「In The Wind」
著者:蓮夜崎凪音(にゃぎー)



「かさのくーん」
「え!?」
「………どうしたの、そんな驚いた顔して」
「え、本物……本物の中村さん?」
「偽者がいるの?」
「うん、そりゃもうめっちゃ可愛いのが」
「………アンタの脳内にでしょ」
「何で分かったの?」
「………男って皆そうなの?」
「あ、うぬぼれた」
「うっさい………へ、くちゅんっ」
「………可愛いクシャミ」
「う、うっさい!……へ、へっきゅ………うぅ」
「うわ、意地で止めたよ。すげぇ」
「……苦しかった」
「やらなきゃいいのに………で、なにか用?」
「ティッシュ」
「すごい端的で分かりやすいけど、頼みごとしてる風に見えないなぁ」
「いや、頼みごとじゃなくて、命令だから」
「…………いつのまに僕のご主人様に」
「……いいから、さっさと出しなさい。痛い目にあわないうちに」
「なんかカツアゲみたいだなぁ………まあいいや、ちょっと待って。えーと……」
「カツアゲって、そんな大げさな………」
「ティッシュなかったら生死の境をさまようって、考えようによってはお金取られるより最悪だよね。あ、あった」
「オー、アリガト、アリガト。サンキューネ」
「中村さん、キャラ違う」
「やっぱり私は真面目な優等生キャラじゃないとダメなのか……宿命だね」
「裏番って呼ばれてるの知らないのかな………?」
「何か言った?」
「ううん、なにも♪」
「集中できないから聞こえない………うー、明日から箱ティッシュ持参かなぁ」
「ってかなに、花粉症?」
「………多分。症状はそっくり」
「へぇ………意外だなぁ。あ、鼻の下赤い」
「………分かってても言うな」
「そういうとこだけちゃっかり女の子なんっ!……だ……か………ら……」
「最近零距離射程で攻撃可能になったから気をつけたほうがいいよ」
「そういう………ことは、はや……くいって」
「一応、笠野君が避けられるかどうか実験しておかないとさ、ホラ」
「うぅ………まぁ最近タメありは回避確率上がってきたからなぁ………」
「……余裕ないんですぐキレるよ、今日は」
「笑顔で言わないで、頼むから」
「殺気消してるだけありがたいと思いなさい」
「常に抱かないでください」
「善処する………うふふ」
「怖いです」


「で、やっぱりひどいの?今年って」
「人にもよるけど、私は最悪」
「………分からない人には分からないからなぁ」
「ああ、やっぱり笠野君は違うのか………恨めしいなぁ」
「言って置くけど、それ、口尖らせて言う言葉じゃないよ」
「そう? で、ティッシュ頂戴の他に一つお願いがあるんだけど………」
「昼ごはんを食べた後のお腹を零距離射程で殴っといて、さらりと言うセリフか」
「じゃあ、奈々子のお・ね・が・い♪」
「だから、キャラ違うって」
「もう………人がせっかく花粉症でボロボロの状態で頑張っているというのに」
「というか、鼻声でシナを作ろうと試みた中村さんの努力は評価しますが、気持ち悪いの一言で総評を終わらせていただきます」
「じゃあ、もう、いいよーだ。今日一緒に帰ってもらおうかなーって思ってただけだから」
「………え?」
「君に頼るのはちょっと都合よかったか……図書室にでも行って、他の子が帰るのに合わせることにするよ」
「ちょ、ちょっと待った! なんでそういうこと先に言わないかなぁ」
「もういいもん。部活終わるまで他の人待ってるから」
「ったくもう………最初から素直に言えばいいのに」
「ほら、素直に言うべき言葉は?」
「お供させていただきます」
「よろしい。じゃ、帰ろ」
「ちょ、ちょっと待った」
「ん?」
「なんで、僕が主導権握られてるの?」
「さっきの条件反射だったよね。やっぱり躾がいいからかしら?」
「…………不覚」
「花粉症だからって握られても困るからね………うぅ、鼻水が……」
「おおよそ乙女らしくない言葉を口に出さないの、そこ」
「わかりましたよぅ………変なとこ偏屈なんだから」
「ふぅ……っていつの間にか話そらされてる!」
「ばれたか。ま、ともかく私が帰ろうって言ってるんだから、甘んじて受けなさい」
「鼻水たらしながら言われても迫力ねぇぶらぅっ!」
「………余計なこと言うと、傷が増えるわよ?」
「殴ってから言うな………」
「次は、どこを潰されたいの?」
「脅迫だ………ぐふ」


「……………」
「うぅ………」
「………」
「うー…」
「……」
「………っすん、すん、うえーん」
「あのさ、中村さん」
「うー……やっぱり前見えないや」
「手握って歩いてくれるのはうれしいシチュエーションなんですけど、なんで俺が泣かした兄貴みたいになってんの」
「うぅ……だってその方が分かりやすいでしょ?」
「誤解じゃん!」
「お黙り」
「はぁ……なんか今日は奈々子ちゃんらしくない!……な……ぐ、はっ」
「黙れといったわよ?犬」
「パンチ力はやっぱり顕在か……ってか既に犬扱い……?」
「つかんでいれば、零距離じゃなくても攻撃対象は補足できるでしょ……くしゅんっ」
「珍しく手握ってくれるから黙ってたのに、そんな裏があったなんて………」
「もう離さないもん」
「………ドスきかせて言わなかったら、僕は胸が一杯になってるところだ」
「せいぜい空っぽの人生を生きなさい」
「泣きたくなって来た、上を向いて歩こう………」
「やめて。車に轢かれないように笠野君と歩いてんだから」
「冗談すらマジで返されるようになってしまった………」
「泣きたいのはこっちなんだからね」
「もう泣いてるけどな」
「うえーん」
「それはもういいから」
「なんで今日、暇な人笠野君しかいないんだよぅ、うえーん」
「え、そっち!?」


「くしゅんっ」
「あーあー………ほらティッシュ。全部あげるよ、ほら」
「ありがと……うぅ……」
「ほんとに残りの道大丈夫?」
「大丈夫……こっち車ほとんど通らないから」
「電柱とかは?」
「今日行きにぶつかったから位置は大体把握した………」
「もしかして、全部………?」
「え?」
「え、あ、いや、なんでもない。でもこの時期いつも友達と一緒に帰ってるの?」
「まぁ、でも去年からだから………知ってる子と知らない子がいる」
「今年最悪なのにぶち当たって災難だったね」
「まぁ、そんなとこ……へ、くちゅんっ」
「やっぱ和むなぁ、そのクシャミ」
「ちっ、手を放す前にやればよかった………」
「その前に僕は消える。じゃ、またね」
「今日はありがと、まぁ、そこそこ助かった」
「素直になれよ………そこそこって……」
「はぁ……体だるくなってきちゃった」
「やっぱ送ってこうか?」
「いや、君といるから突込みが多くて疲れる」
「……………」
「それじゃ、また明日」
「ダメなら休みなよ」
「はーい」
「…………くしゅんっ」
「?」
「………くしゅんっ」
「………笠野君?」
「……」
「……」

『……感染った?』



[終]

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