「Burst!第四話」
著者:雨守



-1-
「なんだコイツ、ホントに一年かよ!?」
 凡々高校、二年生の中村太郎がコート上で驚愕の表情を隠せずにいる。

 スパァン!

「来た、絶好球!」
 サイは狙っていた球が返ってきて、目を光らせる。
 そして、肩を思い切り引き、大きなテイクバック。
 フルスイングの構えだ。
「うらぁ!」

 ズドァオン!!

 サイの懇親のショット!
 スピードも破壊力も申し分無い。

「ひいいいい!!」
 中村太郎はビビるばかりで、追いかける事も出来ずに立ち尽くす。
 サイのショットはあっさりとコートの角に決まった。

『ゲームセット アンド マッチ ウォンバイ沖島。スコア イズ 6−0』
 審判のコール。

「よしっ!」
 サイは大きくガッツポーズを掲げる。

試合開始からわずか20分。サイのストレート勝ちが決まった。

 苦戦を強いられた一回戦とは打って変わり、二回戦は完全にサイのペースで進められ、余裕の勝利となった。

かくして、沖島サイ、2回戦勝利。3回戦進出決定となった。
-2-
 試合の後、サイは会場の公園のベンチに腰掛け、携帯電話を取り出して何やら連絡を取っていた。
「おう、そんなワケで二回戦は余裕勝ち!」

『はいはい、了解ね』
 電話の向こうから聞こえてくるのは若い女性の声。
 彼女の名は佐伯麗華。
 サイと同じく東宝高校の一年生で、現在硬式テニス部のマネージャーを務めている。
 少し強気で、冷静な雰囲気が特徴的な女だ。
 こうして選手から試合の報告を受け、選手達の現状を管理するのは、マネージャーの大切な仕事の1つなのだ。

『でも意外ねー。区民大会優勝のサイが、まさか一回戦で4ゲームも取られるなんてね…』
 佐伯が電話の向こう、ちょっと嫌味な口調で言う。

「仕方ねーだろー?一回戦の相手がイリュージョン何とかっつーわけのわからないショットを連発してくるやつでさ…」
 サイがどこか言い訳がましく事のいきさつを説明しようとするが…

『ふーん。ま、いいけど…』
 佐伯の興味の無さそうな一言にあっさりかき消される。

『ところでサイ、今日はその会場で3回戦までやるんだよね?3回戦の相手はもうわかったの?』
 佐伯が興味を持っていたのは、むしろサイの次の対戦相手だった。

「ああ、さっき見て来たよ。ちょっと待って…」
 そう言うと、サイはテニスウェアのズボンのポケットから大会のトーナメント表を取り出し、自分の次の対戦相手になる予定の人物の名前を指で探した。

「あ、こいつだ。えっとね、金王高校の海野イラクっていう奴…」
 サイがその人物の名前を読み上げると

『え!?金王高校の海野イラク!?』
 佐伯の声のトーンが一瞬にして変わった。

『サイ、それホント!?間違いない!?』

「ああ、間違いないけど。知ってるの、そいつ?」
 サイは佐伯の反応があまりにも大きかった事に、少し驚いていた。

『何言ってんのよ!』
 佐伯は叱り付ける様な口調で言う。

『金王高校って言えば、昨年の団体戦で優勝した有名な強豪高校よ。で、その海野イラクって人は現在3年生でその高校の部長をやってる人なのよ!』
 佐伯が興奮した口調で告げる。

「ええっ!?ちょっと待てよ!」
 それを聞いたサイは、さすがに驚く。
「それって、つまり…」

『ええ。間違いなく今大会の優勝候補の一人よ』

「…。マジ?」
 サイは一瞬にして、血の気が引いていくのを感じていた。

『私も実際には見た事はないけど、おそらく半端じゃない実力者…』
 佐伯がそこまで言いかけたその時だった…。


『これより3回戦を行います。東宝高校の沖島君。金王高校の海野君。Bコートで試合を開始して下さい』
ふいに、会場内に設置されたスピーカーから本部の人間のアナウンスが流れた。

