事務所』を知ったきっかけは…?」
「道端でチラシを拾いました」
 つまりチラシは「捨てられていた」という事である。
「…。えと、僕の助手を志望される理由は…」
「楽そうだからです」
「…」
 再び会話が中断。
 これ以上続けても無意味だ、と悟った雨神探偵は最後の質問に入る。
「それじゃあ最後の質問ね。やる気はありますか…?」
「あります」
 淡白に答えられた。
「わかりました…。じゃあ面接はコレくらいで…」
 雨神探偵のため息と共に面接は終了した。

「ふふふ。やる気はある、か。その言葉が一番聞きたかった」
 雨神はさっきも見せた不敵な笑みを再び見せた。
「はぁ…」
 真央は何のこっちゃ、という表情で見ている。
「では泉川君。これから採用試験に入ろう」
「試験…ですか?」 
 突然の雨神探偵の言葉に、真央はふいを付かれる。
「探偵助手と言うのは口先だけで出来るものではない。これから実践的な試験を受けてもらおう」
「何をするんです?」
 真央は意外と興味をそそられたらしく、その内容を尋ねる。
「今日これから一人、権藤さんというお客さんが来る事になっている。何でも大事なものを探して欲しいらしい」
「はい」
「君にはそのお客さんの対応をしてもらおう。私は一切口を出さない」
「は、はぁ…」
 予想外に「実践的過ぎる」内容に、真央はあっけに取られる。
「あの、雨神さん…。質問いいですか?」
「質問はなしだ。君の思ったとおりにやってもらおう」
 雨神は厳しく言い放つ。
 かくして泉川真央、探偵助手としての採用試験が行われる事となった。

 
カラン。

 この日は珍しい。一日に一回開くかどうかの扉が再び開いた。

「ごめんくださいまし」
 入ってきたのは五十歳前後の気前の良さそうな初老人。男性である。
 これはどう見ても客の様だ。
「いらっしゃいませ」
 彼を出迎えたのは真央だ。もう採用試験は始まっている。
 この時は真央はさわやかな笑顔で出迎える。
 どうやら彼女も仕事となれば可愛らしい表情が出来るらしい。
 ちなみにこの時、雨神探偵は奥のデスクで偉そうに腕を組んでいた。
「あの、事前にお電話申し上げておいた権藤と申す者ですが…」
 権藤という男はひどく口調が変わっている。
 どこか品があると言うか、金持ち独特のオーラを放っていると言った感じだ。
「はい、うかがっております」
 真央は笑顔で対応。いかにもオフィスレディといった雰囲気である。
「何かお探し物、という事だそうですが…」
「そうなんですじゃ、わしの五百万円入ったトランクがなくなってしまいましてな。この先の大通りを曲った辺りでは確か持っていたんじゃが…」
 権藤は少し焦った口調で説明する。
「ああ、なるほど…」
 真央はその話を聞いて、即結論を出した。
「それでしたらこの事務所を出て、真っ直ぐ行って右に曲った所に交番がございますのでそちらに行かれるのがよろしいかと思います」
 真央はいたって笑顔で言う。
「おお、そうか。気が付かんかった」
 権藤は的確なアドバイスを受け、ひどく喜んでいる。
「ありがとな、お嬢さん」
「いえ、お気をつけて」

 カラン。

 早々に権藤は去っていった。
「…」
「…」
 しばらく辺りに沈黙が立ち込める。
「あの、雨神さん」
「…はい」
 ふと、真央が。
「私、採用ですか?」
「保留…」

 こうして意味もわからないまま、泉川真央は『雨神探偵事務所』に居つく様になり、世にも不思議なコンビが結成された。




[終]

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