-1-
「なんだコイツ、ホントに一年かよ!?」
凡々高校、二年生の中村太郎がコート上で驚愕の表情を隠せずにいる。
スパァン!
「来た、絶好球!」
サイは狙っていた球が返ってきて、目を光らせる。
そして、肩を思い切り引き、大きなテイクバック。
フルスイングの構えだ。
「うらぁ!」
ズドァオン!!
サイの懇親のショット!
スピードも破壊力も申し分無い。
「ひいいいい!!」
中村太郎はビビるばかりで、追いかける事も出来ずに立ち尽くす。
サイのショットはあっさりとコートの角に決まった。
『ゲームセット アンド マッチ ウォンバイ沖島。スコア イズ 6−0』
審判のコール。
「よしっ!」
サイは大きくガッツポーズを掲げる。
試合開始からわずか20分。サイのストレート勝ちが決まった。
苦戦を強いられた一回戦とは打って変わり、二回戦は完全にサイのペースで進められ、余裕の勝利となった。
かくして、沖島サイ、2回戦勝利。3回戦進出決定となった。
-2-
試合の後、サイは会場の公園のベンチに腰掛け、携帯電話を取り出して何やら連絡を取っていた。
「おう、そんなワケで二回戦は余裕勝ち!」
『はいはい、了解ね』
電話の向こうから聞こえてくるのは若い女性の声。
彼女の名は佐伯麗華。
サイと同じく東宝高校の一年生で、現在硬式テニス部のマネージャーを務めている。
少し強気で、冷静な雰囲気が特徴的な女だ。
こうして選手から試合の報告を受け、選手達の現状を管理するのは、マネージャーの大切な仕事の1つなのだ。
『でも意外ねー。区民大会優勝のサイが、まさか一回戦で4ゲームも取られるなんてね…』
佐伯が電話の向こう、ちょっと嫌味な口調で言う。
「仕方ねーだろー?一回戦の相手がイリュージョン何とかっつーわけのわからないショットを連発してくるやつでさ…」
サイがどこか言い訳がましく事のいきさつを説明しようとするが…
『ふーん。ま、いいけど…』
佐伯の興味の無さそうな一言にあっさりかき消される。
『ところでサイ、今日はその会場で3回戦までやるんだよね?3回戦の相手はもうわかったの?』
佐伯が興味を持っていたのは、むしろサイの次の対戦相手だった。
「ああ、さっき見て来たよ。ちょっと待って…」
そう言うと、サイはテニスウェアのズボンのポケットから大会のトーナメント表を取り出し、自分の次の対戦相手になる予定の人物の名前を指で探した。
「あ、こいつだ。えっとね、金王高校の海野イラクっていう奴…」
サイがその人物の名前を読み上げると
『え!?金王高校の海野イラク!?』
佐伯の声のトーンが一瞬にして変わった。
『サイ、それホント!?間違いない!?』
「ああ、間違いないけど。知ってるの、そいつ?」
サイは佐伯の反応があまりにも大きかった事に、少し驚いていた。
『何言ってんのよ!』
佐伯は叱り付ける様な口調で言う。
『金王高校って言えば、昨年の団体戦で優勝した有名な強豪高校よ。で、その海野イラクって人は現在3年生でその高校の部長をやってる人なのよ!』
佐伯が興奮した口調で告げる。
「ええっ!?ちょっと待てよ!」
それを聞いたサイは、さすがに驚く。
「それって、つまり…」
『ええ。間違いなく今大会の優勝候補の一人よ』
「…。マジ?」
サイは一瞬にして、血の気が引いていくのを感じていた。
『私も実際には見た事はないけど、おそらく半端じゃない実力者…』
佐伯がそこまで言いかけたその時だった…。
『これより3回戦を行います。東宝高校の沖島君。金王高校の海野君。Bコートで試合を開始して下さい』
ふいに、会場内に設置されたスピーカーから本部の人間のアナウンスが流れた。
「やべ、もう試合だ!」
サイはそのアナウンスを聞いて少し焦る。
いつものサイなら大したことでは動じないのだが、佐伯から聞いた話が心を捕らえて放さない様だ。
『そっか…。サイ、頑張ってね』
佐伯は少し不安そうにそう言う。
「おう…、じゃあとりあえず試合行ってくる」
サイもいつになく不安そうな声でそう言うと、電話を切った。
「…」
携帯電話をラケットバッグにしまいながら、サイの頭の中にはさっきの佐伯の言葉がしばらく回っていた。
「優勝候補…か」
サイは不安な自分を押し殺すように、ラケットバッグを肩に背負い、試合を行うコートへと歩き出した。
-3-
サイの3回戦の試合が行われるBコート。
サイが到着した時には、まだ対戦相手の海野イラクという男は来ていなかった。
「…とりあえず、準備して待ってるか…」
いつになく落ち着かない表情で、サイはコートを見渡す。
そして、コートサイドのベンチにラケットバッグを置き、その中から試合用のラケットを取り出した。
その瞬間も、サイの頭の中には佐伯の言葉がグルグルと回っていた。
『優勝候補』…
ラケットを取り出すとサイは準備運動代わりに、軽い素振りを始める。
「優勝候補…しかも3年か…」
まただ…。
あまりにもその言葉の印象が離れないせいか、思わずその言葉が口からこぼれた…
「どんな奴…なんだろ?」
一人でぶつぶつと言いながら、サイは素振りを続ける、
その時…
「沖島サイさん、ですか?」
ふいに背後からかけられた声に、サイは素振りをしていた手を止める。
「はい…」
返事と共に振り向くサイ。
しかし、そこには誰もいない…。
「あれ…?」
サイは思わず首を傾げた…。
確かに声は聞こえたはずなのだが…。
「こっちでしゅ」
再び、何やら高い声がサイを呼んだ。
どうやらその声の発信源は、サイの視線の先よりももっと下にあった様だ。
サイが若干視線を下に落として見ると…。
「え…?」
一瞬にして、サイは呆気に取られる。
そこに立っていたのは、どう考えても『小学生』だった。
身長はサイの胸の辺りまでしかない、つまり、135cmくらいだ。
体も華奢で、まるで筋肉などない。
髪型はヘルメットの様な整ったおかっぱ頭で、目はクリッと真ん丸。
顔はあどけない、ぽっちゃりとした顔立ち。
その少年はどう見ても、小学生低学年くらいの風貌だが…。
なぜこんな所に小学生がいるのだろうか…?
「えと…、君は?」
サイは恐る恐るその少年に声をかける。
「初めまして。金王高校の海野イラクでしゅ。よろしくでしゅ」
少年は笑顔でサイに会釈をする。
「…へ?」
サイは一瞬凍りつく。
「ええーっ!?」
ようやく現状を把握すると、今度はサイは叫びを上げた。
金王高校、海野イラク。
確か彼は3年生なので、サイよりも2つも年上のはずだ。
しかも強豪金王高校の部長で、今大会の優勝候補でもある。
それが…この『小学生』?
「さぁ、試合するでしゅ!」
海野イラクはラケットをサイの方に向けると、張り切った口調で言う。
彼が持つと、どうもラケットが大きく見える。
しかも何故、語尾が「でしゅ」なのだろうか…
「は、はい…」
サイはまだ若干、引き気味の態度で試合の準備に入る。
サイの目の前に現れた3回戦の対戦相手、金王高校の海野イラク。
3年生で優勝候補のはずなのだが…、その風貌はどう見ても小学生だった。
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