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誠一の予想ははずれた。いや間違いでもなかった。メールから20分ほど経って、インターホンが悲しげに一鳴きした。玄関を開けると思ったとおり、景汰の顔が目に入る。
「やっほー、元気かー」
酒を飲んで来たのか、はたまた素なのか、陽気な声を発しながらそのまま入り込んできた。
「……」
誠一はとりあえず迎え入れるが、そこで異変に気がついた。別にたいしたことではないのだが、来たのは景汰一人ではなかった。ほぼ同年代と思しき女性が二人。申し訳なさそうに玄関の扉の裏に隠れるようにしていた。
「さぁ、あがっていいよー」
景汰が玄関で靴を脱ぎ捨て、ずかずかと中に入りながら二人に声をかける。
「すいません…ご迷惑ですよね」
背が低くまじめそうな娘がいかにもこの状況は良くないと感じて下がろうとする。しかし誠一自身の顔に怖気づいているようにも見える。
「いいからあがりなよ」
景汰はもはや玄関から姿が見えない。
「…ふぅ、あがっていきな」
誠一はこの流れは好きではないが、しょうがないので二人を迎え入れることにした。
「すいません。お邪魔します」
「失礼します」
二人はすごすごと入っていく。こんなことは前にも幾度かあった。大体は景汰が彼女と喧嘩すると何処からか連れてくるのだ、決まって誠一の家にだ。
「それで今日はどこから連れてきたんだよ?」
全員が適当に床に座り込んだのを確認して誠一は景汰だけに分かるように鋭いまなざしで見やる。
「お前気がつかないか?この娘たち俺らと同じ学科の吉田ちゃんと佐倉ちゃんだよ」
誠一はそう言われてもピンと来なかった。4年間まともに学科の仲間を見た覚えが無い。
「そうだよね、鳳君まじめで他の人とあまり喋らない人だもんね」
茶髪のどこか軽そうな佐倉が先に言う。
「ああ、ぜんぜん知らない。俺は名前が分かるのは景汰ぐらいだよ」
「おかしな奴だろう?共同課題製作した奴の名前すら忘れちまうぐらいだからよ」
景汰は付け加えるように答える。
「俺を笑いものにしに来たのか?」
そう言って冷蔵庫の方へと立ち上がった。
「俺、缶ビールね」
景汰が待ってましたとった感じで嬉しそうに言った。
「ああ、二人は?ビールか麦茶か水ぐらいしかないが…」
「私もビール頂戴」
「あ、み…」
「この娘にもビール頂戴!」
佐倉が明らかに押し切るように吉田の言動を覆い隠した。誠一も仕方なく冷蔵庫から缶を3本と水の入ったペットボトルを持って3人の下に戻った。
「サンキュー」
景汰がかっさらうように奪い取ると真っ先に開けて一口飲んだ。
「ほら」
一言言って、誠一はそれぞれにペットボトルと缶を渡した。
「ありがとう…」
「どうもー」
そして皆一息入れて、その後はただただくだらないお喋りを3時間ほど続いた。時計は深夜の2時を過ぎていた。
「あの、私そろそろ帰りますね」
吉田が腕時計を見てそう言った。
「……」
景汰はもうつぶれて反応は無い。
「そうだな、明日もあるしもう帰ったほうがいいな」
誠一は佐倉も景汰のとなりで一緒につぶれているのを確認した。
あれから結局缶ビール二人だけで14本の空き缶を生み出していた。
「二人はとりあえず家に置いとくしかなさそうだな、送っていくよ」
「え、いいですよ。私飲んでないから酔ってませんし」
吉田が申し訳なさそうに答える。そこにはどこか照れもありそうだが誠一は気にしなかった。
「俺もこの酒臭い部屋から出て頭冷やしたいからいいんだよ。それに心配なのはそういうことじゃないから」
そう言われて吉田も理解してか無言でうなずいた。
「家の鍵取ってくるから玄関で待ってな」
誠一はそう言って自分の物置部屋ともとれる狭い寝室に入っていった。
「ふぅ、案の定飲みすぎやがって。ビール代請求しないとやってられんよ」
一人愚痴をこぼしながら財布と鍵をポケットに詰め込み、玄関へと向かった。
「行こうか」
吉田は頷き、共に玄関を出た。念のために鍵をかけて。
「ありがとうございます」
吉田はやはりどこか落ち着き無く喋る。
「そんな気にしなくていい、たいしたことじゃない。それによくあいつの気まぐれについてきたよな」
誠一は正面を見据えながら話した。
「それは…」
吉田は何か言おうとしてそのまま黙ってしまった。
「まぁいいや、で家はどのへんなの?」
気にしない素振りで話を変えた。
「そこの通りを右に曲がって見えるマンションです」
「ふぅん、実家住まい?」
見た目の良い建物に言わずにはいられなかった。
「姉と二人で暮らしてるんですよ」
吉田は平然と答えているがそれを聞いてどこか事情がありそうだと誠一は想像した。
「そう、ここまででいいかな?」
マンションの管理人室の前に来てそう告げる。
「あ、はい!ありがとうございます」
吉田は少し慌てた様子で頭を下げた。
誠一も軽く手を振ってもと来た道を戻り始めた。
「あ、あの…」
その一言に誠一は立ち止まり振り向いた。
「また、入ってもいいですか?」
「…好きにしな、退屈してもしらんよ」
そう返して再び歩き始めた。その一言に吉田がどんな反応を見せたのか誠一は知らなかった。
そして家に戻り眠りにつき、再び新しい、だが代わり映えのしない一日が始まるはずだった。
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