「雨神ファイル2 〜キナコ警部と宝石店強盗〜 <後編>」
著者:雨守



 −1−

「おい、雨神。ホントなのか?犯人がどこに逃げたかわかったって」
「ああ」
 雨神探偵の思わぬ一言に木中警部の目の色が変わる。
「犯人が逃走してからそう時間は経過していない。しかもこの近辺は警官にガッチリ固められている。つまりここから遠くに逃げるのは難しい」
 雨神探偵は木中警部、大村刑事、真央、その場にいた三人に謎解きの説明を始める。
「そこで犯人はこう考えたんだ。外ではなく『中』に逃げれば良い、とね」
「『中』に?」 
 雨神探偵のその言葉の意味を誰もが掴めない。

「そうか、私もわかりました!」
 突然、真央が。

「つまり犯人は地面に穴を掘ってその中に隠れたって事ですね!」
 真央が自信満々に発言する。
「…違う。黙って聞いてろ、泉川君」
 雨神探偵の叱りの言葉。
 その後、雨神探偵は一つ咳をして落ち着くと、

「ところで、そちらの刑事さん…、大村刑事と言ったかな?」
「は、はい」
 雨神探偵は突然大村刑事の方に向き直る。
「悪いがちょっと警察手帳を見せてくれないかな?」
「は…、な、何故でしょう…?」
「まぁいいから、いいから」
 雨神探偵の言葉に不審を抱きながらも、大村刑事は懐から刑事である身分を証明する物、警察手帳を出して見せる。
「ありがとう」
 雨神探偵は大村刑事の手から「それ」を受け取る。
「なぁ、雨神。警察手帳なんかどうしようってんだ?」
 木中警部もいまいち雨神探偵の行動の意味が掴めない。
「今、この近辺には大勢の警察官がいる。この包囲網の中から逃げる方法を犯人は考えた」そしてその結果、こんな結論に至ったんだ」
「『逆に包囲網の中に逃げ込めば良い』とね」
 雨神探偵はにやりと微笑む。
「例えばそう…」
「警官に変装して街中をうろつく…なんてのはどうだい?」 
 雨神は突然、手に持っていた大村刑事の警察手帳を広げてその場にいる皆に見せた。
 その瞬間だった。

「あ!?」
「こ、これは…」

 その場の全員が驚く。
「大村刑事の証明写真の顔が全然違う!こ、こりゃ全くの別人じゃねぇか!?」
 木中警部は警察手帳の証明写真と大村刑事本人を何度も見比べる。
 写真と本人の顔は明らかに別人だ。
 単に髪型や髭の生やし具合で違って見えるワケではない。全くの別人なのだ。
 つまりその写真はそこにいる人物が本物の『大村刑事』ではないという事を示していた。
「なっ…」
 その時点で、大村刑事の顔色が一変する。
「しゃ、写真の方がイケメンだ…」
 真央がぼそりと呟いたが、誰の耳にも入らなかったらしい。
「見ての通り、こいつは大村刑事じゃない。全くの別人だ」
 雨神探偵は大村刑事を指差して言う。
「おそらく、本物の大村刑事をどこかで監禁して制服を奪ってなりすましてたんだろう…」
「ぐぐ…」
 大村刑事は追い詰められる。
「さぁ、コレで終わりだね。大村刑事…、いや、強盗さん?」

「ちぃぃぃっ!!」 

 突如、大村刑事は物凄い剣幕で走り出す。
 もはや成すすべなく、その場から逃げ出したのだ。
「こいつ、逃がすか!」
 木中警部はすぐに追いかけ、思い切り飛び掛る。
「う、うわあ!」

 バキ。

鈍い音。
同時に、木中警部の拳が大村刑事の後頭部を捕える。
 柔剣道の有段者である木中刑事のパンチの破壊力は並ではない。
大村刑事は白目をむき、その場に崩れ落ちた。
そしてその瞬間、この強盗騒ぎは「解決」という事になった…。

−2−
 やがて犯人『大村刑事もどき』の逮捕と同時に現場から警官隊の姿は引いていった。
 犯人逮捕と同時に盗まれた金もすぐに発見された。
 しかしその隠し場所が、警察の盲点を付いた意外な所だったのだ…。

「ふぅ。まさか盗まれた金がパトカーのトランクに隠してあるなんてな…」
 木中警部は疲れきった様に言う。
「警官に変装する様な奴が考えそうな事だね…」
 雨神探偵は冷静に返す。
「灯台もと暗し、ってな。見つからんわけだよ」
 木中警部は苦笑い混じりに懐からタバコを取り出す。

「でもお前なんでわかったんだよ?あの大村刑事が偽者だって」
 木中警部はタバコをくわえ、火をつけながら言う。
「あの偽者こう言ってたろ。『店には若い男の店員が一人だけだった。犯人はその店員を背後から握り拳で強く殴りつけ気絶させ、店の奥に侵入した。』と」
「それがどうかしたか?」
「それは一体誰の証言だい?」
 雨神探偵は逆に木中警部に質問する。
「ん…?そりゃあ…、もちろん気絶させられた若い男の店員、本人だろ?」
 木中警部は当然の様に答える。
「それは無いよ」雨神探偵は即答で。
「背後から後頭部を強打されると殴られた本人には一体何で殴られたのかはわかりづらい。例えばそれが人間の拳であるか、あるいは文庫本の角であるか…なんかがね」
 雨神探偵が言う。
「あっ…!」
「現場には店員が一人だけだった。つまり目撃者は誰一人いない。という事は、『背後から店員を拳で強く殴りつけた』という事実を知っているのは犯人だけだという事になるってわけだ」
「なるほど…」
 木中警部は雨神探偵の説明を聞いてようやく納得する。
「それに、この近辺を警察がいくらさがしても足が掴めないっていうのがどうもひっかかってね。ほら、犯人がもし一千万円もの金を持って逃げ回っていたとしたならば、そんな奴は目立つからすぐに見つかるに決まってるだろ?それでも見つからないって事は…」
「警察の死角になる所に隠れている…ってわけか。さすがだな、雨神名探偵」
 木中警部にとってもようやくすべての霧が晴れ、事件は幕を閉じた。

 
「あれ?そういえば泉川君の姿が見えないな…」
 雨神探偵はようやくそれに気付き、辺りを見回す。
「ああ、そうそう。彼女ならさっき帰ったよ。雨神にコレを渡してくれって…」
「ん?何だい?」
 木中警部はポケットから小さな紙切れを取り出し、雨神探偵に渡す。
 どうやら真央が雨神探偵に残した置手紙らしいが…
「…」
 雨神探偵はそれを広げて見る。 

 
『ふと、清水寺が見たくなったので京都に行ってまいります。
泉川 真央     』 


「…」
 読んだ瞬間、雨神探偵は拳を握り、手紙をクシャクシャにする。 
「…殺す」
 雨神探偵の頭の中で何かが音を立てて切れた。
 そして雨神探偵は目に炎を燃え滾らせたまま、突然物凄い勢いで走り始めた。
 西の方向へ…。


 その場に残された木中警部は静かにタバコをふかす。
「…名コンビ結成…かな?」
 遠ざかる雨神探偵の後姿を眺めながら木中警部はぼそりと呟く。

 数秒と経たない間に名探偵の影は、西の彼方に消えて言った。




[終]
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