「やべ、もう試合だ!」
 サイはそのアナウンスを聞いて少し焦る。
 いつものサイなら大したことでは動じないのだが、佐伯から聞いた話が心を捕らえて放さない様だ。

『そっか…。サイ、頑張ってね』
 佐伯は少し不安そうにそう言う。

「おう…、じゃあとりあえず試合行ってくる」
 サイもいつになく不安そうな声でそう言うと、電話を切った。

「…」
 携帯電話をラケットバッグにしまいながら、サイの頭の中にはさっきの佐伯の言葉がしばらく回っていた。
「優勝候補…か」
 サイは不安な自分を押し殺すように、ラケットバッグを肩に背負い、試合を行うコートへと歩き出した。


-3-
 サイの3回戦の試合が行われるBコート。
 サイが到着した時には、まだ対戦相手の海野イラクという男は来ていなかった。
「…とりあえず、準備して待ってるか…」
 いつになく落ち着かない表情で、サイはコートを見渡す。
 そして、コートサイドのベンチにラケットバッグを置き、その中から試合用のラケットを取り出した。
 その瞬間も、サイの頭の中には佐伯の言葉がグルグルと回っていた。
 『優勝候補』…

 ラケットを取り出すとサイは準備運動代わりに、軽い素振りを始める。
「優勝候補…しかも3年か…」
 まただ…。
 あまりにもその言葉の印象が離れないせいか、思わずその言葉が口からこぼれた…
「どんな奴…なんだろ?」
 一人でぶつぶつと言いながら、サイは素振りを続ける、 

 その時…

「沖島サイさん、ですか?」
 
ふいに背後からかけられた声に、サイは素振りをしていた手を止める。
「はい…」
 返事と共に振り向くサイ。
 しかし、そこには誰もいない…。 
「あれ…?」
 サイは思わず首を傾げた…。
 確かに声は聞こえたはずなのだが…。

「こっちでしゅ」

 再び、何やら高い声がサイを呼んだ。
 どうやらその声の発信源は、サイの視線の先よりももっと下にあった様だ。
 サイが若干視線を下に落として見ると…。

「え…?」
 一瞬にして、サイは呆気に取られる。

 そこに立っていたのは、どう考えても『小学生』だった。
 身長はサイの胸の辺りまでしかない、つまり、135cmくらいだ。
 体も華奢で、まるで筋肉などない。
 髪型はヘルメットの様な整ったおかっぱ頭で、目はクリッと真ん丸。
 顔はあどけない、ぽっちゃりとした顔立ち。
 その少年はどう見ても、小学生低学年くらいの風貌だが…。
 なぜこんな所に小学生がいるのだろうか…?
「えと…、君は?」
 サイは恐る恐るその少年に声をかける。

「初めまして。金王高校の海野イラクでしゅ。よろしくでしゅ」
 少年は笑顔でサイに会釈をする。 

「…へ?」
 サイは一瞬凍りつく。

「ええーっ!?」

 ようやく現状を把握すると、今度はサイは叫びを上げた。
 金王高校、海野イラク。
 確か彼は3年生なので、サイよりも2つも年上のはずだ。
 しかも強豪金王高校の部長で、今大会の優勝候補でもある。
 それが…この『小学生』?
 
「さぁ、試合するでしゅ!」
 海野イラクはラケットをサイの方に向けると、張り切った口調で言う。
 彼が持つと、どうもラケットが大きく見える。
 しかも何故、語尾が「でしゅ」なのだろうか…

「は、はい…」
 サイはまだ若干、引き気味の態度で試合の準備に入る。



 サイの目の前に現れた3回戦の対戦相手、金王高校の海野イラク。
 3年生で優勝候補のはずなのだが…、その風貌はどう見ても小学生だった。




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