「In The Snow」
著者:蓮夜崎凪音(にゃぎー)



「あ、やっぱりここにいた」
「………え?」
「やっほー、中村さーん」
「あ、なんだ、笠野君か。とっとと帰れよ」
「……笑顔ですごいこといわないで」
「じゃあ、怒ってた方がいい?」
「どんな顔もかわいいよ、ハニー」
「死んで。頼むから」
「………」
「ほら、忙しいんだから用がないなら出てって」
「え、あ、あるある。聞いて聞いてー」
「やだ」
「………鬼」
「に……握り飯」
「しりとり違うってば」
「ば?」
「いや、もういいって」
「そう、満足したら寄り道せずにとっとと帰って」
「うわ、相変わらず人でなし街道まっしぐるうぅ」
「今日も私は絶好調。で?」
「う、うぅ………ところでだけど、傘持ってる?」
「…………」
「そんな露骨に嫌な顔しなくても」
「この顔だけは、笠野君専用だよ」
「うれしくないです」
「そう?残念、じゃあまた来週〜」
「うん、じゃあ、ってマテ」
「なに、まだ漫才したいわけ?」
「自覚あったのか……」
「笠野君使いやすいから」
「………」
「で、今日雨降るって言ってなかったけど、なんに使うつもり?」
「いや、降ってる」
「え?」
「雪が」
「………は?」


「わー………」
「幻想的だよね」
「これを、家で見てればね」
「………まぁ、ということで傘が必要なわけだよ」
「でも、どうしても君には濡れて帰るという選択肢はないんだね」
「うん」
「はぁ………じゃあカバン貸して」
「え、なんで?」
「いいから」
「……はい」
「また置き傘とか入ってんじゃないかなー……捜索捜索っと」
「へへーん、残念でした、今日はしっかり家に置いてきてぇっふぇる」
「威張るな、この確信犯が」
「う、ぎぎぃ………な、なんか最近、パンチ力増してない?」
「気のせいでしょ、それに今も重りを手首に巻いてるから、スピードはないはずだし」
「これから夏場は手首に注意します」
「冬の間にケリが付くといいな♪」
「……なんか言った?」
「ううん………っち、本当にないなんて。はい、カバンありがと」
「どうでもいいけど、その舌打ちは一体……」
「笠野君が気にすることじゃないけど、それでも知りたい?」
「………いいです」
「よろしい。仕方ない、これ以上ひどくなっても困るから、今日は切り上げて帰るかな」
「やったー」
「ただし」
「分かりましたよ、コンビニへヨリマスヨ」
「了解。じゃ、傘そこにある予備………」
「?」
「…………あれ?」


「………まさか一本もないとは。ここにある予備は使っていいことになってるんだけど」
「誰かもってっちゃったんじゃない?」
「天気予報では雪が降るなんて言ってなかったしね」
「ためしに聞くけど、奈那子ちゃん自体は」
「持って………ない!」
「ぐほあっ……な、なんで……」
「名前で呼ぶなとあれほど言ったっしょーよ」
「癖とは恐ろしい……思わず膝を着いてしまったよ」
「治すのが先か、墓の下が先か。今日こそはその答えが」
「縁起でもないこと言わないでください」
「で、どうする?これじゃさすがに私も濡れて帰ろうとは………」
「あ」
「………?」
「そういえば」
「傘、あるの?」
「考えてみれば、今誰もいない校舎に二人きり………」
「………はぁ」
「そんな切ない溜息ついちゃって、このー」
「期待して損した」
「え、なに?期待してたの」
「………いっぺん、走馬灯っての見てみない?笠野君。感想聞かせてよ」
「傘お持ちします」
「あるのか………」
「ちょっと待ってて、とってくるから」


「はぁ………やっぱり外は寒いよねー」
「冬だからね」
「ただでさえ寒いんだから、その突っ込みにもうちょっとぬくもりを」
「いらないものには労力を使わないのが私の主義だし」
「………」
「なにか?」
「今日も笑顔がまぶしいぜ」
「それにしても、既に積もっているとは……」
「うわ、無視された」
「いちいち突っ込んでたらきりがないと思います、先生」
「そんなさらりと言わんでも」
「……今回は非常事態なんだから、これでも黙ってる方なんだけど」
「ああそうか、アドバンテージは僕の方にあるのか」
「やば………口滑った」
「げっへっへ」
「………」
「ねぇ、中村さん」
「……なに、改まって」
「俺のこと、そんなに嫌い?」
「まぁ、嫌い」
「ほぼ即答かい」
「嫌ってるって分かってるのに、アンタは来るんだよね」
「もちろん」
「一歩間違えたらストーカーだって分かってないの………?」
「…………」


「仕方ない」
「なにが?」
「今日は傘も借りたし、私が奢ってあげよう……むむ、財布ちぇーっく」
「それ俺の財布」
「………気前良く貸してくれてもいいのに」
「自分の金でなんで奢られなければならないんだ……」
「冗談はおいといて。なんか欲しいものある?」
「中村さんがいい」
「え、ピロルチョコでいいの?謙虚だなぁ」
「無理矢理話題を逸らすなんて反則だ」
「知るか。あ、これ全部くださーい」
「うわ、容赦ねぇ」


「おいしい?ピロルチョコ」
「喉が渇きました」
「我慢しろ」
「………って、なぜに十七個」
「全部くれって言ったら十七個出てきたんだよ」
「………さいで」
「でも、今食えとは言ってないのに」
「なんか君の眼がそれを許してくれなかったように見え……」
「確証のないことは言っちゃいけないな、笠野君」
「顔が笑ってないよ、中村さん」
「ま、これでバレンタインも終わったし、私としては一安心……」
「は、ハメられた!?」


「さて、普段ならここでお別れですが」
「今日もそうだろう」
「送っていくのが武士の情け」
「武士の心得を持っているなら、潔く私のことはあきらめろ」
「………」
「墓穴掘ったな」
「くそう」
「で……時に笠野君」
「俺の方は、今までどおり修ちゃんって呼んでくれていいんだぜ」
「却下」
「なんの、却下返し!」
「やかましい」
「で、何?やっぱり送って帰ろうか?」
「この傘、どっから持ってきたの。良く見たら名前がアンタじゃない……」
「ああ、部室の後輩のロッカーからちょちょのちょいーっておわっ」
「かわすな、ってか盗ってこいとは言ってない」
「いや、当たったら痛いでしょ」
「その点については、ノープロブレムだよ」
「マキロン持ってるとか言うのは論外だよ、ちなみに」
「いえいえ。気絶すれば痛みも感じないよ、きっと」
「真顔で冗談言わないでください」
「自信ならあるよ」
「いや、そこ強調されても……」
「遠慮しないで」
「きゃ、却下」
「却下……返し!」
「……ひ、ひかりが……ぐはぁっ!」




[終]

[ In the Rain ][ In the Wind ]