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大学に着くと、誠一は研究室へと直行して教授に無愛想ながら挨拶した。そして個人の部屋へと入っていく。
誠一の研究のために与えられた個室。たかが一畳ほどの狭い空間。机にパソコンが一台。
まるで自分の部屋と同じような空間。
いつものようにパソコンに向かい文章をまとめる。残ったデータは持ち帰り家で再び作業を行う。こんな味気ない変哲も無い生活をここ最近、誠一は繰り返していた。
それは今日も例外ではなかった。
気がついたら午後六時を過ぎようとしていた。机の横には大学に来る途中で買ってきた弁当と缶コーヒーが空になって置かれていた。
「……ふぅー、終わらねぇ」
プレビューをして内容の量を確認しながらため息をついた。
「少し休むか」
パソコンの電源を落として椅子を机から離した。
「独り言は寂しいな」
独り言を呟いて席を立つと真後ろから声が届く。
「お前がそこで俺が気付くのを今か今かと待ってるから休憩するんだよ、景汰」
振り向いてその名の青年を見やる。体躯はがっちりして誠一とは対照的、背は170そこそこ髪は短く上を向いている。誠一は疲れた顔をしながらも軽く笑った。
「なんだ、気付いてたんならもっと早く休憩してくれよ。こっちは十分以上待つ気はないんだから」
そう言って腕時計を見る。
「時間の無駄遣いをしたくないなら最初から声をかけろよ」
誠一は眉間をほぐしながら部屋をでた。それについていくように景汰も出ていく。
「ところでまだ終わらないのか?」
景汰が両手を頭に乗せながら聞いてきた。
「終わらないな、…この分だと今月いっぱい使っても終わらないよ」
誠一が欠伸を交えながら返す。
長い廊下に出て二人は食堂へと向かっていた。
「そんな何まじめにやってんだよ、適当にやればすぐ終わるぜ。お前のこなしてる量がもはや普通のやつらの2倍はつくってあるぞ」
景汰があきれ気味に聞く。
食堂はもはや人気はなく自販機の明かりだけが薄く光を放って待っていた。
「別にいいんだよ。やることがないんだから。なにかしてないと死人と同じだよ」
自販機にコインを投入しながら返事をした。
「死人て、別に研究以外にもやることがあるだろう。遊んだり、彼女作ったりいくらでもやることあるだろうが」
景汰は知った仲だが、もはやあきれていた。
自販機がゴトンとうなずく。
誠一は自販機の口から缶を取り出した。
「それこそ俺には理解できないね。せいぜい付き合いぐらいなら参加するけど。自分からしたいとは思わないね」
プルタブが小気味いい音をたてる。
「本当に変わり者だよな、友人無くすぞ」
景汰が自分を主張しながら言う。
「必要ない!」
誠一が即答しながら景汰を指差した。もちろん本意ではないのだろうが。
「あいかわらず恐ろしい奴だな、なんで俺はお前なんかとつるんでるんだろうな?」
景汰が悲しそうな顔をするがそれは演技にすぎないのが誠一には分かっていた。
「それはお前が俺から試験対策やノートの複製を頼む間柄だからだ」
これに関しても誠一は即答した。
「おいおい、それって俺が好きなように利用してるみたいじゃんかよ」
景汰が反論する。
「それのどこに偽りがある?明らかに俺に寄生してるだろ」
誠一がはっきりと答える。普通の人にこんなことを言ったら嫌われても仕方が無いのは他人の目で見ても明らかだった。誠一も気付いている。
「本当、その性格何とかしろよ!だから友達ができねぇんだよ」
景汰も正直に答える。でも景汰だけは不思議なことに一年のころからの仲だった。
「分かってるよ。でも改善しようが無いんだからしょうがない」
誠一は気にするでもなく缶を口につけてすする。景汰も自販機に小銭を入れて何かを買おうとしている。
「お前は本当にそんなんで就職できるのか?地が出たら一発で終わりだぞ」
景汰がボタンを押しながら言う。
「何とかなるよ。俺が目指してるのは研究者だ、人との関わりは必要無い。入れば後は自由だ」
誠一は別にこの性格を気にしていなかった。仕方ないと決め付けていた。
「もったいないな〜お前その性格さえ何とかなれば少しはもてるのに…」
景汰がボソリと言う。そして取った缶をのふたを開けた。
「合コンか?あれにはもう行かないぞ、所詮俺には向いてないし、必要無い」
もう一口すすりながら返す。
「『俺には必要無い』そんなこと言う奴はもう誘わないよ」
景汰が思い出すように薄く笑った。その日はけっして笑えるような状態ではなかったが。
「誘われないで結構」
誠一も鼻で軽く笑った。
二人は食堂を後にして再び研究室に戻ろうと廊下に出た。
「俺は今日はもう帰るよ。彼女もいるからさ」
景汰は小指を立てて自慢げに話す。そして研究室に着くとすでに帰り支度を済ませてあったらしい。
「じゃ、お先」
その鞄を手に取るとあっさりと帰っていった。
「相変わらず行動の早いやつだ」
誠一は景汰が出て行くのを見送ると独り言を呟き個室に戻っていった。
「あれ!なんだ?俺電源落として忘れてたのか?」
誠一は自分のパソコンのディスプレイが表示されていることに気がついた。
しかし、変だった。電源を切り忘れていてもセーバーがかかれば黒くかかるようにしてあるはずなのに普通に光っている。
