「Burst!第五話」
著者:雨守



-1-

『ザ・ベストオブ・1セットマッチ。金王高校、海野サービスプレイ。』
 
主審の高らかな掛け声と共に、沖島サイの3回戦は開始された。
 サーブは対戦相手、海野イラクからだ。

「さぁ、行くでしゅよ!」
 コートの向こう、海野からサイに対する気合満々の声が放たれた。
 そしてそれを受けたサイは、…一気に気合が抜けた。

「あれが、優勝候補…なのか?」
 信じられない。というか、信じられるわけがないだろう。
 あれはどう見ても小学生だ。 
 あの貧弱な体格で、一体何が出来るって言うんだ。

 サイがそんな事を考えている間に、海野はサーブの構えに入った。
「ぬん!」
 可愛らしい高い声と共に、海野はボールを放りトスを上げる。
 そして、力無いスイングで、サーブを叩く。
「えい、でしゅ!」

 パコーン。

「へ…?」
 サイは呆気に取られた。
 
遅い…こんな遅いサーブは始めて見た。
 これが優勝候補の選手のサーブだというのか?それとも、ほんのウォーミングアップなのか?
 
…いや、どっちだって構わない。
 今、自分がやる事はひとつだ。
「これでもくらえ!」
  
 ズドォン!

 サイは海野のへなちょこサーブを、容赦なくコートの角に叩き込む。
「ぐわわわ、でしゅー!」
 海野は走ったが全く間に合わず、サイのショットはあっさり決まった。

『15-0』

「…」
 サイは点を取ったものの、喜ぶ気にもなれない。
 一体なんなんだ。この対戦相手は…。
サイはそう考え続けていた。

「次、行きましゅよ!」
 再び、海野がサーブの構えに入る。
 片手でふんわりとボールを放り、力無いスイングでサーブを叩く。

 パコーン。

 さっきと全く同じ。へなちょこサーブだ
 威力も無ければ、変則的な回転も無い。

 サイはそのサーブを見て、考えを固めた。
「この試合…さっさと終わらして帰ろう…」
 ぼそっと言いながら、サーブを打ち返す構えに。

 ズバァン!

 サイのフルスイングのリターンは、さっきと同じ、コートの角に突き刺さる。

「ぬおおお、でしゅー!」
 しかし今度は、海野は短い足で一生懸命に追いつき、何とか手を届かせる。
 そしてやっとの事で、打ち返した。

 ポフッ!

 何とも情けない打撃音とともにボールは、のんびり空中に円を描きながら、サイのコートに返る。
 サイはすかさず、ラケットを構える。
「なめんな!」
 悠々とフルスイングを決め込み、フルパワーでボールを叩き込む。

 ズドォン!

 今度はボールは完全に海野の届かない所に決まり、あっさりコートを通り抜ける。

『30-0』

再びサイのポイントが加算される。
 サイはこの得点で、自分の絶対的な勝利を確信した。 

「うちのマネージャーの情報も宛にならないな…」
 サイは呟く。

「ぬあ、、まだまだでしゅよー!」
 コートの向こうでは相変わらず海野が意気込んでいるが、もはやサイは相手にしない。

 その後も一方的にサイが有利な試合展開が続く。

-2-

『ゲームウォンバイ、沖島。ゲームカウント、3-0』

 既にサイは3ゲームを先取した。
 何の苦労もせずに。

「ぜい…ぜい…ぜい…」
 海野は激しく息切れしている。
 無理も無い。
 あの小さな体で走り回っているのだから、負担は大きいはずだし、第一体力だって無いはずだ。
 普通の選手に比べれば、バテるのも早いのだろう。


 そして4ゲーム目は、サイのサーブから開始された。
「さてと…」
 サイは少々ウンザリした表情で、サーブの構えに入る。
 どうも、だんだん弱い者いじめしている気分になってきた、とサイは思う。
「何にしても、この試合は早く終わらそう…」
 サイはサーブの構えに入り、高くトスを上げる
 「うら!」
 
 ズドォン!
 
 体格の良いサイの、高い位置からのファーストサーブは威力も高く、コースも抜群に的確だ。
 稲妻の様な高速サーブは、容赦なく海野側のサービスラインぎりぎりに突き刺さった。

「ぐぬぬぬ…」 
 海野は短い手を精一杯合わせ、何とかラケットの中心でサーブを捕らえる。

 パコ!

