「My Owner is Excellent!!」
著者:創作集団NoNames



   −1−

「せーのっ!」
 柵の真下につみあがっていた木箱やなにかを踏み台にして、いっきに飛び越える。
「よっ」
「ほっ」
 飛び越えた向こう側はかなり高さがあったが後の祭り。
 一段目でちゃんと着地したものの、その反動で足に痛烈な痛みが走る。
「っつー……」
「あ、だいじょうぶ?やっぱり、ちょっと高かったか」
 ナッツが心配そうに覗き込むのを避けるようにして、カシスは立ち上がった。
 顔に空元気の笑顔も忘れない。
「だ、大丈夫、ヘイキヘイキ。でも、よくあの場面で分かったね」
「ああ。なんか、動きが緩慢だったし、全体重を載せるような動きは出来ないんじゃないかって前から思ってたんだ。これだけの高さの柵なら、登るのはまず無理だろ」
「とりあえず、一安心、ってこと?」
「いや」
 ほっとした気持ちが、速攻でかき消された。
 ちょっとげんなりしたカシスだったが、この状況で文句も言っていられない。
 ナッツは相変わらず真面目な顔で話を続ける。
「とりあえず、身を隠す場所が欲しい。僕はこの町に不慣れだから………」
「そんじゃ、とりあえずウチに行こう。あそこでしばらく凌げれば、同居人も帰ってくると思うから」
 その時、急にシャルの顔が浮かんだ。
 こんな大事な時に、いったい何やってるんだろう。
 かなり不自然な物言いで出て行ったけれど………。
「でも、同居人って………大丈夫?操られてたりしないかな」
「あ」
「………とりあえず、油断だけはしないようにしよう。いたらいたで、どうにかして確かめればいいし」
「そうだね」
「それじゃ、案内してくれる?できるだけ、大通りを通らない方がいいかも」
「オッケー」
 カシスが走り出すと、ナッツもそれに続く。
 幸いなことに足音は雨が消してくれているから、思いっきり走っても怪しまれることはないようだった。ナッツの注文どおり、できるだけ大通りを避けて、小道を駆け抜けてゆく。
「そういえばさ、ナッツ」
「なに?」
「操られない人って、基準があったりするの?なんか、見たところ、私たち以外にいないみたいなんだけど」
「…………」
 あごに手を当てて、ナッツが一度視線をカシスのほうへ泳がせた。
「……なに?」
「失礼だけど………地脈って、分かる?」
「…………ごめん。聞かなかったことにして」
「あの、カシス………だったっけ?」
「はい」
「とりあえず、ある程度の素質を持った人と、こういうことに関してそれなりの修行を積んだ人だけが今のところ操られていない者ってことにしとこう。詳しいことは、とりあえず隠れてから」
「うん」
 うなずきあうと、二人は再び雨の中を走り出す。
「そういえば、ナッツってさ」
「うん?」
「誰かに似てると思ったら、学校の先生に似てる」
「…………ほめられてるのか、それ」
「うーん、微妙」
「……………」
「あ、でも教え方は保障する、あんた巧い」
「………ありがとよ」
 ワケの分からない問答が終わる頃には、ちょっとした大冒険の始まったカシスの家は、もうすぐそこに迫っていた。
「ちょっとまって、ドア今開けるから」
 誰にも見られていないことを確認しながら、玄関へと近づく。
 ドアノブの鍵をドアの隙間から見たところで、
「………あれ?」
「どうかしたの?」
「鍵が開いてる」
「……ということは」
「シャルが帰ってるんだ」
 二人は互いに顔を見合わせて、一度頷きあうとそっとその扉を開けた。

