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それから約二週間たった。正確にはあの開発地へ行った翌週の金曜日だ。
遠山の言っていた、『三週間後』の日曜は明後日になる。
「けーい。おはよー」
こんな寒い日にも『天敵』は律儀にいつもの場所にいた。
啓はとりあえず、返事代わりに足元の石を全力で投げつけてやった。
「うお、危ないっ」
残念ながら微妙に狙いは外れ、石は進平の頭の上を通り過ぎていく。
「ちっ」
「おい、危ないだろ。当たったらどうするんだ」
「俺の気が晴れる、それだけだろ?」
思いっきり睨みつけてやると、今日はいつもと違うのを察したのか進平はそそくさと逃げていった。
「ちくしょー、ケチンボー」
もう一度、今度は小さめの石を投げてみると『ぎゃっ』と誰かさんの声が聞こえた。どうやら成功したらしい。
邪魔が消えた所で啓はいつもの植物との会話を楽しみ始めた。
この時間だけは、啓が他の事を考えることは無い。今の啓にとって安らぎを得る事が出来る貴重な時なのだ。
いつものように一通りの対話を終え、部室に戻ると赤星がそこにいた。
「やあ、駒沢。いつもながら早いね」
「おはようございます。部長も早いですね」
ごく普通の挨拶を返すと、いつもおっとりとしている赤星の顔が急にまじめなものになった。
「今日は、君に用が有ったからね」
「僕にですか?」
なにかまずい事でもしたのかと記憶をたどってみるが、特に心当たりが無い。あるとしても、せいぜいさっきの石をぶつけた事くらいだ。
「最近君の様子がおかしいって、まっちゃんに言われてね。それでこうして先輩である私が聞いてみよう、ってことになったの」
一応、いつも通りに振る舞っていたつもりだったのだが、どうやらバレバレだったようだ。
だがこれはもともと啓個人の問題である。これ以上他人を巻き込むわけには行かない。
「大丈夫ですよ。最近ちょっと風邪気味で調子出ないだけですから」
軽くそう言うと、赤星はあっさりとその言葉を信じた。あまり人を疑う事を知らないらしい。
「そう?それならいいけど。なんかね、まっちゃんが心配してたから。あっ、もちろん私も心配したんだよ」
後半を慌てて付け加えるあたりが、実にこの先輩らしいところである。
「そろそろ予鈴だね。悪いけど先に行くよ」
そう言って、赤星は先に部室を出て行った。
(すみません、部長)
その後ろ姿を見つめながら、ウソをついたことを心の中で謝った。
学年末のテストが近いこともあり、みんな真剣に授業を聞いていた。
いつもなら啓は睡魔と戦いながら授業を受けている。だが今日は違った。
とはいっても、勉強をするためではなく、考え事をしているせいである。
(探し物は見つかった。俺のやりたいことは終わったんだ)
無意識のうちに、ノートに落書きをしてそれを消してはまた書く、の繰り返しをしていた。
(だけど、睦葉が…)
この前の日曜日に病院に行ったときのことである。
いつも通り二人きりになって話をしようとしたのだが、名前を呼んでも返事がなかったのだ。
あせって肩をつかみ体をゆすると、やっと睦葉は目をあけたのである。
『このごろなんだか眠くって』
意識がはっきりしないようで、しきりに頭を振ったりしていた。起き上がるのですら大変なのが、啓には感じ取れた。
『見つかったね、啓の探し物』
顔は笑っているのだが、その声は明らかに落ち込んでいるものだった。
『どうした?なにか不都合でもあるのか?』
その質問を聞いた途端、睦葉は泣きそうな顔になってうつむいてしまった。
なぜそんな顔をするのか、啓には見当もつかない。
理由を聞いてみようか悩んでいると、睦葉が口を開いた。
『もう私は、啓には必要ないね』
突然の事で何を言っているのか、すぐには理解できなかった。意味を考えていて何も言えずにいると、さらに睦葉は続けた。
『だってそうでしょ?なんのメリットもなしにこんな植物人間と一緒にいたって…!』
急に声を荒げた。あきらかに今の彼女は興奮している。
確かに、他の人間からみれば彼女のこの状態は厄介なものかもしれない。
しかし、啓にとっては睦葉と一緒にいる。それ自体が最高のメリットになるのだ。
『バカ言うな、そんな事あるわけないだろ』
必死に否定をしたが、今の睦葉には届かない。
『啓が私といたのは、探し物のためなんでしょ。だったらもう……』
そこまで言うといきなり、眠ったかのように全身を脱力させて動かなくなった。
『睦葉?おい、どうした!』
先程のように体をゆすってみても何の反応も示さない。焦ってナースコールをつかんだ所で、後ろから声がした。
『あら、来てたんだ』
その声の主は、啓も世話になったあの看護婦だった。
『あ、どうも』
ちょうど自分の体に隠れるようになっていて、ナースコールを握っているのには気づいていないようだ。
ばれると厄介なことになりそうなので、こっそりと元に戻しておく。
『じゃあ僕はこれで失礼します』
入れ違いに病室を出ようと立ち上がると、看護婦が啓に言った。
『また来てあげてね。きっと彼女も喜ぶから』
『そう…ですね。また来ます』
それだけ答えると、啓はそそくさと逃げるように病院を後にしたのだった。
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