 例によって、頼りない音。
 無理も無い。明らかにラケットにあてただけだ。
 海野の返球は空中で緩やかな円を描きながら、サイのコートに返る。

 サイはその球筋を見た瞬間、その一瞬である事を判断をした。
「…絶好のスマッシュ球だ!」
 サイは呟くと同時に、一気に前方、ネット際目指して走り込む。

 そしてボールの落下地点に立つと、ラケットを背負い込む姿勢で、状態を反らし、スマッシュの構えで待つ。
「よし、もらいだ…」
 サイは視線を落下してくるボールに集中させた。

「そうはさせないでしゅ!」
 海野はサイの構えからスマッシュを打ってくる事を予測し、返球の姿勢に入る。
 
そして、次の瞬間だ。

「でい!」
「うりゃああ、でしゅー!」

ズバァン!
 
 バシ!

「うきゃあ!」
 
 サイのスマッシュは見事に決まった。
 そして…

 海野はその場に倒れ込んだ。

 サイのスマッシュのコースを予測し、返球に向った海野は、ワンバウンドしたスマッシュを右足にかすらせてしまったのだ。
 スマッシュの威力がかなり強力だった為、足を弾かれてその場に倒れ込んでしまった。
 海野はうつ伏せになったまま、動かない。

「お、おい…」
 サイは心配して…というよりも、罪悪感から、倒れた海野に歩み寄る。 
「悪い、大丈夫か…?」
 サイが心配そうな声をかけても、海野からは全く反応がない。

 海野の小さな体はそのままそこで、うつ伏せになっていた。

「まずいな。こりゃ、試合中止かな…。審判…」
 サイが海野の姿を見て、試合中断の判断をして主審を呼ぼうとした、その時だ。


「し…く…な…」

 
倒れた海野の体が微かに動き、何か声が聞こえた気がした。
「え…?」
 サイはその微かな声に反応し、振り返る。
すると…

 次の瞬間、海野はムクっと起き上がった。

「調子こくなって言ってんだよ!」

 突如叫ぶ海野。
 
その声は今までの海野の高くて可愛らしい声とは全く違い、太くてドスの聞いた体育会系の声だった。

「ええっ!?」
 サイはその突然の変わりように怯む。

 しかし、立ち上がった海野の変化は声だけには留まらなかった…

「うおおおおおおお!」
 海野は怒号の叫び声をコート中に響かせる。
 その姿を見た者は誰もが目を疑っただろう…。
 何故なら、海野の体がどんどん膨れ上がっているのだ。
 
「ちょ、ちょっと…」
 サイは目の前の恐るべき奇跡にただ戸惑っている。

「うおおおおおお!」

 海野の体はみるみる内に筋肉に覆われ、さっきまで135cm程しかなかった小学生同然の体は、わずか数秒にして190cmの大男へと姿を変えた。
 高い声は、ドスの聞いた体育会系の声に。
 そしておかっぱの髪型は、逆立ち、ホウキの様にツンツンになった。

 やがて叫び声が止み、海野の変身が完了した。

「…ふぅ」
 大男になった海野は一つ息を吐くと、足元のラケットを拾い上げる。


「あ…あ…」
 サイはあまりの驚愕に声も出ない。
 それは目の前の出来事を目にした一般人ならば当然の反応だった。

「待たせたな…、試合を再開するぞ…」
 海野はすっかり変わり果てた声と、鋭い目つきでサイに言う。
 何故か口調まで変わっていた。
 さっきまでサイを見上げていたあの小さな体が、今ではサイを見下ろしている。

「あ、ああ」
 サイはその海野の言葉で、やっと今が試合中であった事を思い出し、自分も恐る恐るコートに戻ろうとする。


「おい、沖島」
 ふと、海野のドスのきいた声がサイを呼び止める。
「え…?」
 振り返るサイに

「ひとつだけ、言っておこう…」

 海野は自分のラケットの先端をサイに向けて、冷ややかにこうささやいた。

「お前は俺を怒らせた…。すでに試合は終わっている…」




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