 きぃ………。

 玄関は、雨で外が暗いせいか、気味が悪いくらいに静まりかえって薄暗い。
「シャル?」
「………誰かいるのは、確かみたいだな」
 玄関には、濡れた靴とローブが投げ捨てられたように隅に転がっていた。どちらもぐっしょりと濡れきっている。
「でも、自我がないならここには戻ってこないよね」
「どうだろう、それは……わからないぜ」
 ナッツは慎重な物言いでカシスのフォローに入らず、ただ彼女を前へと促すだけだった。
「とりあえず確かめてから考えよう。カシスの言う『シャルさん』、なのか」
「うん」
 二人もとりあえず靴を脱いで、家の中へ入る。
 水滴の後は、居間に続いていた。
「シャルー………」
 居間の扉を開けたところ。
 シャルがいつも腰掛ける椅子へ後数歩のところで、仰向けに倒れていた。
 そして、その黒い服の上からでも分かる……服に残った斑の紅。
「シャルッ!」
「ッ」
 カシスがあわてて駆け寄り、その細い肩を抱く。
「シャル、ねえ、シャル!しっかりして!」
「か、カシス、落ち着けって」
 一拍遅れて、ナッツも濡れたままのシャルのそばへ駆け寄る。
「だって、シャルが………血、ち………どうしよっ、どうしようっ」
「落ち着けってっ!」
 ナッツが困惑したカシスの両肩をつかみ、叫んだ。
「………」
「お前がいま混乱してどうするんだよ!シャルさんに助けが必要なら、パニックしてる場合じゃあないだろう!」
「…………」
 息の中に、しゃくりあげるような声をあげながらも、カシスはその声でなんとか自我を保った。ほとんど見ず知らずの男に突然肩をつかまれて叫ばれたら、本当はびっくりしたのが半分だったのだが。
「とりあえず俺は傷口を見るから、その間にカシスは部屋に行ってタオルと彼の着替え、できれば毛布をありったけ持ってきて。この雨だから、私たちよりきつい目にあったのかもしれない」
「わ、わかった」
 泣きそうな声でなんとかそれだけを搾り出すと、カシスは勢い良く部屋の外へ飛び出して行った。
 それを見届けると、ナッツは仰向けに倒したシャルの顔を見、一言だけ呟いた。
「やっぱりアナタでしたか…………シャルトリューズ」
 今までぐったりとしていたシャルの眸が、うっすらと開いた。
「…………誰、だ」
 どうやら、まだ意識が混濁しているらしい。視線が泳いでいるところをみると、どうやら自分のことを見えていないのだと思った。
「ベルランス司教、カルア・ロッシの三番弟子、ナッツ・イルフォンツァです」
「カル、ア………先生?」
「あなたの場合、違うでしょう」
 きっぱりと、そう告げられた言葉に、シャルの瞳が生気を宿した。
「ッ」
「気づきましたか?」
 そういうナッツの顔は、まだ険しいままだ。
「ここは………それにあんたは……」
「その前に、怪我はないですか。今、カシス……さんが」
「カシス!………帰ってるのか」
 つかみかからんばかりの勢いのシャルの両腕をつかんで、ナッツが諭すように言う。
「少し落ち着いてください、今の所カシスさんは無事です。私の名前はナッツ・イルフォンツァ。黙っててもお分かりのとおり、ベルランス教の修行僧です。外に出て襲われていたカシスさんを助けたんですが、逃げ場がなくてこの家までご一緒させていただきました。帰ってきたらきたであなたが倒れていたので、今、カシスさんにタオルと着替えを用意させているところです」
 元々頭の回転が早い男だったことはナッツの記憶にある。
 記憶の中の男に遜色はなく、目の前のシャルトリューズという男はいちど溜息をついただけで、内容を理解したようだった。
「…………それは、すまなかった。私の名前はシャルトリューズ。カシスの保護者……という位置づけになっています」
 いささかもって回った言い方だったが、ナッツはそれを無視した。
「ええ、カシスさんから伺ってます。で、怪我はありませんか。その服、おそらく返り血だとは思いますが…………」
「……私のほうに、怪我はありません。ちょっと、この返り血を浴びた経緯がショッキングだったもので。ところで、この時期に示し合わせたように現れたベルランス教の使者ということは」
 そういって、力なく笑う優男。
 対照的に、ナッツの顔は自然と険しくなる。
 むろん、ナッツのほうは演技だが。
「地脈操作で操られないところを見ても、相当の教団関係者の方、ということですか?」
「少々ワケあり、ですが。協力できるなら、いたします」
「………わかりました。私一人の手にあまる非常時でもありますし、事情を説明します」
「それと」
「………なにか?」
「まこと失礼ではありますが、へたな敬語はいただけません。私のことも呼び捨てでで結構」
 シャルが勝ち誇ったように笑う。
 普段の言葉遣いが少々粗雑のなのを、今の会話で見抜かれたらしい。
「…………かないませんな」
 ナッツは多少の皮肉をこめてそういうと、
「ナッツさんッ、持ってきたよ!」
 扉をぶちやぶりそうな勢いでやってきたカシスによって阻まれた。




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