「なんだ?『error error error……』故障か?」
普通という表現はおかしかった。画面はこの文字が連続して並んでいる。
「動いてる?」
その文字は現在も誰かが入力しているかのように数を増している。
「ふざけんなよ!ウィルスか!?誰がこんなの入れていくんだよ!!」
誠一は動揺した。今までのデータは何処へ行くのか?わけも分からず何かを打ち込むが反応は無い。
「………」
理解できない現状に誠一は呆然とした
「今日一日無駄にした、最悪だ」
椅子に腰掛け、天を仰ぎ手で顔を覆った。バックアップが手元にあるのが救いだった。
『ピッーー!』
電子音がパソコンから響く。こんな音は聞いたことが無かった。
「本当に壊れたか?」
どうでもいいやといった態度でパソコンの画面を見やる。
『Welcome to the fuzzy world.』
最後の一行に理解のできないだがまともな文章が残った。
「曖昧な世界へ―」
誠一が訳している最中に画面が切れた。電源が落ちたのだ。
「??どういうことだよ」
消えた画面に疑問の表情を浮かべている自分の顔が映る。そして再び電源を入れて動かした。
「……大丈夫そうか?」
クォーンと起動している音が部屋の中で響く。
画面にはいつも通り、『ようこそ』の文字を添えて普通に起動した。
「ふぅー」
無事に動くことにほっとしながらも中身の方でまだ安心はできなかった。すぐさま大事なレポートを確認する―
「ふぅー」
もう一度大きく安堵のため息を吐いた。中身は全て無事だった。
「……」
脱力して机に右の頬を当て何もない左の壁を見ていた。
「…帰るか…」
ボソリと独り言を呟いた。誰が返事するでもないのは分かりきっていたが言わずにはいれなかった。
帰り支度を始めていると、教授もそろそろ帰るらしく声を掛けてきた。
「お、今日はもう片づけをはじめているのかい?」
教授の言いたいことは誠一には大体理解できる。いつもはこの教授が帰りたくなって誠一に声を掛けないと片付けもしないで夢中でレポートを打っているからだ。
「もう今日は能率が悪そうなんで…そうだ、誰か僕が居ない間に誰か来ました?」
教授は無精髭を撫でながら考えた。
「いや、誰も来てはいないよ。何せこの研究室に用があるのは君と司馬君ぐらいだよ」
司馬は景汰の苗字、そしてこの研究室は人気が無い。そんなところに人がくることはほとんどない。
「そうですか…準備できましたよ」
誠一も帰り支度を終えて教授と一緒に研究室を後にした。
そのまま教授とくだらない話を交えながら駅のほうへと歩いていった。
「それじゃぁ、失礼します」
駅について一礼して逆のホームへと誠一は入っていった。
「本当になんだったんだ?わけわからん」
誠一は教授と別れパソコンのことを思い出した。
「まぁ、古いからなんか異常も出やすくなってるんだろな、とりあえずバックアップは絶対必要だな」
独り言をぶつぶつ呟きながら急行電車が通過するのを見送った。大学の最寄り駅なのに急行が止まらないなんて不便だといつも感じていた。
そして隣のホームに先に各駅停車がやってくるとものの数秒で人をさらって行った。この駅に降りる人は少なかった。
それは周囲が住宅地ではなく工業地区がメインだからだろうか住宅が無いわけでもないのだが。
誠一はどうでもいいことも含め何かと考え事に耽って独り言を呟くのが癖になっていた。本人は口にしているつもりはないが周りからすれば君が悪い。
そして誠一の立つホームにも迎えがやってきた。プシューンと愛想良く扉を開けて誠一を招きいれた。
「あ!炊飯器にタイマー入れるの忘れた…」
電車の扉が閉じた瞬間、思い出したように口に出した。今日は家に食料は用意していない。
「財布の中身は……」
札が一枚も無い。小銭を続けて眺める。
「………」
500円硬貨が一枚。定期券で良かった。危うく飯無しに陥るところだった。
そう思いながら誠一は降りたらコンビニに寄らないと、と思いながら暗い外を眺めた。
夜は好きだった。昼の明るさは見たくもない汚れやゴミを嫌なほど目に入る、夜はそれを全て隠してくれる。物事は全てが明らかになってはつまらないものだと誠一は思った。
電車で大学の最寄り駅から4駅、ここも各駅しか止まらない小さな駅、そこから歩いて8分のところに誠一はアパートを借りて生活している。
ガチャリ
「ふぅー」
軽くため息を吐いて玄関に入るとそのままテーブルに買ってきた値引き済みの弁当を出して座った。背広の上着を出しっぱなしだった布団の上に放って弁当にありついた。
弁当のほんの少しの温もりがまた孤独を引き出した。
「……」
一人黙々と食べている。
ブーン、ブーンとポケットが振動を伝える。がそれは数秒で止んだ。
「メールか、景汰かな?」
携帯の画面を確認すると案の定その名が表示されている。
『もう帰ったか?今からそっち行くけどいいか?』
誠一は彼女との約束はどうしたのか気になるが詮索はしないで返信した。断っても勝手にあがりこんでくる奴だ、選択の余地はない。
おそらく数分後にはこの寂しい部屋も少しは賑やかになるだろう想像しながら残りの弁当を食べなおした。
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