-1-
『ザ・ベストオブ・1セットマッチ。金王高校、海野サービスプレイ。』
主審の高らかな掛け声と共に、沖島サイの3回戦は開始された。
サーブは対戦相手、海野イラクからだ。
「さぁ、行くでしゅよ!」
コートの向こう、海野からサイに対する気合満々の声が放たれた。
そしてそれを受けたサイは、…一気に気合が抜けた。
「あれが、優勝候補…なのか?」
信じられない。というか、信じられるわけがないだろう。
あれはどう見ても小学生だ。
あの貧弱な体格で、一体何が出来るって言うんだ。
サイがそんな事を考えている間に、海野はサーブの構えに入った。
「ぬん!」
可愛らしい高い声と共に、海野はボールを放りトスを上げる。
そして、力無いスイングで、サーブを叩く。
「えい、でしゅ!」
パコーン。
「へ…?」
サイは呆気に取られた。
遅い…こんな遅いサーブは始めて見た。
これが優勝候補の選手のサーブだというのか?それとも、ほんのウォーミングアップなのか?
…いや、どっちだって構わない。
今、自分がやる事はひとつだ。
「これでもくらえ!」
ズドォン!
サイは海野のへなちょこサーブを、容赦なくコートの角に叩き込む。
「ぐわわわ、でしゅー!」
海野は走ったが全く間に合わず、サイのショットはあっさり決まった。
『15-0』
「…」
サイは点を取ったものの、喜ぶ気にもなれない。
一体なんなんだ。この対戦相手は…。
サイはそう考え続けていた。
「次、行きましゅよ!」
再び、海野がサーブの構えに入る。
片手でふんわりとボールを放り、力無いスイングでサーブを叩く。
パコーン。
さっきと全く同じ。へなちょこサーブだ
威力も無ければ、変則的な回転も無い。
サイはそのサーブを見て、考えを固めた。
「この試合…さっさと終わらして帰ろう…」
ぼそっと言いながら、サーブを打ち返す構えに。
ズバァン!
サイのフルスイングのリターンは、さっきと同じ、コートの角に突き刺さる。
「ぬおおお、でしゅー!」
しかし今度は、海野は短い足で一生懸命に追いつき、何とか手を届かせる。
そしてやっとの事で、打ち返した。
ポフッ!
何とも情けない打撃音とともにボールは、のんびり空中に円を描きながら、サイのコートに返る。
サイはすかさず、ラケットを構える。
「なめんな!」
悠々とフルスイングを決め込み、フルパワーでボールを叩き込む。
ズドォン!
今度はボールは完全に海野の届かない所に決まり、あっさりコートを通り抜ける。
『30-0』
再びサイのポイントが加算される。
サイはこの得点で、自分の絶対的な勝利を確信した。
「うちのマネージャーの情報も宛にならないな…」
サイは呟く。
「ぬあ、、まだまだでしゅよー!」
コートの向こうでは相変わらず海野が意気込んでいるが、もはやサイは相手にしない。
その後も一方的にサイが有利な試合展開が続く。
-2-
『ゲームウォンバイ、沖島。ゲームカウント、3-0』
既にサイは3ゲームを先取した。
何の苦労もせずに。
「ぜい…ぜい…ぜい…」
海野は激しく息切れしている。
無理も無い。
あの小さな体で走り回っているのだから、負担は大きいはずだし、第一体力だって無いはずだ。
普通の選手に比べれば、バテるのも早いのだろう。
そして4ゲーム目は、サイのサーブから開始された。
「さてと…」
サイは少々ウンザリした表情で、サーブの構えに入る。
どうも、だんだん弱い者いじめしている気分になってきた、とサイは思う。
「何にしても、この試合は早く終わらそう…」
サイはサーブの構えに入り、高くトスを上げる
「うら!」
ズドォン!
体格の良いサイの、高い位置からのファーストサーブは威力も高く、コースも抜群に的確だ。
稲妻の様な高速サーブは、容赦なく海野側のサービスラインぎりぎりに突き刺さった。
「ぐぬぬぬ…」
海野は短い手を精一杯合わせ、何とかラケットの中心でサーブを捕らえる。
パコ!
例によって、頼りない音。
無理も無い。明らかにラケットにあてただけだ。
海野の返球は空中で緩やかな円を描きながら、サイのコートに返る。
サイはその球筋を見た瞬間、その一瞬である事を判断をした。
「…絶好のスマッシュ球だ!」
サイは呟くと同時に、一気に前方、ネット際目指して走り込む。
そしてボールの落下地点に立つと、ラケットを背負い込む姿勢で、状態を反らし、スマッシュの構えで待つ。
「よし、もらいだ…」
サイは視線を落下してくるボールに集中させた。
「そうはさせないでしゅ!」
海野はサイの構えからスマッシュを打ってくる事を予測し、返球の姿勢に入る。
そして、次の瞬間だ。
「でい!」
「うりゃああ、でしゅー!」
ズバァン!
バシ!
「うきゃあ!」
サイのスマッシュは見事に決まった。
そして…
海野はその場に倒れ込んだ。
サイのスマッシュのコースを予測し、返球に向った海野は、ワンバウンドしたスマッシュを右足にかすらせてしまったのだ。
スマッシュの威力がかなり強力だった為、足を弾かれてその場に倒れ込んでしまった。
海野はうつ伏せになったまま、動かない。
「お、おい…」
サイは心配して…というよりも、罪悪感から、倒れた海野に歩み寄る。
「悪い、大丈夫か…?」
サイが心配そうな声をかけても、海野からは全く反応がない。
海野の小さな体はそのままそこで、うつ伏せになっていた。
「まずいな。こりゃ、試合中止かな…。審判…」
サイが海野の姿を見て、試合中断の判断をして主審を呼ぼうとした、その時だ。
「し…く…な…」
倒れた海野の体が微かに動き、何か声が聞こえた気がした。
「え…?」
サイはその微かな声に反応し、振り返る。
すると…
次の瞬間、海野はムクっと起き上がった。
「調子こくなって言ってんだよ!」
突如叫ぶ海野。
その声は今までの海野の高くて可愛らしい声とは全く違い、太くてドスの聞いた体育会系の声だった。
「ええっ!?」
サイはその突然の変わりように怯む。
しかし、立ち上がった海野の変化は声だけには留まらなかった…
「うおおおおおおお!」
海野は怒号の叫び声をコート中に響かせる。
その姿を見た者は誰もが目を疑っただろう…。
何故なら、海野の体がどんどん膨れ上がっているのだ。
「ちょ、ちょっと…」
サイは目の前の恐るべき奇跡にただ戸惑っている。
「うおおおおおお!」
海野の体はみるみる内に筋肉に覆われ、さっきまで135cm程しかなかった小学生同然の体は、わずか数秒にして190cmの大男へと姿を変えた。
高い声は、ドスの聞いた体育会系の声に。
そしておかっぱの髪型は、逆立ち、ホウキの様にツンツンになった。
やがて叫び声が止み、海野の変身が完了した。
「…ふぅ」
大男になった海野は一つ息を吐くと、足元のラケットを拾い上げる。
「あ…あ…」
サイはあまりの驚愕に声も出ない。
それは目の前の出来事を目にした一般人ならば当然の反応だった。
「待たせたな…、試合を再開するぞ…」
海野はすっかり変わり果てた声と、鋭い目つきでサイに言う。
何故か口調まで変わっていた。
さっきまでサイを見上げていたあの小さな体が、今ではサイを見下ろしている。
「あ、ああ」
サイはその海野の言葉で、やっと今が試合中であった事を思い出し、自分も恐る恐るコートに戻ろうとする。
「おい、沖島」
ふと、海野のドスのきいた声がサイを呼び止める。
「え…?」
振り返るサイに
「ひとつだけ、言っておこう…」
海野は自分のラケットの先端をサイに向けて、冷ややかにこうささやいた。
「お前は俺を怒らせた…。すでに試合は終わっている…」
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